696 「審判の時(2)」

「だって、私の負けじゃないの?」


 素直に言ったら、少し不思議そうな表情を浮かべた。


「その理由は? あなたは、一族を追放され破滅するどころか、次世代を託され、一族は頭数も随分と増えて盤石。財閥は大財閥となり、経営も順風満帆。言う事無しではありませんこと?」


「けど私は、二度目の世界大戦に日本を参戦させた。いや、引きずり込んだ。日本を戦争に向かわせたのは違わないのよ。日本人だけで、何十万人も戦死する事になるのよ。これで私は地獄行き確定。自爆したようなものでしょ」


「つまり、違う道もあったと?」


「現時点だと、どこまで出来たか分からないけど、日本が前の世界大戦の立ち位置で、戦争特需に沸き返るだけで済む可能性もあった筈。私の知ってる歴史通りの戦争展開なら、それでも連合軍は勝つから」


「なぜそうなさらなかったのかしら。お聞きしてもよろしくて?」


「あなたの3回の人生の中でも、1年ほど先にイギリスが窮地に陥るでしょ。けどね、一歩間違えれば、ほんの少しヒトラーの命令が違っていたら、イギリスは負けていたかもしれないの。研究結果でもそんな答えもあった。で、そうなったら、ドイツが欧州全土を制覇するかもしれない。そしてその次に、今度は日本を敵視してくる。そしてあなたの3回がそうであるように、同じ歴史が繰り返される保証はない。しかも現状は、私が随分と捻じ曲げてきた。ついでに加えれば、私は綱渡りの賭けは大嫌いなの」


「そのあたりの歴史は詳しく覚えておりませんが、三度ともドイツは徐々に負けていきましてよ。少しばかり、想像力を逞しくさせ過ぎているのではなくて?」


「それを言うなら、私の知ってる歴史ではアメリカ軍が湘南海岸に上陸して来ないの。その前に、日本は両手をあげるから。それに随分前に話したけど、戦争を続ける意味がなくなる兵器が発明されるの。この先が私の知っているものと違う可能性は、ゼロじゃないのよ」


「そしてあなたは、日本を参戦させてでもイギリスが負ける可能性を減らしたいと。道理で、随分熱心に日本を早々に戦争に参加させようとなさったわけね」


「うん。仮にアメリカが参戦しなくても、日本が支えれば英本土陥落の可能性は激減する。英本土が落ちない限り、戦争自体も何とかなる筈だからね。これは戦略研でも研究させたから、間違いないわよ」


「そういえば、奇妙な研究所もお作りになっていたわね。なら、それで宜しいのではなくて?」


「うん。日本の選択としては、正しいと思っている。それに積極的に参戦すれば、戦後の日本はより有利な国際的な位置に立てる。今の日本以上のね」


「けれどあなたは、日本を戦争に向けて自爆なさったから、勝負は負けと考えたというわけね。……一つ、宜しいかしら?」


「何?」


「あなた、考え違いをなさっているわ。勝負を仕掛けたのは、このわたくし。だから勝ち負けを決めるのも、他でもなくこのわたくし。あなたではなくてよ。勝手に決めないで下さいます?」


「まあ、そうだろうけど、私はそう考え……」


 そこで、優雅で華麗なポーズ付きで、私は言葉を途中で遮られてしまう。


「決めるのはわたくし。それに、最初に申し上げましたわよね。全ての破滅を回避して上手く踊りきったら、あなたの勝ちだと。それに、今の先でも日本も負けないのでしょう? そして一族も破滅しないのでしょう?」


「アメリカ以外の国には、日本本土に爆撃機の大編隊を送り込んできたり、上陸したり出来る国力はないから、私とあなたが知る歴史のような負けはない。その為に日本の産業も大きくしたし、一族も安泰だとは思う」


「なら、それで宜しいのではなくて?」


 二度同じ言葉が出た。つまり意味がある言葉だ。

 体の主に、その意図があるのか疑問を感じなくもないけど、交渉ごとのセオリーだ。


「……えーっと、もしかして私の勝ち?」


「あなた、時々鈍感というか、おバカになりますわね。まあ、そこが可愛げがあるとも言えますけれど」


 そう結んで、楽しげな笑みを浮かべる。

 そこに悪意は見られない。

 けど、まだ油断してはいけない。慢心したら奈落が待っていると言い聞かせて、この15年挑んできたんだ。


「それに疑り深いわね。けれど、その疑り深さも嫌いでなくてよ。だから結果を言う前に、一つご褒美。あなたがご自身の手札を見せてくださったように、私も手札をお見せしましょう」


「隠していた事があったんだ」


「ええ。お互い様というやつですわね。もっとも、わたくしがこれを知ったのは、前回あなたとお話しした後の事なので、わたくしの方があなたよりも善人でしてよ」


「つまり新ネタ? どうしてループするのか、私が転生したのか。その辺の手がかりでも見つかった?」


「それ以上でしてよ。ここ、あなたの今いる状態は、無数の可能性の一つ。そして正解だそうですわ。もっとも、鬼畜米英に勝つのが、より理想だそうですけれど。それと、色々なお薬を紅龍に作らせたのは、予想外の大正解なようですわね。各方面より大絶賛だそうですわ」


 何やら、背景が色々と察せてしまえる言葉が飛び出してきた。けど、米英に勝つという事に関してはスルーする。

 それよりも重要な話が出ていたからだ。


「無数の可能性? それに誰かもしくは何かから、あなたが聞いたって事?」


 予想と少し違う言葉に軽く戸惑う。

 無数の可能性という言葉から推測すると、体の主は完全にループ、繰り返しじゃあない。

 一つの出発点からの再スタートだけど、違う可能性、つまり毎回違った並行世界を体験、いや生きて正解を目指している事になる。しかも自力でもない。


 本当に冥土の土産とでも言わんばかりの話だった。

 軽く脱力しそうになるけど、体の主は私の反応に満足そうだ。


「「誰か」ではありませんわね。どうしましたの? せっかく、謎解きをして差し上げていますのに」


「うーん、なんか実感なくて。神か仏か、はたまた別の何か。とにかくあなたより上位の存在がいて、望ましい道を見つける為の一連のお膳立てをしたって事なんでしょう?」


 腕組みしたり、色々ゼスチャー付きで言葉を続ける。

 あんまり意味はなさそうだけど、動揺を隠す為、ごく僅かでも考える時間を稼ぐ為。


「そこまで万能ではないようですわよ。できるのは、正解にたどり着くまで、何度でも違う可能性をやり直させるだけのようですわね。そして、正解を知っているわけでもないようでしてよ。でなければ、わたくしが3回も繰り返しませんわ」


「そりゃあ、正解知ってて見てるだけなら、相当の意地悪ね。それと、もう一つ質問。私があなたの体に転生なりしたのは偶然? その存在の力じゃないの?」


「ああ、そうそう、あなたを呼ぶ力もありましたわね。それと、あなたの居た並行世界でしたっけ? そことの、ある程度の繋がりや接点を作る事も出来るようですわね」


「その言い方だと、私以外に干渉したり、誰かを呼んだり出来るって事?」


「かなり限られるようですが、そのようですわね。合わせて聞かせてあげましょう。冥土の土産にね」


 そうして彼女の話を聞くと、言った通りだった。

 体の主も選ばれた代表だった。けど、正解にたどり着けず代表として失格なので、その解決策を色々と探したらしい。

 そうして私の前世の世界に、以前からアプローチをかけるようになった。


 恐らく、思念や情報のようなものを送っていたか、役に立つ情報を探っていたかのどちらか。もしくは両方。

 体の主では埒が明かないので、事態を打破する為の「虎の巻」を探していたらしい。


 そして、私の前世の世界でアウトプットされたこの世界の情報に触れた一人が私で、役に立ちそうな知識を持っていて、ちょうどこちらに呼び寄せる事が出来たので代役として立てた、という事になる。

 恐らく交通事故死でこっちに来る条件を丁度良いタイミングで満たしたのが、偶然私だったというわけだ。


 そして私が前世で触れたこの世界の情報といえば、乙女ゲーム『黄昏の一族』しかない。

 普通の歴史知識だけじゃなくて、鳳一族の事、つまり体の主の代役の情報はそれしかない。


 何となく思っていた事もあった、こちらから体の主の情報が私の前世の世界の、恐らくはゲーム開発に関わった人の夢枕や深層心理に送り込まれたという事になるんだろう。

 そしてそれに触れてこっちに来た私には、転生して人生をやり直す以外の役割があるのではと思い至った。

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