698 「審判の時(4)」

「ええ。おめでとう御座います。あなたの勝ちよ。鳳玲子さん」


 私の言葉を受けた体の主は、艶やかに仕草を加えた肯定を示してくれた。


「もう一人の、じゃないの? 目の前の本物に言われると、居心地がちょっと悪いんだけど」


「いいえ。あなたこそが鳳玲子ですわ。わたくしは勝負に負けた敗者。堂々と退場いたします。と言いたいところなのですが、負けた事で一つ困った事がありますの。ご相談に乗って頂けますかしら?」


「私に何とか出来る事ならね。けど、前の夢の時の注文とは違うのよね。長生きしろってのとは」


「ええ。長生きもして欲しいと心の底から思ってはおりますが、それとは別件。正解に辿り着くと、もう過去には戻れないそうですの」


「え? じゃあ、あなたの4周目は……」


 またも飛び出した爆弾発言に、思考が停止しそうになる。

 けど目の前の体の主は、悠然としたままだ。


「ええ、もう出来ないそうです。正解に辿り着いたので、これでおしまい。そこで相談なのですが、今身籠もったばかりの子となっても構いませんかしら? このままでは成仏なども出来そうにないのに、他に行くアテもありませんの。ですから、あなたの子として生まれるのが、一番しっくりくるみたいですのよ」


「まあ、あなたの体で産む子供だものね。けどさあ、それなら私に負けを言い渡す方が……」


「それ以上仰ると、ぶちますわよ」


 言いかけたところで、ピシャリと言葉で遮られた。

 このプライドの高さは彼女らしい。


「うん、ごめん」


「ええ。わたくし、勝ち負けに私情は挟まない性分ですの。わたくしが持ちかけたのなら、尚更ですわ。お分かりいただけて何より。それにね、体をお返し頂いたところで、あなたが作ってきた人間関係の中でやっていきたいと到底思いませんの。立場が逆だったらと、考えて下さいな」


「あー、そりゃあそうだ。けど、私の子供になるの? マジで?」


「ええ、大マジですわ」


 今度は、何やら堂々と宣言された。偉そうに胸まで張ってポーズまで付けている。

 こっちとしては、今までとは違う意味で呆気に取らてしまう。そして次の瞬間、さっきの体の主の言葉が思い出される。


「もうループ出来ないなら、一番無難かもね。え、けど、身籠もったばかりって、私妊娠したの? マジで?」


「同じような反応を二度もなさらないで。事実でしてよ。不器用さん曰く、今まさにって感じだそうですわ。御目出度う」


「ありがとう。そっかー、これで4人目かあ。あ、そうだ、名前何が良い? こんな事は二度とないだろうし、せっかくだからリクエスト受け付けるわよ。子供の名前を考えるのって、意外に大変だから助かるんだけど」


「案外、呑気ですわね。けれど、名前は生まれた時にお付けになって下さいな。今、お伝えしたところで、覚えていない筈ですので」


「そうなの? 私、今まであなたと夢で話した事、だいたい覚えているわよ」


「それも忘れるそうですわ。あなたは、次に目覚めたら、唯一人の鳳玲子になりますの」


「え? じゃあ、前世の記憶は? 歴史チートは? あれがないと、これからも困るんだけど」


「大丈夫ですわよ。前世の記憶というものは、覚えているみたいですわ。麟様も似たような経緯だったそうよ」


「ん? んんっ? それじゃあ麟様は、私みたいに赤の他人が本来の麟様の体に転生して、頑張って正解に至ったから本人になりましたって感じ?」


「概ね、そのようですわね。そしてあなたも、わたくしの存在を忘れ、単に並行世界の未来とやらから転生してきたと認識するようになるそうですわ。それと、私がループした事、私があなたに教えた事は、不器用さんがやってきた事になる、という形になるようですわね」


「そうなんだ。じゃあ、あなたは?」


「わたくしは、この夢が終われば全て忘れます。別の人生、いいえ、あなたの娘として新たに生を受ける事になります。ごく普通の輪廻転生といったところですわね」


「えーっと、じゃあ本来の麟様も、あなたみたいに一族の誰かのお腹の中に転がり込んで別人に生まれ変わったの?」


「さあ、そこまでは教えて下さいませんでしたわ。けれど、わたくしがそうなのですから、そうなのでしょうね。わたくしと同じなら、曾祖伯母の愛子様がその可能性がありますわね」


「けど、何も覚えてないから、その後は普通の人生を送ったのかなあ」


「さあ、どうでしょうか。ですが、記録も残されていなかったと思いますから、そうなのではなくて」


「どうだろうね。まあ、考えても仕方ないか。それよりも、私達の事よね」


「達ではないでしょう。それと、承諾をまだ頂いておりません。頂かないと、話が成立しないそうなんですの」


 それは『言霊』とかいうやつなのだろうかなどと思いつつも、悩むような話でもないと即断する。

 この記憶が消えても、彼女とは上手くやっていけるだろう。


「そうなの? 構わないわよ。どうぞ、私の娘になってちょうだいな。けど、私はともかくシズや世話係がしっかりと淑女に育て上げるだろうから、我儘勝手なお嬢様にはなれないわよ」


「わたくし、我儘勝手した覚えはないのですけれど、教育の方はしっかりお願い致しますわ。恥ずかしい思いはしたくありませんので」


「任せなさい。どこに出しても恥ずかしくないくらい、磨き上げてあげるから。もっとも、私とハルトの子だから、ボディも頭脳もウルトラ激レア級にハイスペックだろうし、苦労しないんじゃない?」


「相変わらず、妙な未来の言葉を並べますわね。けれど、不思議ですわね。わたくしの子供がわたくし、のようなものなのよね」


「けどさ、ハルトとの子だからクォーターよ。見た目とか、随分違っているかもよ。あなたのお姉ちゃんも、目元とかハルトに似ているし」


「なるほどねえ。けれどわたくし、虎三郎様のご子息の事って、殆ど知りませんのよね」


 見た目の話なのだけど、それ以外も含めてというニュアンスを感じる。小さい頃の私も同じだったから、気持ちは少しは理解できる。


「逆に私は、全員深く知っている事になるのか。ねえ、お互い知っている人で、今の時点で雰囲気とか違っている人っている? 「あの女」も随分違う気がするんだけど」


「そうですわね。ですけれど、「あの女」の事など考えたくも御座いませんわ。他だと、勝次郎さんは随分と馴れ馴れしいというか、親しみがありますわね」


 その先を聞いて良いのか少し悩む言葉なので、これで最後だとしても触れないであげる事にした。


「他は? 一族の同世代の子達は?」


「前も一度話したように思いますが、皆さん心と行動に余裕がお有りですわね。そのせいか、「あの女」には見向きもされていないようですから、それもあなたのお陰ね。余計な虫が付かずに済んだこと、感謝致しますわ。みなさん、いずれ良縁がお有りでしょう」


「なるほどねー。そういう変化もあるのか」


 そんな感じで、その後も何だか女子トークじみた会話を長々とした気がする。

 最初は互いに仁王立ち状態だったのに、気がついたら座り込んでいた。


 そうして話していてフと思った事があったけど、なるべく心の奥底に押し込めて言わないでおいた。

 もしかしたら、体の主は最初から全部知っていて、演技で私が自分から積極的に動くようにさせる為、煽る振りをしていただけじゃないか、と。

 けれど、全部勝負がついたというなら言わぬが花だし、今更だ。



「さて、そろそろ時間のようですわね」


「あ、最後に無駄話ばっかりでごめんなさい」


「いいえ、案外楽しかったですわ。考えてみれば、こんなに同世代と打ち解けて話すのは初めてかも。来世は精々、あなたの忠告を含めて丸い人柄になれるように努力致しますわ」


「私の子育てを楽にする為にも、是非そうして。それより私達って同世代になるの? 私、前世の年齢足したらババアよ」


「私が人生を何周しようが、あなたが何歳で転生していようが、少なくとも今この場では関係ないと思いますわ」


 相変わらず堂々とした物言い、態度、仕草。

 最後まで、立ち振る舞いには勝てる気がしなかった。それを含めて、何となく口が綻んでしまう。


「そう、かもね」


「ええ、そうですわ。それで、最後に一つくらいなら質問に答えられそうですが、何かありますかしら?」


 その言葉にゆっくりと首を横に振る。

 私がこれからも鳳玲子であるなら、もう体の主から聞くことはない。前に向かって歩くだけだ。


「280日後に、また会いましょう」


「ええ、またお会いしましょう、鳳玲子さん。そしてわたくしの未来のお母様。それでは御機嫌よう。あ、そうそう、もし覚えているのなら、わたくしの名前は『   』にして下さいな」


「オーケー、了解。頑張って覚えておく」


「ええ、是非に。その名は、次に娘が生まれたら付けようと思っていたわたくし達の娘の名でしたの。それでは、ご機嫌よう」


 本当に、少しの間のお別れといった気軽な風に彼女がそう告げると、空間ごと私の意識も朧げになっていくのを感じた。


 そうして、私と彼女の十五年戦争は終わった。

 悪役令嬢とも、これで完全におさらばだ。

 だから最後に言葉をかける事にした。


「今までありがとう。これからまたよろしく」



__________________


というわけでこれにて幕となります。

後1話ありますが、実質エピローグになります。

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