外伝

001 「外伝・悪役令嬢は永遠なり?」

 2020年の春先、鳳玲子が満100歳の誕生日を1ヶ月ほど前にしてはるか高みへと旅立った。


 理想的とまで言われた、家での一族に囲まれての大往生だった。

 そして内外を問わず政財界へのとても大きな影響力もあって、驚くほど大きな葬儀もしめやかに執り行われた。更には、鳳グループが総力を挙げて執り行う偲ぶ会も既に開催が決まっている。

 しかも鳳グループ系列を中心に、新聞、雑誌で取り上げられ、追悼番組すら放送された。


 だが、一部界隈、主にオカルト好き、政財界の裏話好きなオタクもしくはマニアの間での解釈は違っていた。

 すべてはカムフラージュに過ぎない、ただの人であると誤魔化す為の茶番に過ぎないと、まことしやかに言われた。

 それは今回だけでなく、今までも度々、かつてはアングラの雑誌、20世紀の末頃からはインターネット上で話題になっていた。


 というのも、鳳一族の宗家の血筋には、各世代ごとに鳳玲子にとてもよく似た女性が必ずいた。世代によっては複数人いることもあった。

 中には、鳳玲子のふりをする事が神がかっているくらい得意な、俳優をしている親族もいる。そうした子孫達が、鳳玲子の奇妙な噂話に信ぴょう性を持たせた。

 ただし特殊な見解を持つ一部の者達から見れば、子孫達の表の経歴自体が全てカムフラージュという事になる。


 なんでも鳳玲子という存在は、不老不死、最低でも不老長寿で年老いることがない。一見年齢を重ねたように見える時期があっても、それは化粧や姿勢などで年齢を重ねたように見せているだけ。

 中には、何か怪しげな呪(まじな)いや魔法を使って、見た目の年齢を調整しているという与太話まである。


 そして鳳玲子自身は実在する祟り神や物の怪などの類で、その見た目は永遠に若い姿なのだとされている。

 そんな存在がいるからこそ、鳳一族と鳳グループは異常なほどの繁栄と栄華を誇っている、という事になる。


 そんな与太話を、一族の者達は自分達で集まった時にだけ笑いあった。何しろ集まると、歴代の鳳玲子が揃ってしまう。

 当の鳳玲子が存命の頃も、「今はあなたが鳳玲子ね」などと言って笑い合うのが挨拶のようなものだった。


 そんな鳳玲子がはるか高みへと旅立った2020年春先の時点で、鳳侯爵家本流の世の中的には侯爵令嬢と呼ばれる立ち位置の少女が、鳳玲子だとされていた。

 もっとも、鳳玲子は永遠の若さを持つので、その女性が数年、場合によっては10年ほど役を果たせば、次の世代へと役目を引き継ぐ事になる。


 何故なら、将来の鳳侯爵となる長子であるその少女の兄は既に結婚しており、さらには最初の子供、つまりさらに次の鳳家の長子が生まれていて、その子が女の子だからだ。

 しかもその子は、鳳玲子以来の宗家での女の長子だった。


 そして不思議と言うべきか遺伝子のなせる業か、直系か直系に近い血縁者の一部の女子は、鳳玲子にとてもよく似ていた。

 遺伝子頑張り過ぎだろ、と生前の鳳玲子は笑っていたが、オカルト的な噂よりもこちらの方が余程不思議に感じてしまうと一族の者達も言い合った。


 そして不思議といえば、一族の近しい者達から見て鳳玲子は少し不思議な人物だった。

 巨大な財閥を長らく率いてきたと思えば、その一方で子供向けの娯楽が好きな人物だった。孫やひ孫と一緒にアニメや漫画を見るのが好きな、子供っぽい一面のある人物だった。


 そうした分野への文化保護や投資も惜しまず、幼い頃からの夢を追い続けていたんだろうと、一族の者達もよく話していた。

 そして、一族の者達がよく思い出話をするように、鳳玲子の子供っぽい趣味に付き合うのは、一族の人間にとっては子供の頃の通過儀礼のようなものだった。


 だがそうした一面は、鳳玲子の不思議な面というより茶目っ気のようなものだ。

 本当に不思議なのは、『鳳の巫女』『夢見の巫女』という一面だ。

 しかし本当に未来予知のような夢を見たのかは、それこそ当の本人しか知る由がない。一族の多くの者たちも、別段オカルト的なものではなく、異常や異能と言われるほど頭が良かっただけと解釈していた。


 非常に聡明だったのはノーベル経済学賞受賞でも明らかだが、内示の時点で「商人でしかない者が金儲けの為にした事。私が賞を受ければ権威を傷つける」と辞退したという。

 結局、ノーベル経済学賞は、世界中の政治家、学者などから拝まれるように受けたが、当人はかなり不満だったと伝わっている。


 だが、未来予知とすら言われた彼女の先見の明、先読みは本当に神懸かっており、何度も一族と財閥、それに日本ばかりか世界に対してすら進むべき道を示したのは、多くの者達にとって間違いない事実だった。


 経済界の女帝、物流の女王、資源王、投資王、そして夢見の巫女。様々な二つ名がある。それに並行して、本当の巫女のような事も度々行ってきた。

 しかも、お告げを言うだけではなく、自分で行ってしまうところが鳳玲子らしいと一族の者達は話した。


 比較的最近の事だと、計画された頃から過剰だ、金の使いすぎだと非難も強かった原発の防災対策の成果がある。

 その後の詳細な検証の結果、防災対策を楽観していたら未曾有の大災害が起きた可能性が非常に高かったと結論されていた。


 そうした鳳玲子の功績と影響力の大きさは、つい先日の葬儀での弔問者、弔意の手紙、弔電などで世間が知る事となった。

 だが鳳一族の古い世代の者達は、最盛期だとこの十倍で済まなかっただろうと口々に言い合った。

 実際の数が少なかったのは、曾祖母を知る人々の多くが先に旅立っていたからだ。


 鳳玲子が関係を深めた人物の中には、教科書に名前が載るような歴史上の人物と言える人、世界の偉人と呼ばれる人が、数え切れないほどいるとも噂された。

 次の鳳玲子となる少女が直接知る限りの10年ほどの間にも、首都圏郊外にある鳳の屋敷を密かに訪れた政財界の要人が数えきれない程いた。しかも日本だけでなく、欧米、特にアメリカからの来客も少なくなかった。

 アメリカからの要人が多いのは、鳳一族の血に少なくない欧米の高貴な血が入っているからだけではない筈だ。


 一方、表の肩書き上での鳳玲子だが、あくまで一族の長子の一人と言うだけでしかない。

 ただし何度か、鳳グループを特別顧問などの形で実質率いたが、これすら公式の記録には殆ど残されていない。

 殆ど使う事のなかった名刺にも、ただ名前が記載されているだけで肩書きは一切なかったと言われる。


 しかも、第二次世界大戦と戦後すぐ、1950年代後半、1970年代前半、1980年代前半という、鳳グループだけでなく日本全体が厳しかった時期に精力的に動いている。

 子供の頃にも、実質的には鳳グループを導いていたとも噂されている。


 それ以外では、どうしても断れないもの以外、国内外の叙勲といったものは断れる限りは断っていた。

 それだけでも十分凄いのだが、関係者や人脈を見ると表の肩書きでは物足りなさを感じてしまうと一族の者達はため息すらついた。


 そんな話を聞いて育った次の鳳玲子となる少女は、小さな頃に曾祖母に直に聞いたことがあった。そうすると「私は陰にいるべき人だからね」と、どこか遠くを見るように教えてくれたという。


 それが多少でも表に出るようになったのは、鳳玲子に負けないくらい聡明だった、次女の鳳幸子の能力を十分に振るわせる為だったという。

 まだ子供だった当時の鳳幸子には、当然ながら社会的な責任能力がなく、普通なら力の振るいようがない。だから、鳳玲子が表の顔となっていた、と言われている。


 そして鳳幸子が元服する頃には陰に退き、その裏では共に活躍するようになる。そうしたら、いつの間にか鳳玲子の奇妙な噂が出来ていった。

 これは、鳳玲子が子供の頃から自分と一族の映像記録を熱心に残し続けていたので、その一部が流出した事、させた事も影響している。

 何しろ、鳳一族のどの時代の記録にも似た姿が映っていた。


 一方で鳳一族、鳳グループも、世間のくだらない与太話をそれなりに利用していた。

 普通では考えすら及ばないような、ある種神懸かった諸々を一般常識人達に心理的に納得させる手段の一つとして利用した。または、与太話を信じる人達に対して利用した。

 何しろ占いやご神託にすがる人、信じる人は、特に政財界の水面下では事欠かない。



 そして時代は下り、一族の少女の一人の表の顔の一つが何代目かの鳳玲子だった。

 彼女の曾祖母が高みへと旅立っても、彼女の曾祖母が書き残した未来予知とすら言える色々な先読みの記録がなくても、鳳一族、鳳グループを引っ張っていかなければならないからだ。

 そしてその為には、まだしばらくは鳳玲子という存在を必要としていた。


「お嬢様、お時間です」


「うん。行こうか」


「はい。お供致します」


 部屋の隅で控えていた年若い侍女の声で現実に戻った彼女の返事に、世話ばかりでなく護衛まで兼ねたその侍女が、音もなく綺麗なお辞儀を返す。

 その侍女の一族も、古くから鳳一族、特に彼女の曾祖母に仕えてきた。

 その侍女の21世紀らしからぬ雰囲気に、一族や財閥を支える人達も含め、それら全てが与太話を現実として作り上げてきた要素なのだと思わせた。


「それにしても、ひいおばあちゃんの誕生日会の主賓が私なんて、罰当たりもいいところね」


「御遺言です。お嬢様が気になされる必要はございませんでしょう。それに本日は、公式には麟太郎様、麟華様のお誕生日会です。それでもとお思いなら、襲名のようなものとお思いになれば宜しいかと」


「なるほど。じゃあ私は6代目鳳玲子ね」


 そう、今日は波乱万丈の人生を歩んだ鳳玲子の100回目の誕生日だった。



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.。゚+..。゚+.玲子の部屋.。゚+..。゚+


お嬢様(頭に輪っか付)「突然場所を用意されたんだけど、せっかくだから駄弁っていきましょうか」

シズ(頭に輪っか付)「お相手を毎回呼ばれるのですよね?」

お嬢様「さあ、勝手に来てくれると思うけど」

シズ「そうなのですか? では後ろで段取りをさせて頂きたく存じます」

お嬢様「そんなに真面目にしなくていいわよ。多分」

シズ「そういうわけには参りません」

お嬢様「そう? それにしても、100年の人生かあ。さすがに長かったわね」

シズ「最後までお供できず、申し訳ございませんでした」

お嬢様「10歳も違うんだから仕方ないって。むしろ長い方だし」

シズ「御心遣い痛み入ります。ところで、同世代でお嬢様より長生きされた方はいらっしゃいましたか?」

お嬢様「私が最後よ」

シズ「左様でしたか」

お嬢様「うん。憎まれっ子世に憚るってやつね。悪役令嬢として我ながら誇らしいわ」

シズ「またそのような事をおっしゃられる」

お嬢様「様式美よ、様式美。それより振り返っていくわよ」

シズ「はい。宜しくお願い致します」


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鳳玲子の100回目の誕生日:

念のため、西暦2020年4月4日。

死去した日は、主人公がトラック転生した日かもしれない日。


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「外伝」は、本編の一人称形式とは違い三人称形式か叙述形式、それに設定資料的な形で綴っていきます。

駆け足で第二次世界大戦とそれ以後の21世紀序盤までの歴史を追いかけますが、主人公達も登場予定。

また、あとがきで主人公達が勝手に喋ります。

掲載は、週一ペースくらいを予定しています。

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