014 「外伝・第二次世界大戦総決算(1)」
「じゃあ、話を聞こうか」
「うん。総括でいいのね」
「やっと戦争が終わるからな」
広い空間を持ち豪華で落ち着いた内装の居間で、数名の男女がそれぞれ席についている。
中心は上座に座る和服姿の老人と、動きやすい洋装姿の長く艶やかな黒髪を後ろに流した若い女性。
場所は、東京六本木にある鳳伯爵家の本邸と呼ばれる広大な屋敷。その中の本館と呼ばれるひときわ大きな建物の中の、一族の者がよく集まる部屋だった。
上座の老人は、一族当主の鳳麒一郎。既に70歳を超えるが、見た目より若く見えるのは姿勢の良さもあるが元軍人だからかもしれない。
そして上座の隣に座る女性が、名目上は当主の次の位置にある一族長子の鳳玲子。
祖父と孫だが、父と子であった時期も長く、何より相棒、いや、共犯者だった。
二人はこの十数年間、一族と一族が有する財閥を率い、そして導いてきた。加えて、日本、さらには世界までも自分達の行動に巻き込んできた。
それが出来るだけの、財力、影響力、人脈、そしてなにより異常なほどの先読みの力があったからだ。
鳳伯爵家が支配する鳳グループの、この20年ほどの快進撃と表現する以上の大成功につぐ大成功が、その先読みの異常さを雄弁という以上に物語っている。
この為、半ば噂を含め女性のことを『鳳の巫女』などと人々は噂した。しかしそれはあくまで「知る人ぞ知る」であり、表向きはあくまで伯爵家の当主と長子の一人でしかなかった。
そして彼女のある意味で表の顔となるのが、隣に座る夫の晴虎だった。一族傍系の長子ながら入り婿として本家に入り、今後は鳳グループを背負っていく立場にある。
ただしあくまで入り婿で、この一族では本流の長子が最優先される。だから玲子の隣に座るも一つ下座だ。
晴虎のほぼ対面に座るのは、分家筋の龍也。財閥関連には属さず、日本陸軍の中央で大いに活躍する高級将校を務めていた。しかも、日本陸軍の次代を担うと言われるほど優秀さ。『主席の鳳』の名を、陸軍中央で知らぬ者はいなかった。
その隣、玲子の対面には、鳳グループを実質率いてきた善吉がいる。他の一族とは外見が大きく違うことから分かる通り外から来た入り婿で、一族の他の者のような派手さはないが堅実さが売りだった。
そして一番下座に、筆頭執事でもある時田丈夫が座る。この中では最も高齢で既に80歳近く、10年ほど前から頭も真っ白だった。昔なら執事として麒一郎か玲子の後ろに控えるのだが、二人の命令で5年ほど前から座らせるようになっていた。
それでもいまだ背筋が伸びているのは、流石としか言いようがない。
そしてこのメンバーが、鳳一族のここ数年の中枢という事になる。
そして麒一郎が続けた言葉で、話し合いが始まる。
「まあ、このメンツで話すのは最後になるかもしれんが、気楽にいってくれ」
「りょーかい」
(総括か。けど、何の総括かは言ってくれていないのよね)
玲子はそう思いつつも口を開いた。
「1930年の国民所得が……」
「そこからなのか?」
そう言った麒一郎のややげんなりした表情を、玲子は少しばかり挑戦的に見返す。
「引き継ぎの為の私の総括じゃないの?」
「まあ、それもいずれするが、今日は第二次世界大戦の事だと考えてた。なにせ、ベルリンが陥落したんだぞ」
「まあ、いいじゃありませんか。私は興味あるし前座と思って聞いても」
「俺も賛成です」
善吉に続いて龍也も賛同し、時田が静かに頷く。夫の晴虎は、興味深げに玲子を見ていた。
「わかった。だが手短にしてくれ」
「りょーかい。1930年の国民所得が名目で166億円。1943年度が約1000億円。多分、1944年度も大きくは変わらず。名目成長はおおよそ6倍。
一方この15年の間に、1944年予測だと総人口は約130%増加。内地の総人口は、6440万人が本年度予測で8350万人。差し引き一人当たり所得は4・6倍。
これを踏まえた実質の一人当たり所得が、15年でおおよそ3倍。これが私が引っ掻き回してきた結果になるわね」
「……それだけか?」
「全ての要約になっていると思うけど?」
「流石に要約しすぎとは思うがな。で、夢の中の日本は?」
「散々言ってきたでしょう。戦争はあと1年ほど続いて、日本の都市という都市が空襲で焼け野原。青天井の戦費で経済は崩壊。円の価値は大暴落。ついでに言えば、戦後しばらくも経済は大混乱。日本人の殆どが貧乏になるのよ。そして我が鳳財閥もあえなく崩壊。かくして一巻の終わりよ」
「そうだったな。だがまあ、アメリカとの戦争に負けるんだ。今のドイツみたいなもんだな」
「うん。ホント、アメリカが味方で良かった」
「それは嫌でも実感させられたね。分かっていたつもりだったけど、あんなに凄いとは」
「ええ、全く同感です」
「二人には、アメリカに一度じっくり旅行に行く事をお勧めしますよ。ねえ、時田さん」
「はい。龍也様は軍務でお難しいかもしれませんが、善吉様は隠居されたらゆっくり回られては如何ですかな?」
「むしろ私は行かないとなあ」
時田の言葉に、善吉と龍也よりも玲子が嘆息する。
「ハハハッ。落ち着いたら、また行ってこい。向こうの連中に、戦の種明かしでもしてくるんだな」
「えーっ。それは断固したくない。ていうか、しない。戦争中も説得に行ったら気味悪がられたし。行くのはビジネスの方よ。コンテナ輸送促進の件とか、直接お礼言いに行かないと」
「もう、うちの方がでかいだろ。行かなくとも、向こうから来るんじゃないのか?」
「ハ? 何言ってるの。仮にうちが日本の1割を占めたとしても、日本の経済力はアメリカの2割。アメリカ経済から見れば、鳳はたったの2%分。満州やアメリカにある財産、利権と合わせても、うちはまだまだ下っ端よ。分かってる? 金融資産と利権が少し多いだけよ」
「アメリカの王様ってのは、まだそんなに遠いのか?」
「前より近づけたわね。けど、10本の指で数えられる上位の『王様』達とその配下を全部足すと、アメリカ経済の半分くらい牛耳っている筈よ。だから、まだまだ下手に出ないといけないの」
「日本で我が世の春を謳歌している筈が、井の中の蛙か。だがまあ、そんなちっぽけな日本でも、今や名実ともに世界の一等国だ」
「それどころか経済力ではアメリカの次、軍事力でも米ソの次よ。疲れ切った大英帝国は、今や日本の下。超大国は全然無理だけど、地域大国くらいの虚勢は張ってもいいと思うわよ」
「10年、いや5年もしたら、欧州列強がある程度は力を取り戻すだろうがな。だがまあ、先のことはいい。まずはこの戦争だ」
麒一郎はそう結び、前座は終わりだと告げる。
そして一同をゆっくりと見る。
「改めて玲子に聞きたいことがある奴はいるか? なければ、順番に歴史の先回りと結果を見ていくぞ」
視線を巡らせるも、誰も異論はなかった。
「それじゃあ、真打を始めるか」
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