第3話
あぁ、こんなことになるならば
せめてもう少し話しておけばよかった。
今朝出かけるときに、ドアの下の隙間から手紙が差し込まれた。
「弟の命が惜しければ、一人で『失われた遺跡』に来い」
なにかの間違いだと信じたかったが、ドアの外には布にくるまれたライルの右手が置いてあった。親指に刻まれた古傷を見た私はその言葉に従った。
今、遺跡群中央の開けた場所で連中のリーダーらしき大男と対峙している。大男の後ろには痛々しい姿のライル。その両脇には男が武器を持って立っている。
ライルは口に
生きているライルを見れた喜びと絶望で心の中はグッチャグチャだ。だが、姉としての責務をまっとうしなければならない。震える手で、大男が差し出す羊皮紙を受け取った。
魔力の流れを感じる。間違いなく精神的な強制力の生じる誓約書だろう。
私が5年間奴隷として働くこと。その対価として、連中が生涯にわたり、ライルに関わらないことが書かれている。性的奉仕も従事内容に含むことがしっかりと記載されている。
私自身が「同意する」と宣言し、血を羊皮紙に垂らせば、契約は成立。魔法具としての効力を発揮する。逆らえば最悪の場合、廃人となる。なんのことはない。心を閉じ、5年間生きればいい。その後は自由だ。
でも、やはり正直になれなかった後悔が残る。
ある冒険者は言った。「
それは違う。期限が迫った「間際の依頼」は確かに報酬が割増になるが、その依頼は長い間、300人以上の冒険者が放置していたもの。間際になるだけの理由がある。報酬がいくらか高かろうが割に合わない。
ピーターが間際の依頼ばかり、受けるのはきっと金稼ぎのためではない。
だって、とても優しい顔になるのだ。ユリアが納品物を確認し、依頼達成を伝えたあと、ホッとしたように優しく微笑むのだ。
冒険者ギルドへの依頼は安くはない。商人からの依頼を除き、大抵の場合、誰かの命の危機を意味する。彼が採取した薬草が誰かの命を助けること、モンスターの狩猟が誰かの命を守ることをよく理解しているだと思う。
――そんなことを思い返していると涙が流れてきた。視界が大きく歪む。
私は歯を食いしばり、涙をこらえ、手の甲で目を拭いた。そして、気付いたら、契約書が私の手から消えていた。
「自分を安売りしちゃ駄目ですよ」
いつの間にかピーターは私の横にいて、ニカッと笑った。
そこから先はあっという間だった。ピーターは私の横からほとんど離れず、迫ってくる敵を最小限の動きで躱し、小さなナイフで急所を的確に突き刺した。敵は順番に崩れ落ちていった。そしてライルの左胸にナイフを深く突き刺した。
ーー「がぁぁぁ!はぁ!!」
悲鳴を上げ、悶えるライルを見下ろしながらピーターは乾いた声で言う。
「さすがに演じ過ぎじゃないですか?」
「あぁぁあぁ!!!」
ライルは地面をのたうち回り、悲鳴を上げる。
わけがわからない。理解が追い付かない。声がでない。体が動かない。
「ライルさんが僕に好意的なはずがないんです」
ピーターはライルを見つめながら言葉を続ける。
「女性に惚れたときの僕はとにかく臭いらしいんです。フェロモンっていうんですかね。女性はむしろ優しくなりますが…。男にとっては嫌悪感しか感じないそうです」
「なのに、あなたは『姉を頼む』という。ありえません。すなわち、あなたは男じゃない」
静かだ。あれだけの声を上げていたライルがうずくまったまま沈黙を保っている。
「ギルドからの『伝達』で、たちの悪い女の奴隷商がいると聞きました。依頼を受けて、対象を奴隷の身分に落としてから引き渡すのだと……」
「
そう言って、ピーターはナイフをライルに投げつけ、ライルは高速で放たれたナイフを笑顔で受け止めた。
「僕に話しかけなければバレなかったのに。まぬけな盗賊ですね」
「こいつの記憶がそう言ってたからな・・・」
ライルの女の低い声がした。苛立たしさが伝わってくる。表皮が剥がれ異形の化け物が姿を現す。
「よりにもよって幻獣種の異能ですか。なんともうらやましい。どこかでライルさんの記憶を覗き見でもしたんですか?」
「死ねええぇぇぇええええ!!!!!」
化物は一瞬でピーターに迫り、一瞬でくの字に折れた。ピーターの左足は相手の体にめり込んでいるように見えた。
ピーターは左足を引き抜くと私の方を振り向いていった。
「駆け引きしたりとか、必殺技叫んだりとか…あったらいいんですけどね……」
ピーターはとても気まずそうに苦笑いをしていた。
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