019 「外伝・世代交代(1)」
「そろそろ始めるぞ。みんなこっちに寄ってくれ」
パーティー会場の上座の壇上へと上がった紋付袴の老人、鳳伯爵家当主にして鳳一族の蒼家と呼ばれる一族本流の頭にもなる人物、鳳麒一郎が、いつものどこか呑気な雰囲気で会場内に呼びかける。
側には筆頭執事の時田がいて、他の使用人達が忙しげに動いていた。
会場内は、基本的に鳳の一族とその関係者がいた。ただし他家に嫁いだ者、姻戚関係のある家は招かれていない。
また、一部に大財閥の鳳グループの関係者もいたが、彼ら彼女らは一族との繋がりの深さから参加しているだけで、グループ内の地位や序列は関係していない。
他の一族以外も、一族と親しい者の中の一部の者に限られていた。
逆に一族の方は、5歳以上はこの場にいてもよかった。それより幼い子供は、別室の子供部屋か家にとどまっている。
鳳一族では、普通の懇親会でも5歳以上にならないと出席できないためだ。
そして近年、1930年頃から子供が随分と増えた。特に1930年代の終盤から1940年代頭は数が多いのだが、この場にいない幼児、童児が多いので、一族の顔ぶれは少し前とあまり変化はない。
パーティーの趣旨としては、鳳一族が毎年5月に行っている懇親会に近かった。そして戦争が激化した1941年以後は5月の懇親会を開催していなかったので、日本及び連合国の勝利を祝う今日の祝勝会がその代わりだった。
ただ、鳳グループという名の財閥は、戦争中の拡大に次ぐ拡大により取引額で日本一の財閥へとのし上ったので、世間の注目度は一層高まっていた。
しかしこのパーティー会場に報道関係者はおらず、一族が私的に各種撮影をしているだけだった。自前の報道機関である皇国新聞も、この場に記者は入れていない。
それどころか、部外者はホテル内にすら入れない徹底ぶりだったが、この辺りは警備上の都合でもあった。そして鳳一族と鳳グループは、日本で最も警備が固いと言われていた。
これは、鳳警備保障という、日本でまだここだけという大きな警備会社を持つ事でも示されている。
もっとも口さがない者は、後ろ暗いところがありすぎるので警備が厳重なのだと言った。
そんな会場を見渡しつつ、老人が気軽な口調と声色で語っていく。
「まあ、既に決まった事だ。気楽に聞いてくれ。単なる形式というやつだ。家がでかくなるというのも、面倒なもんだな」
そう話す鳳麒一郎は今年で70になるが、この時代の老人としては身体的にまだしっかりしていた。元職業軍人だったのと、豊かな生活の影響だろう。
似たような顔や雰囲気の一族達も、この時代としては年齢と比べると若々しい者が多い。
「まず、お上からのお達しだ。まだ内意の段階だが、戦争の功労や褒賞という事で爵位や位階、勲章の大盤振る舞いのおこぼれがある。うちは伯爵から侯爵へ陞爵(しょうしゃく)する。これは俺が、戦争前半に大臣をしたからという名目だ。
それ以外には、紅一の家は男爵から子爵に陞爵。こいつは医療、製薬による国への貢献。虎三郎の家も男爵から子爵に陞爵だ。言うまでもないが、戦争中に呆れるほど色々作ったからだな。加えて善吉が男爵に叙爵される。位階と勲章の方は多すぎるので、それぞれが知っていれば良いだろ」
既に水面下で話が出てきている事だったが、それでも感嘆の声が部屋中に広がる。
日本に900家ほどある華族の中でも、侯爵は40数家しかないから当然だろう。しかも侯爵家の大半は、皇族、かつての大大名、それに高位の公家の一族。明治以後に殿上人となる新華族では、元勲、総理、元帥に数える程度しかいない。
しかも陞爵の例も殆どない。
男爵になるのすら簡単ではなく、国家レベルの功績が必要で経済界だと大財閥の本家の一部くらいしかいない。
鳳家は明治維新の功労者の家ではあるが、伯爵すら分不相応と言われてきた。それがさらに上の侯爵になるのは、影響力の大きさを雄弁に物語っていた。
そういった事情があるので、ざわめきが収まるまで少しかかった。そして自然終息するのを待って、麒一郎が言葉を続ける。
「それでだ、俺は2年後の貴族院議員を決める前に退くが、少しの間くらい侯爵様をさせてくれ。それから晴虎に譲る」
失笑に近い笑いの後で、空気が少し引き締まる。話が次代への引き継ぎ、話の本題に入ったからだ。
「だが一族の長子は、俺、玲子、それに玲子の子の麟太郎。これは一切変わらん。そして俺が完全に隠居するのに合わせ、完全に玲子が一族の真ん中にくる。前から言っていた事だが、文句があるやつは言え。最後の機会だ」
言いつつ周囲を見渡す。だが異を唱える者はいない。それよりも頷く者、頷き返す者が多かった。
そうして麒一郎も最後に深めに頷く。
「では決まりだ。次に他の家だが、善吉は一代限りだからそのままでいいが、せっかく子爵になる家は俺と同じく少しくらい閣下をさせてやれ。正式な隠居と代替わりは、その後だ。
だが戦争は終わった。しかも、お味方大勝利の勝ち戦。だから、面倒ごとを片付けたらじじい共は全員隠居だ。そういうわけだから、じじい共と跡継ぎは前に出てこい。この場で、形式だけ取り繕っておく」
言葉の最後に会場は苦笑が溢れたが、人々の間から10名ほどが壇上へと上がっていく。
麒一郎以外の「じじい共」は、財閥を率いてきた善吉、重工業部門のトップの虎三郎、筆頭執事の時田、それに長い間家令を務めてきた芳賀が前に出る。
鳳の家では、執事が外のこと担当で、家令が中のこと、つまり屋敷の一切を取り仕切る。また執事は、当主以外の個人に仕える者もいるが、家令は1人で屋敷と当主にのみ仕える。だからその同格の使用人は、執事の中でも筆頭の者だけだった。
そしてその両名が合わせて隠居する。だが、どちらも既に70代半ばなので、隠居が遅すぎるくらいだった。それだけ優秀な者ということだ。
だからこそ、既に誰が次代か分かり切っている一族の者達よりも、次の執事と家令に誰もが注目していた。不思議と、次が誰かは今まで明言された事が無かったからだ。
同じく、一族の次代を担う者達も壇上へと上がってくる。
唯一の女性ながら鳳家長子の玲子。その夫で、今は鳳ホールディングス専務の晴虎。陸軍少将の龍也。虎三郎家の跡取りで、鳳重工常務の竜。それに舞(マイ)の入り婿で鳳総研常務の涼太、沙羅(サラ)の入り婿で鳳商事常務のエドワードも壇上の脇に控える。
それに加えて、本家に一番近い従兄弟筋の玄太郎、虎士郎。龍也の息子で同じく軍服姿の龍一も同じように脇に控える。
皆、次代を担う一族の若者達だ。
善吉の子息は跡を継がず、紅一の一族は代替わりはまだ数年先の予定なので、今回は壇上に上がっていない。ただし、家を離れて鳳凰院公爵家となっている紅龍が壇上に上がっていた。
旧紅家の代表というより、見届け人としてだ。
何しろ、前人未到のノーベル賞3回受賞を達成し、御進講を通じて陛下とは懇意で、多くの重臣が高齢で引退した宮城で大きな存在感を持っている人物だった。
戦争に入ってから蓄えた口髭もあって、以前はともかく今は十分に威厳を備えている。
(何かサプライズでもあるのかな?)
舞台の中央に来た玲子は、麒一郎の横顔を見つつそう思う。
何か仕掛けをした時の表情に思えたからだ。
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日本に900家ほどある華族:
明治時代に制定された頃は四百数十家だった。
爵位を賜った数は1000家ほど。しかし財政事情などから返した家も少なくない。下級の華族などで顕著。
ただしこの世界だと、昭和金融恐慌がないので返上は少し減っているかもしれない。
2年後の貴族院議員:
1946(昭和21年)7月10日に貴族院の伯子男爵議員選挙。もちろん、史実では行われなかった。
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