699 「終幕もしくは新たな開幕」

(最初はシズだけだったのに、思えば遠くに来たもんだ、ってやつね)


 目の前には、部屋に集まった私の執事、秘書、側近達が並んでいる。昨日の夜に廊下でみんなから挨拶を受けたけど、その続きのようなものだ。


 なぜ昨日の夜の続きというか仕切り直しを今日にしたのか、これといった理由を覚えていない。

 一族の集まりのあった昨日は、私が鳳玲子として転生して初めて転生前の意識を持った日、関東大震災のあった日だから、昨日の方が相応しい筈だ。

 けど、挨拶を受けた時は夜も遅めだったし、赤ちゃん達が気になったから今日にしたんだと思う。


 そんな事を頭の片隅のごく一部で思いつつ、一人一人顔と目を合わせる事に集中する。


「みんな、これからも宜しく頼むわね」


「こちらこそ、これからも宜しくお願い致します」


「では乾杯!」


 私の目線を受けてセバスチャンが音頭取りをして、全員の手にある杯が空けられる。私が一族の中心になる祝いの盃というやつだ。

 そしてそれからは、昨日の解散の時にもう一度集まって色々話すと言った通り、ちょっとした歓談の席というやつをする。


 昨日の一族の席だと、側近達を席に呼べない。けど私だけの席なら、こうして全員を呼ぶ事ができる。

 若干名一族も混ざっているけど、仕事仲間みたいなものだし、気兼ねする関係でもない。


 そして夕食会でもあるので、午後6時に始めてお開きの午後8時は、事前に知らされていた日本政府の行動が実施される時間でもあった。

 日本政府は、ポーランドとの相互援助条約に基づき、ドイツに対して現地時間の12時、日本時間の午後8時に最後通牒を提出する。


 渡すのは来栖三郎駐ドイツ大使。

 ヒトラーに心酔していた大島浩は、日本がドイツとの関係を悪化させると徐々にヒトラー、ナチスからも遠ざけられた。

 それでもリッベントロップ外務大臣との深い関係を続けていたけど、日本政府、外務省の方針もあって結局ドイツ大使になる事は出来ず。駐ドイツ大使は、現時点で駐ソ連大使をしている東郷茂徳の後任として、39年春から来栖三郎が勤めていた。


 そしてついに、日本はドイツに最後通牒を突きつける。

 これで24時間後には宣戦布告となり、ドイツと日本帝国は戦争状態へ突入する。

 英仏も日本と共にドイツに対して宣戦布告するので、これで日本は晴れて連合国の仲間入りだ。


 しかも連合国の初期メンバーで、国際連盟の常任理事国で、英米との間には不可侵条約と防共協定まで結んでいる。

 加えて、アメリカと日本の関係もそれなりに良好。トップが張作霖だけど、中華民国との関係も申し分ない。

 勝ち馬に乗る状況としては満点と言って良い。

 話が出来すぎていて怖いくらいだ。

 チャーチルからは、即座と言えるタイミングで祝電のような電報が私宛に届いたりもした。


(次は、史実と同じように連合軍がドイツに勝つ事。……歴史を見ると、序盤はかなり綱渡りなんだけど)


 間もなくお開きの午後8時という頃、窓際から外をぼんやりと眺めつつ、遠くヨーロッパの事、いやこれから起きる世界大戦の事をついつい思ってしまう。


「また考え事?」


「う、うん」


 そんな私に、新しいグラスを持ったハルトが寄り添ってくる。そしてグラスを受けつつ、曖昧に言葉を返す。

 私の事を祝っている席で戦争の事を考えるというのは、我ながら相応しくないと思うから。


「これから起きる戦争かい?」


 けど、見透かされていた。

 今の私くらいの年までヤンチャをしていた陽キャな人だし、時折言い合いや喧嘩もする仲だから、心の仮面を厳重に被っていない限り見透かされてしまう。

 そしてこの場で仮面は不要だから、当然の反応だった。

 だから軽く肩を竦める。


「どうしても考えてしまうのよね」


「仕方ないと思うよ。もうすぐ最後通牒か」


「うん。5、6年は続く大戦争。けどまあ、夢見の一部再現なら戦場はほぼヨーロッパだけ」


「玲子ちゃーん、今日はそういう話はしないんじゃなかった?」


「仕方ないわよ。私も頭の隅で考えるもの」


「みんな、殆ど病気だね」


 随分とお酒が入ったサラさん、同じくらい飲んでいる筈なのに素面のマイさん、それにお芳ちゃんが続いてくる。端っこだから油断してたけど、会話が周りに聞こえていたらしい。

 そしてお酒でテンションがブーストされたサラさんの大声で、部屋中が私達に注目する。

 そこに絶妙な間で、エドワードが口添えしてくれた。


「玲子様、そろそろお開きかと。最後のお言葉をお願いします」


 その言葉に多少もったいつけて頷き返し、全員を再び見る。


「今日はありがとう。明日からはまた忙しくなるから、みんなよろしくね」


「……それだけ?」


 せっかく短く無難な言葉で簡潔に締めたのに、お芳ちゃんのツッコミ。

 見れば、全員が物足りなげに見えてしまう。言葉を足すべきらしい。そう思うということは、確かに私は殆ど病気なのかもしれない。

 ついでだから、少しポーズも決めておく。


「明日から戦争が始まるわ。しかも、先の世界大戦を上回る未曾有の大戦争が、一心不乱の大戦争ってやつがね。

 私達が散々戦争を避けようと頑張ってきたのに、世界が戦争始めるっていうなら受けて立ちましょう。

 そしてうちは商人。お爺様もおっしゃったけど、今まさに鳳飛躍の時。みんなで大戦争の果実をもぎ取りに行くわよ!」


 言葉が終わると、セバスチャンの熱烈な拍手を皮切りに全員の拍手。けれども、お望み通り大上段から煽ったのに、大半の人が拍手しつつドン引きしていた。


「お嬢、言い過ぎ」




「戦争の果実か。相変わらずだなあ」


「わたくしは、たいへん玲子奥様らしいかと」


 その翌日の朝、昨日の事を聞きつけたらしく、お爺様と時田にイジられた。

 けど、それだけでは済まないのがこの二人だ。


「で、そんなに吹かしてていいのか?」


「夢見通りだと、欧州情勢は来年辺りが厳しそうですな」


「うん。だから日本軍を、可能な限り早く欧州に派遣させる。そしてブリテン島を橋頭堡にして、ドイツが隙を見せたら素早く一気に反撃するのよ。それが一番、戦争の犠牲者を減らす事に繋がる筈だから」


「そんなに上手くいくか? ドイツは強いぞ」


 少し力を入れて言葉を返すと、一見昼行灯のまま軍人らしい言葉が返って来る。

 おかげで言葉にさらに力が入ってしまう。


「だから何としてもアメリカを参戦させる」


「謀略でも使いますかな?」


「あいつらなら自作自演してくれるだろ」


「先の大戦のように英仏の戦争債を大量に買っていたら、自ら首を突っ込んでくるやもしれませんな」


「それに戦後の欧州市場を狙いに、絶対に参戦して来るわよ。あの人達強欲だから。その線で王様達を煽るし」


「煽る必要もないと思うがな。まあ、好きにしろ。玲子、お前の戦争だ。俺達が手伝ってはやるがな」


「はい。微力を尽くさせて頂きます。先の大戦を思い出しますな」


「まったくだ」


 そう言って二人で笑う。

 百戦錬磨だけあって、とても頼りになる。

 今までもそうだったけど、もうしばらくの間は頼る事になるだろう。

 だから心の中で頭を下げた。




 そして昼間、鳳の本邸、本館内の昨夜と同じ部屋で、同世代達との昼食会を約束通り開いた。


「改めて、今日も私の為に集まってくれてありがとう!」


 お盆の終わりに言った言葉で挨拶したのに、反応はビミョー。

 もっとも、姫乃ちゃんの告白と宣言は既に終わっている。ついでに言えば、1日に乙女ゲームの擬似的な再現を図ろうとした私の淡い目論見も、3日の開催とあっては意味がない。

 というわけで、今日は単なる気軽なアフタヌーンパーティーだった。


 参加しているのは、私と瑤子ちゃん、龍一くん、玄太郎くん、虎士郎くん、そして唯一のゲストと言える勝次郎くん。他に非番の側近も参加させたので、輝男くんと姫乃ちゃんもいる。

 後、シズとリズがメイドとして給仕などをしている。シズのそうした姿は、結構久しぶりだ。

 けど今日はほぼ親族だけだから、後ろに侍らせたりはしない。


「それで、今日の集まりって何なんだ?」


「お盆の終わりに、玲子が集まろうって言い出したのが始まりだな」


「それで、姫乃さんが玲子ちゃんの元で働きたいっていう告白をするのが目的だったけど、それも終わっちゃってるんだよねー」


 龍一くんと玄太郎くんが、虎士郎くんの言葉に頷いた。ちょっと離れた場所では、姫乃ちゃんが照れ笑いしている。

 うん。これでコンセンサスは万全だ。

 そう思い頷いた私に、全員の視線が集中する。


「新学期だから、学生組にこれからの為の英気を養ってもらおう、っていうのが表向きね」


「裏があったの?」


「学生じゃないと、こういう節目がないでしょ。それが欲しかったの」


「それで最初は1日にしようって言ったのね」


 瑤子ちゃんが妙に感心して頷いている。


「そうか。それで「私の為」と言ったわけだな」


「そうよ。この中で学生じゃないのは、私一人だもの。寂しいじゃない」


 納得げな勝次郎くんに、胸を張って威張っておいてやる。もっとも、前世でも大学生までしたので、学生自体に未練はない。

 そしてそんな事を知らないみんなは、「しゃーねーなー」的な雰囲気。

 けど一人、龍一くんが軽く首を傾げる。


「でもさあ、4、5年したら子供の事で似たような状態になるんじゃないのか?」


「それは子供達にとって、でしょう。私の節目が欲しいの」


 今度は龍一くんに、人差し指を突きつけてやる。これくらいしないと、この脳筋は理解してくれない。


「相変わらずな奴だなあ」


「でも、口実でもないと、私達って中々集まらなくなったし、良いんじゃないかしら」


「ボクもそう思う。都合つけて、もっと会おうよ。今度は、ボクの演奏会の後にしようね」


「頻繁には難しいだろうが、会うのは僕も賛成だ。瑤子は例外として、僕以外は勝次郎とお盆ですら会えるか微妙だからな」


「というわけで、決まりだな」


 最後に勝次郎くんが私へのドヤ顔で決める。

 何となくいつもの流れに、ちょっとホッコリする。だから素直に「ありがとう」と礼を言って、ちょっと離れた場所の側近達に顔を向ける。


「みんなもよ。普段から顔は合わせるけど、特に書生組はこういう場で持て成される側でも慣れておいた方が良いからね」


「畏まりました」


「わ、私もですか?」


「私は、あんまり関係ないだろうけどね」


 他は、分かりましたとか平凡だけど、輝男くん、姫乃ちゃん、そしてこういう場では、あえてだらけた格好をするお芳ちゃんが、それぞれ反応する。

 それを見て私は満足するけど、勝次郎くんは違うらしい。


「まだ何か?」


「いや、このくらいだとホームパーティーという奴だろう。鳳ではよくしているのか?」


「誰かを呼ぶのは珍しいけど、内輪だけでそれなりにしているわよ。けどホームパーティーって、特にアメリカだと社交の基本中の基本。アメリカ仕込みの虎三郎は、良く催しているそうよ。だから虎三郎の会社って、幹部の結束が固いのよ」


「なるほどな。玲子が今度広めようとしている催しではないのか?」


「何でもかんでも広めたりしないわよ」


「だが、俺達の中で先に家庭を持った玲子なら、そういう先手を打ちそうだと思った」


「……じゃあ、広める事にする」


「勝次郎さん、そういうのを藪蛇って言うんですよ」


「まあ、玲子と勝次郎の言い合いはいつもの事だ。気にするな」


「それには同意だな」


「アハハハハ」


 みんな好き勝手に言い、虎士郎くんは笑いつつ部屋の片隅に鎮座するグランドピアノの方へと向かう。

 そしてここ数年の流れだと、私は勝次郎くんと憮然とした表情を向け合うまでがセット。そうしたいつものやりとりが、愛おしく感じる。

 そんな私の顔を瑤子ちゃんが覗き込む。


「前会った時より、ちょっとスッキリした顔してるね。良い事あった?」


「どうだろ? いつも通りだと思うけど」


「そんな事ないだろう。昨日の夜、派手に宣言してたそうじゃないか。そうだろう、輝男?」


 玄太郎くんがメガネをクイっとして、私を糾弾。昨日の側近達に言い放った言葉が、どこからか伝わっていたらしい。

 何しろ玄太郎くんは、昨日は本館に近寄っていない筈。かと言って、言いふらす人はいないから、他の使用人から強引に聞いたんだろう。


 輝男くんも「存じ上げません」と、私への忠誠心全開でにべもない。隣で姫乃ちゃんも、可愛く首を大きくフルフルとさせている。玄太郎くんの視線がお芳ちゃんや他の子には及ばないのは、聞くだけ無駄と知っているから。

 それよりも、私の周りの男子どもが興味津々だった。


「どんな宣言なんだ?」


「いつもみたいに、ロクでもない事を口走ったんだろう」


「ボク、昨日の夜は収録で遅かったんだよねー」


 だから「ハァ」とわざとらしくため息をついてから、男子どもを見据える。


「明日から大戦争が始まるから、みんなで大儲けしましょうって、ハッパをかけただけよ。うちは商人なんだから」


「うわぁー」


「……予想を上回っていたな」


 最後に龍一くんが、私の肩をポンポンと軽く叩く。

 だからその手を軽く振り払ってやる。

 そして半ばついでだから、ポーズも決めて傲然と言い放った。


「事実でしょ。今晩8時から、日本も戦争に突入するのよ。前の世界大戦を上回る、天文学的な需要が発生するのよ。財閥が儲けないでどうすんのよ!」


 そう、私が色々なものからの破滅を避ける為の戦いは終わった。けど、本物の戦争はこれから始まる。

 私自身の為の人生もこれからだ。



悪役令嬢の十五年戦争  了



__________________


来栖三郎 (くるす さぶろう):

親英米派の外交官。日独伊三国同盟の調印と、太平洋戦争直前の日米交渉にあたった人物として有名。



ホームパーティー:

アメリカでは、ちょー大事。

ある意味で、個人主義の典型的な側面。



儲けないでどうすんのよ!:

作中でも触れているが、規模の拡大は出来るが儲けられるとは限らない。

むしろ利益は出ないことが多い。



__________________


あとがき


やっと終わった……。


 俺たたエンドじみていますが、所定の目的に達したのでこれにて本編は幕とさせていただきます。

 読んで下さった皆様、本当に長らくお付き合い下さり誠にありがとうございました。

 心より御礼申し上げます。


 正直これほど長くなるとは、当初は予想していませんでした。

 プロット段階では、1話3000文字で400話程度だろうと皮算用していました。

 加えて、最初はかなり安易な気持ちで始めたのですが、私にとっていつもの叙述文形式と違い、一人称形式でも小説にすると大変だという事が改めて分かりました。

 などと書き始めるとキリがないので、最後に一つだけ。

 この物語の主人公は鳳玲子の中に転生したアラフォー歴女ですが、鳳伯爵家当主の麒一郎(お父様な祖父)はもう一人の主人公でした。

 この時代、女児が主人公だと全然話を進められないんですよね。


 なお、一旦は「完結」としますが、一週間ほど開けてから後日談、その後の第二次世界大戦、21世紀序盤までの歴史概要などを「外伝」として掲載します。

 おまけ程度の小説、年表、設定資料などと合わせて30回程度を週1ペースで更新する予定です。


 ですが、『第二次世界大戦編』が始まるわけではありません。

 こんな調子で戦争を書いたら、主人公の出番が極端に減る上に、私のライフワークになりかねません。


 それでは、外伝でまたお会いしましょう。

 連載した二年半もの間、本当に有難う御座いました。



__________________


まずは完結です。

これまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。

この場を借りてお礼申しあげます。


なお、一旦は完結としますが、今後は週一ペース、土曜午前中の更新で、

第二次世界大戦、戦後を概論、資料や年表などで見ていく「外伝」を連載していきます。ドラマパートもあります。


もうしばらくお付き合いのほど宜しくお願いします。

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