015 「外伝・第二次世界大戦総決算(2)」

「で、玲子の言葉で歴史を動かした戦いだが、それから見ていくか? と言っても圧巻はあれだな」


「ええ。何と言っても、ノルマンディー上陸作戦の辺りだろうね。素人目にも凄かった」


 麒一郎の言葉に、善吉が思い出すように目を閉じつつ言葉にする。

 そしてそれに全員が賛同していた。


「まるで日露戦争だったからな。物語の戦争でも、あんなにハマる事はないぞ」


「最初は俺ですら、そんな事はないだろうと思ったくらいです。ですが、開戦から的中の連続とあっては、誰も無視できませんでしたよ」


「まさに神懸っていたからな。だが、話の出所がどこか分からないのに、全員がよく話に乗ったと今でも思うよ」


 元軍人の麒一郎と現役将校の龍也がそんな風に話し始めると、しばらく当事者の玲子を置いて話が弾んだ。


(前世の映画か何かで見たロンメル将軍が赴任するまでガラ空きだった、的ないい加減な記憶が話の出発点だったとか、墓場まで持ってくしかないだろうなあ。それを根拠に、連合軍300万将兵の命運をかけたとか、シャレにもならないし)


「どうした玲子。皆があまりに褒めちぎるから、照れ臭くなったか?」


「……私が伝えたのは、ドイツ軍がソ連にかかりきり。ソ連と戦うだけで精一杯。フランスはガラ空き、ってだけよ。それで調べたらその通りだった。私が頑張ったのは、コンテナを使った物流の方だし」


 戸惑い気味の返答なのが分かったが、それに対しても男達は大いに頷き賛同した。


「いや玲子ちゃん、コンテナはもっと凄いよ。15年ほど前に最初に話を聞いた時、私は理解すら出来なかったから、もう頭を丸めるしかないと覚悟したね」


「善吉、残り少ないのに、それ以上丸めてどうする。だが、子供の頃から地道にずっと取り組んで来たのは、大したもんだよ。この戦争を見越してだろ」


「う〜ん。私としては、戦争には正直間に合わないと思ってて、戦後に自由貿易が広まれば花開くかなって。それに形にできたのは、虎三郎や他のみんなのお陰よ。私は論文書いて絵で見せて、少し話しただけだし」


「だけどね、新たな概念というのは重要だよ。俺の聞いた限りでも、世界中が驚いている。勿論軍人が殆どだが、後方、兵站、補給を預かる者、軍政を預かる者は絶賛だ。誰もが言ったよ。『どんな魔法を使ったんだ?』ってね」


「アハハハ、魔法ですか。似たような話は、時田やセバスチャンからも聞きましたけど、全部自明の事ですよ。規格化した貨物に、出荷先で箱詰めして鍵をかけて箱のまま届ける。その為の船と港、陸上輸送手段を整備する。特に一番手間な荷物の積み下ろしのシステム化の徹底。これを一つのシステムにして実現した人達こそ賞賛されるべきです」


「その通りなんだろうね。でも画期的な輸送手段の確立が、世界大戦を当初の予測より1年早く終わらせた事に大きすぎる貢献を果たした、という事は覚えておいて欲しい。これは、単に戦争を早く終わらせたというだけでなく、予測や推計でしかないが数百万の命を結果的に救ったに等しい事だからね」


「まあ、何も気づけなかったチョビヒゲ総統は、いい面の皮だがな」


 龍也のいつにない熱弁を麒一郎が混ぜ返すが、玲子は龍也の方に深く頷き返した。

 そしてその目を見返しつつ龍也が続ける。


「話を戻すけど、フランスへの総反攻の時期は、本当に絶妙だった。後から情報を揃えて考察した時は、鳥肌がたった程だ。今後、ドイツ側の資料が明らかになれば、さらに驚く自信すらあるね」


「時期の点は、私はスターリングラードの攻防戦でドイツが大負けすればその半年後くらいが最適かもしれない、という程度で話したと思いますが」


「そう。まさにそうだった。それに夢見だとは理解していても、一連の流れは天の采配としか思えなかった」


「昨年の今頃も、確か同じような事をおっしゃってましたね」


「ああ、そうだった。だが、あれほど大規模なのにあれ程完璧な軍事反攻作戦を直に体験出来、その一端に関われたとは、本当に武人の誉れだったからね。その目で見てきた龍一が本当に羨ましい」


 龍也がいつにあく感極まっているので、玲子は内心強く苦笑してしまう。彼女にとっての第二次世界大戦は、完璧には程遠かったからだ。


「私としては、アメリカ参戦が夢見より半年も遅れたのが痛恨事でした。もっと早く参戦させるつもりだったのに」


「でも玲子、あの参戦も絶妙だったよ。地中海で海軍が大損害を受けた直後の、アメリカ参戦だったからね。それに玲子が言った、決定的瞬間で参戦するかもしれない、という言葉自体は大当たりだったじゃないか」


「そう言われると、確かにそうなのかも。けど、あの時の海軍の損害は多くが当たってしまって、なんとも言えなかったのよね」


「随分と落ち込んでいたものね」


「ハイハイ、あの時は随分と慰められました。改めてありがとう」


「どういたしまして」


 やや憮然とした玲子に、晴虎がにこやかに返す。


「玲子は戦争中情緒が少しおかしかったから、晴虎がいなかったらどうにかなっていたかもしれんな。だが、初っ端の開戦に始まり、今のノルマンディーに至るまで、夢見とは言え実に見事だった」


「そのあとも、マーケット・ガーデンとバルジも散々言ったのに無視されたけどね」


「あの辺りの戦闘は、日本軍は関われなかったのは残念だったよ」


「あ、龍也叔父様は全然悪くありません。主にチャーチルが悪いんです。アイゼンハワーさんにも手紙したのになあ。あの辺がもう少し上手くいっていれば、クリスマスは無理でも、もう3ヶ月は早く終われたかもしれないのに」


「まあ、戦争は水物だ。先を知っていたからと言って、早々上手くはいかんという戒めだな。それに、夢見通りだったんだろ」


「だから何度も注意したのよ」


 よほど残念だったのか、憮然と腕を組んだ。

 そうすると麒一郎が笑う。


「まあ、戦ってのは前面の強敵、後背の無能な味方ってのが定番だ。それに男って生きもんは、案外女々しい奴が多い。素直に味方の話は聞かんもんだ。なあ、龍也」


「ええ、全く。海軍にも随分と注意を促したのに、玲子の言った日時の前後に同情するほどの大損害を受けましたからね」


「あれのせいで、空母無用論が出たくらいだからな」


「ですがイギリスの重防御空母の活躍と、本邦で建造した新型のおかげで、なんとか沈静化に向かっていますよ。それよりも、戦艦がもう時代遅れという考えの方が強まっているようですね。戦後の軍縮を見越し、大蔵省は戦艦の全廃を考えているようです」


「ハハハっ。海軍が怒り狂うだろ。それとも茫然自失するかもな」


「陸軍も笑い事じゃありませんよ」


「陸軍は、戦争が終わったらソ連との睨み合いが再開するから問題ないだろ。なあ玲子」


「うん。半世紀くらいは大丈夫じゃない。それより、戦後の話するの?」


「そう言えば今の戦争の話だったな」


 麒一郎の雰囲気から、話はまだ続きそうだった。


 

__________________

 

前世の映画:

「The Longest Day」。邦題は「史上最大の作戦」。1962年の映画。



マーケット・ガーデンとバルジも:

これらも映画になっている。「遠すぎた橋」(1977)、「バルジ大作戦」(1966)。どちらも戦争映画の名作。



コンテナ:

コンテナリゼーション。コンテナ化。コンテナ輸送。

効率的な荷役および長距離の効率的な輸送が行える。荷下ろしの簡易化で貨物の輸送コストが非常に下がった。20世紀最大の発明とも言われる。

登場は1955年。マルコム・マクレーンが発明した。

第一次世界大戦の頃から、アメリカでは試行錯誤が始まっている。

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