016 「外伝・第二次世界大戦総決算(3)」
「それで、ノルマンディー以外も、玲子の夢見はともかく、殆ど全部うちから一言言ったんだったか?」
「総研、戦略研の分析情報という形で。政府は結局、玲子奥様がおっしゃっていた『総力戦研究所』という組織は作りませんでしたからな」
「うちが似たようなものを作ったせいかもね。結局、紅龍先生が陛下を連れて来ちゃったし」
「企画院もその先は、昭和15年だったかに戦時限定の軍需省を作ってそこに集中させたからな」
麒一郎の仕切り直しに対する時田の言葉に反応して、玲子が肩をすくめ麒一郎がそうだと頷く。
ただ、善吉は違っていた。
「それで、戦略研はいつまで続けるんだい?」
「戦争も終わるから規模は縮小。所員も含めて総研に合流させるつもりよ」
「あの連中、雇い続けるのか?」
「望むならね。世の中から戦争が消えて無くなるわけじゃないもの。待遇も可能な限り希望を聞くわ。けど、辞める人が次を探すのは手伝うわよ。どこか紹介してもいいし。思っていた以上に頑張ってくれたから」
「それで良いだろう。だがこの先、もうデカイ戦はないのか?」
「何度か言った気がするけど、次に世界大戦が起きたら人類滅亡待ったなしよ。戦争しない研究はともかく、する研究はするだけ虚しいわ」
玲子が半目がち麒一郎へ視線を向けるが、麒一郎の方はかなり得意げに返す。
「そうは言っても、軍人ってのはそれでも戦争の事を考えるのが商売だ。最後の一兵までって心がけが必要だからな」
「心がけだけにしておいてね。守る民も国も無くなって軍人だけがいがみ合って、何の意味があるのよ。戦争がロクデモナイってのはこの数年で思い知らされたから、尚更そう思えるわね」
「それは同意だな。だが玲子の言葉で、この戦争は大きく動いた。自覚あるか?」
「ありまくりよ。戦争に最初から日本に首を突っ込ませたでしょ。英本土に空軍と艦隊をとにかく早く向かわせたでしょ。アメリカの参戦を煽りに煽ったでしょ。それに、独ソ戦が始まる前から倒閣運動もしたわね。あとは、今話したノルマンディーと、その時々での忠告。ざっと、こんなところかな?」
「それに率先した戦時生産だね」
言いながら指折り数える玲子に善吉がウンウンと頷いてから付け加えるが、他の反応は薄い。確認に近いからだろう。
晴虎以外は、玲子が子供の頃から夢見として話していたので、その時々に的中して驚くことはあっても、今更驚くほどではない。
この話し合いも、一つの節目が終わりつつあるので、けじめとしてしているような面が強かった。
「どれもこれも、横槍を入れてなければ、どうなっていたか分からん事ばかりだな」
「そんな事ないわよ。私の夢は、別の歴史の写し鏡みたいなもの。もしくは試験の答案を見ているだけ。けどね、余程強く捻じ曲げないと夢の通りになるのよ。今まで見てきたでしょう」
どこか諦観したような、もしくは達観したような玲子の言葉に、今度は違う沈黙で男達が答える。
この言葉も、過去何度も聞かされた言葉だった。
後から加わった晴虎も、こうした玲子の内面の心情については枕元で何度となく聞いていた。
だが麒一郎が、手を小さくパンッと叩く。
「戦争に勝ったんだ。辛気臭い話は無しだ。それに捻じ曲げた結果、戦争は早く終わる。何より夢見と違って太平洋で戦はなく、日本は連合国の一角だ。それで構わんだろ」
「うん。小さな頃に考えていたのとは真逆なくらいに良い結末ね」
「それでも不満かい?」
そう言いながら晴虎が玲子の肩に手を回して、軽く抱き寄せる。
「その時々に、もう少し上手い手があったんじゃないかとか考える事があった。けどね、それが傲慢とかいう未熟な感情って事も、十分理解しているつもり。だからあとは、結果が出るのを待つだけ」
「結果」という言葉に、再び軍人と元軍人が反応する。それを玲子は、晴虎に寄りかかりながら何となく聞く。
「結果か。ソ連は酷いみたいだね」
「せっかく1年早く済んだのに、赤軍が無理押しし過ぎたからだろ。10倍の数揃えた横綱相撲の勝ち戦で、何で敵の何倍もの損害を出すんだ。理解に苦しむ」
「兵器の優劣、指揮統制、戦術、個々の兵の質。補給もしくは兵站。無理押し以外にも色々と要素はありますよ、ご当主。ただ俺も陸軍も、実情の断片を聞いただけで唖然としています。もっとも石原さんは、『あいつらは大馬鹿だ。政治で戦をしてる』と一刀両断ですけど」
「その政治と無理な動員の影響で、ソ連の食糧生産事情が相当悲惨だったから被害倍増。アメリカのレンドリースが遅れたのは痛恨だったわ」
「政治で戦か。急ぎ過ぎた総反攻の影響って奴だと、貪狼が言っていたな。クレムリンの独裁者にとっては、戦後の対立を見据えた陣取り合戦でしかないと」
「極東のソ連軍も、すぐにも数を戻してくるでしょう。陸軍省も、欧州の兵士をどれだけ早く戻せるか、既に計画を練っていますよ」
「お互いせっかちな事だな。だが露助は、馬鹿みたいに損害出し続けたせいで、20代の兵士のなり手が根こそぎ死んじまったって話もあるぞ。そうなんだろ、玲子」
「え? ああ、夢の中では特にね。100年経っても影響し続けるくらい。その代わり、21世紀のロシア人は美男美女揃いになるのよ」
「は? どうやったら話が繋がる?」
軍事の話題から大きく違うので、麒一郎だけでなく誰もが大いに首を傾げる。ただ、黙って話を聞き続けていた時田だけが、何かに気づいた風だった。
それを視界の隅に入れつつ、玲子は指を立てて指摘する。
「結婚適齢期の男が一気に死に過ぎたから、戦後のソ連では同年代の女が余りまくったの。それに未亡人も。で、運よく生き残った男と適齢期前後の男は、選り取り見取り。当然とばかりに、綺麗どころをお嫁さんに迎えるわけ。政府も自分達がした結果に真っ蒼だから、細かい事は気にせず。分かった?」
「何と言うか、正直だね」
「救いようがないな」
「世も末と言いたくなるな」
「私は世知辛さを感じてしまうよ」
最年長の時田はいつものように軽く肩を竦めるに留めたが、他の男達はあからさま過ぎる現実にげんなりさせられていた。
そして先に立ち直った麒一郎がため息を吐く。
「それもまた、戦争の総括、いや結果の一つというわけか。夢の向こうの日本も似た感じなのか? 随分死ぬんだろ」
「ソ連ほど酷くはなかったから、明らかな影響はなかった筈よ。ソ連の死者数は、総人口の1割超えるからね。沢山の死者を出すポーランドとユダヤ人は、ソ連みたいな男女や年齢の偏りはないから、ソ連というかロシアだけの現象ね」
「そうか。で、ソ連はともかく、ユダヤ、ポーランド、それにドイツは、玲子の夢の中の戦争より被害は軽く済んだんだよな?」
麒一郎が玲子にではなく龍也に視線を向けると、龍也が軽く頷く。
「恐らくは。玲子の夢見では、ユダヤ人は600万人が虐殺され、ポーランド人も同じくらい死者が出ると聞きました。ですが、連合国の早期反攻で、ドイツは虐殺や弾圧に力を入れている場合ではなかった筈です。それに時間も。また、物資の流れなどからの現時点での推定では、犠牲者は夢見の半数程度ではないかと予測しています。
ただ、戦争末期のドイツでの物流の混乱と停滞を考えると、各地で酷い食糧不足が起きているのは確実で、餓死者はかなりの数に上ると見られています。前線から届いた解放した強制収容所の情報でも、極度の食糧不足と餓死が報告されています」
「それでも夢とは1年違うから、餓死者と冬の寒さ、それに疫病の死者は激減していると思いたいわね。勿論、虐殺も」
玲子が自分に言い聞かせるように口にする。
それを横目で見つつ、晴虎があえて陽気な声を上げる。
「夢見の中と違って亜細亜・太平洋は何も無かった。戦争も夢より1年早く終わる。今はそのことを喜ぼう」
「ええ、本当にそうね。詳細な結果が出るのは、戦後の調査を待たないと分からないものね」
「まあ、そういう事だな。連合軍とソ連は各所で握手した。日本軍も、チェコとオーストリアの国境辺りで露助の兵隊と抱き合ったそうだ。あとは降伏調印すれば、長かった戦争も終わりだ。まずは、みんなご苦労さん」
そう言うと、麒一郎が珍しく頭を深めに下げた。
__________________
21世紀のロシア人は美男美女揃い:
念の為、俗説を誇張して言っているだけです。
もっとも、男性が死にすぎて労働の男女平等を進めざるを得なかったのは、社会主義的にはかなりの皮肉だろう。
またソ連の人口変動の悪影響については、女性の負担が従来の家事だけでなく労働も増えたせいで少子化が進んだとも言われる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます