697 「審判の時(3)」
「つまり私は、本来あなたの「虎の巻」だったわけ?」
私は最初は疑いつつも、姫乃ちゃんが書生になるくらいまで、「もしかして」と思っていた想定が完全にひっくり返された事に、内心の一部で呆然としていた。
乙女ゲーム『黄昏の一族』の中だと思っていたこの世界が、「原作となった史実」や「作品モチーフの時代」だったという事になる。
そうじゃないかと思考実験的に考えた事もあったけど、それが事実だと告げられると衝撃は小さくはなかった。
しかも私が中心なのではなく、半ばアイテム代わりに呼ばれたという事実が、さらに衝撃を大きくした。
ただ、体を乗っ取るなどより真っ当だろうと納得する自分自身もいた。
一方でゲームの中じゃなく現実だと宣言され、安心する自分自身もいたのも間違いなかった。
これだけ真面目に頑張って真剣に人生を歩んだのが、ゲームの中の出来事でしたと言われたら、そっちの方が大きな衝撃を受けた事だろう。
そんな私の内心もお構いなく、目の前の体の主は私の疑問に淡々と、けど派手やかに答える。
「もしくは、影の知恵袋、助言者、参謀、軍師、と言ったところかしら。けれど、わたくしを見れば分かる通り、長時間こうして夢枕でお話しするのは無理。そこで、入れ替わったようです」
そしてこの返しである。
現状から予測できる答えだけど、私の心のライフはゼロになりそうだ。
言葉に力が入らないのを感じるほどだ。
「で、それをあなたは今まで知らずじまい。自分で代役を呼んだと思い込まされていたって事になるの?」
「思い込まされてなど、いませんわよ。誰も答えをくれませんので、自分で恐らくそうだろうと考えましたわ。勿論、何らかの方法で、考えを誘導された可能性については分かりません。ですが、それほど器用でもなさそうですので」
「フーン。ところで、あなたが代表に選ばれた理由は?」
「わたくしの最後があんまりだったから。怨念とでも言うべき想いが強いから。何周しても、耐えるだけの精神力を持っているから。そう言った選抜理由らしいですわね。
それにわたくしより前にも、何人か挑んだ方がいらしたようですわ。ですけれど、結局何もできなかったか、途中で心が折れるか、英米憎しでさらに状況を悪くするかだったようですわ。あなたにお見せした最初の悪夢より酷い結末が幾つもあったそうですわよ。湘南海岸に米軍が上陸という状況も、あの周回でわたくし以外の方もいらして、その方の影響の結果だそうです」
「へーっ。けど、米軍が日本本土侵攻するより悪いって、想像すらできないわね。まあ、それはいいか。それより、あなたや私を選んだ不器用さんは、どこのどなたなの? 神様? 仏様? ご先祖様? あ、そうだ。麟様も、未来から過去に記憶を持って転生したみたいなんだけど、それも不器用さんの仕業なの?」
「ええ、麟様も似たようなものですわね。正解に至るには、さらに昔から仕込むしかないけれど、昔に遡るのは難しいらしくて、あの辺りにあの程度の仕込みが限界だったようですわね」
「へーっ、そうなんだ。それじゃあ、不器用さんと直接話を聞いたり出来る? 色々聞きたい事があるんだけど」
「難しいと思いますわ。わたくしも、半ば一方的に伝えられただけで、質問など出来ませんでしたので」
「そうなんだ、残念。……それにしても、人生を何度もやり直したのも私を呼んだのも、自分の力じゃないって分かったのに、意外に冷静ね?」
「むしろ、わたくしに妙な力が無くて安堵致しましたわ」
「なるほど。そりゃあ、ごもっとも」
そう返しつつ、別の「妙な力」の事に思い至る。
どうして今まで聞いて来なかったのか自分でも不思議だけど、今の話から何となく腑に落ちる気がしてもいた。
「ねえ、私って、前世の知識で知っている地下の天然資源の場所、言い当てる事が出来るのは知っているわよね」
「ええ、不思議なお力ですわね。それも不器用さんが、あなたに与えた力だとお考えなのね?」
「そう言うって事は、あなたにはないの?」
「さあ、どうでしょう。わたくし、未知の天然資源がある場所など、そもそも一つも存じ上げませんから、近寄ることすらありませんでしたわ」
「それも、ごもっとも。それじゃあ、気にしても仕方ないなら、転生特典くらいに思っておくわ。それで話戻すけど、話すのが無理でも不器用さんの姿を見たり感じるのも無理? あなたは会ったんでしょう。私に第二の人生をくれたお礼の一つも言いたいんだけど」
「無理だと思いますわよ。わたくしも明確にお会いしたわけではありませんの」
「それじゃあ、せめて知っているなら正体を教えてちょうだい。それとも正体も知らないの?」
そこで体の主の返答に間があった。少しためらいが見える。
「……あなたの声は、届いているとは思いますわ。なにしろ、この場所自体が不器用さんの一部とも言えるらしいんですの」
そのものというのは、かなりという以上に驚きだ。思わず、辺り構わず見回してしまう。
そして見回しているうちに、単に淡い灰色の空間ではない気がしてきた。さらに意識すると、何かの圧、見られているような気すらしてくる。
「……ねえ、随分沢山いない?」
「あなたもそう思います? では、それらからわたくしが感じるような、感情のようなものは感じ取れますかしら?」
体の主に、今まで以上にオカルトチックな事を言われてしまう。
そこで豪華客船オリンピック号での夢の中の体験が蘇る。
ただ感情といった具体的なものは感じられないので、首を横に振る。
「ここって、あの世とこの世の狭間みたいな場所なの?」
「あら、正解。よく分かりましたわね。やはりわたくしもあなたも、ご先祖様のように巫女の素質があるのやもしれませんわね」
「あんまり怖い事言わないでね。……それで不器用さんは、沢山の死者の魂の団体や集まりのようなものなの?」
「恐らくは。わたくしが最初に体験した戦争で亡くなられた方々でしょうね。わたくしも、何となく共感できる気がしますの」
「けどそれって、日本人だけで300万人以上もいるのよ。全世界だと、5000万人以上。その人たちが、この場にいるっていうの?!」
第二次世界大戦、支那事変、大東亜戦争もしくは太平洋戦争の犠牲者の様々な思いが、体の主をある種の依り代として私を呼んだという事になるんだろう。
思っていたよりも、ずっと途方もない話だった。
しかも、さらなる爆弾発言が続く。
「恐らく、日本の方々だけのようですわ。ですけれど、どうやら他の国の方は、それぞれ別の可能性の場所で似たような事をされているようですわね。……聞いていらっしゃいます?」
どれくらいか知らないけど、あまりの事に呆けてしまっていたらしい。
けど、呆けている場合じゃないから、少し力を入れ直す。
「そ、そりゃあね、ここが私から見て並行世界の一つで、あなたが人生繰り返したように、その都度並行世界が作られているなら、他のループがあってもおかしくないのかもね。……ねえ、もう一つ確認してもいい?」
「何でも聞いて下さいな。とはいえ、わたくしも分からない事はまだありますので、全てとはいかないでしょうけれど」
「うん。それでね、この世界、いや、あなたが生きてきた世界そのものが、私から見てあの世とこの世の狭間みたいな場所って事はない? 私の世界じゃあ、そもそもこんな不思議な事は起きないのよ」
「その質問には、答えを持ち合わせておりませんわ。ただ、わたくし自身が知る限り、こんな不思議な事は他では聞いた事がございませんわね」
「……現実なのよね?」
確認せずにいられないので、自分でも声が重いのを自覚する。
「あなたにとってどうかは存じませんが、わたくしにとってはこの夢の中以外は、現実に相違ございませんわよ。もっとも、他に比較できる状況に出くわした事が御座いませんので、分からないというのが正直なところですわね。まあ、どうしても受けいれられないのなら、胡蝶の夢とでも思えばよろしいのではなくて?」
そう結んで高笑いされた。
慰めているのか、けなしているのか、私の狼狽を楽しんでいるのか。どうとでも取れる笑いだ。
けどまあ、胡蝶の夢よりマシなのは間違いない。それに私は、転生してからこっち現実だとしか認識していなかった。
私の前世の世界より、ほんの少し不思議な事がある世界。せいぜいその程度だ。
それに転生してから私が接してきた人達、それ以外の多くの人々に対して失礼千万だと気づく。
「動揺は収まったようですわね。では、話の続きをしましょうか」
「うん。本当に下らない事を考えちゃった。それで確認するけど、一つの正解って事は、私の勝ちなのね?」
「私の勝ち」に強い想いを込め、体の主を見つめて言い放った。それで、下らない迷いも完全に振り払えた。
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