695 「審判の時(1)」

(やっと、最後の審判ってやつが始まるのか。十五年、いや転生から十六年は長かったわね……)


 体の主が現れる夢の空間を目にした、正直な気持ちがそれだった。

 眠る前に長時間悶々としていたせいか、何かから解放されたような気すらした。


 私はその中心と思われる場所にいる筈で、いつも通り球体か何か、得体が知れないものが現れる。今までにも増して親近感を感じる何か。


 それは徐々に人型になり、成人女性の姿、いや鳳凰院麗華もしくは体の主である鳳玲子その人の姿となる。

 けど、全身淡い灰色で、テクスチャーの貼られていない精巧無比な3Dモデルとなる。しかも今では、その無色の体に生命の息吹すら感じる。


 長身ながら均整の取れた肢体。出るところは出て、引っ込むところは引っ込む理想的なスタイル。加えて細く長い手足に、腰まで届くロングのストレート。女子なら一度は憧れる姿だ。

 顔立ちも卵型で小顔の整った美少女そのもの。ただし、ツリ目なのが私的には唯一のマイナス。


 そしてもし色が着いたのなら、今の私にそっくりな事だろう。

 ただ、周りの景色と同じ色だから気がつきにくいけど、半透明になっていた。今まで気づかなかっただけで、徐々に薄くなっていたのかもしれない。


 そしてそんな相手に、私はなるべく自然体でいようと思いつつ相対する。

 人の姿になった体の主も、私に合わせるように正対するけど、こっちはいつものお嬢様な仕草を取る。けれど、いつものアンニュイな感じが弱い。

 イメージとしては、これぞご令嬢という自信に満ち溢れた姿だ。

 話を切り出したのも体の主の方だった。


「言いわたす前に、思い残す事は御座います?」


「ある! ありまくりよ!」


 反射的に言葉が出たけど、軽く笑みで返された。

 アウェー感が半端ない。


「……特に今日は、色々な方とお話ししていたようですが、お別れのつもりだったのではなくて?」


「まあ、少し前から、私自身の心の身辺整理みたいな気持ちはあったのは認める。けどね、未練タラタラよ。悪い?」


 そう返すと、とても満足そうに笑み返された。


「いいえ、悪くは御座いませんわ。人とは足掻くもの。生に執着するもの。わたくしが、まさにそうでしたもの。ましてや円満な家庭を持ち子を成したとあっては、未練がないなどあり得ないでしょうね」


「それは勿論だけど、私はみんなから色々と任された。だから、それに応える責任と義務があるの。あなたには、任せられない」


「まあ、わたくしが築いたものではないので、そうでしょうね。けれど、ここで全て終わりなら、特に問題はないのではなくて?」


「……やっぱりそうなんだ。負けたら、16年前からやり直しなのね」


「さあ、どうでしょう」


 そう言って、人を見下すような、いかにも嫌味な姿勢を取る。

 相変わらず堂に入った姿で、この点だけはいつも感心してしまう。こうしている時の彼女は、間違いなく舞台の上の悪役令嬢そのものだ。

 そして一見言葉遊びで私を虐めているように見えるけど、不思議と悪意は感じない。

 けど、彼女の演技に乗ってあげる事にする。


「ハァ。こんな話をしても不毛ね。私が知りたいのは、私の勝ちか、あなたの勝ちか。それだけよ。私の勝ちなら、さっさと消えてちょうだい」


「そう急がなくても宜しいではありませんか。何にせよ最後なので、時間は十分ありましてよ」


「一人で寂しくて、話し相手が欲しいなら考えてあげなくもないわ。けど、結果を聞いてから話す方が、少なくとも私は平静な気分でいられると思うんだけどなあ。今も少し苛ついてるし」


「苛ついているのではなくて、不安なだけでしょう。その気持ち、大変良く分かりますわよ。何しろわたくし、2度も人生をやり直しましたもの。

 そして人生を3周した経験としてご助言させて頂ければ、失敗したと分かった時のその後の方が、後悔で平静な感情ではいられませんわよ。

 あの時はああすれば良かった、あれは正しい選択だったのか、一体どこで間違ったのか、とね」


 確かに言っている通りかもしれない。けど、私は彼女とは違う。最初から、二つの「武器」を持っていた。若いながら人生を3周したよりも強い「武器」が。

 そして話すのも最後だから、教える事に決めた。


「私はただ結果を待つだけよ。未来の歴史を知っている私は、何が正しい道筋、正しい選択かを知っているのよ。21世紀の序盤辺りまでね。だから後悔する必要すらないのよ」


「確かに、その点は認めましょう。それに、わたくしの知る歴史とは、随分と違っていますわね。次の機会では、大いに参考にさせて頂きますわ。それともう一つ、あなたには感謝したいことがありますの」


「へーっ、何に?」


「『あの女』を、自分から自然な形で「手下」になさった事よ。これはなかなか痛快でしたわ。このような形の復讐方法もあるのかと、感心も致しました」


「あれは意図してないわよ。半ば偶然」


「そうなんですの? けれど、偶然も必然あってこそでしてよ」


「そうなのかもね。それとついでだから教えてあげるけど、私、あなたを含めて一族や周りの事、私が何もしなければ人々がどう動くのか、最初からだいたい全部知ってたのよ」


「……どういう事ですの? あなたは、私達の子孫の誰かという事なのかしら?」


 ちょっとした賭けだったけど、どうやら曾お爺様に一度だけ話した事は、体の主は聞いてなかったらしい。だから続ける。


「全然、赤の他人よ。それ以前に、私は鳳一族が最初から存在しない、違う未来の世界から来たのよ。信じられないでしょうけれど」


「よく分かりませんが、わたくし大抵のことは信じられますわ。なにせ、記憶を持ったまま同じ人生をやり直しましたもの。何度、その場で笑いそうになった事か。しかも今回は、あなたが代役をしてくださったわけですし、今更不思議な事が1つ2つ増えたところで、気にもなりませんわ」


「そうなの? じゃあ私が知っている理由も知りたくない?」


「何にせよこれきりですから、冥土の土産に置いて行きなさいな」


「私が冥土に行くのかよ。まあ、いいけど。私の前世って事になる世界にね、一種のゲーム、娯楽物の中のお話に、鳳凰院という名の一族が出てくるの」


「鳳凰院、紅龍が賜った家とは別の?」


「ええ。最初から鳳凰院公爵家。同じ名前の家があるって知った時は驚いたけどね。それはともかく、鳳の一族やその周りの人の大半が、そのお話の中に鳳凰院家の者として出てくるのよ。出てこないのは、私が勝手に動き回った結果、仕えるようになった人達くらいね」


「『あの女』も?」


「ええ、最初から知ってたわ。鳳の女学校に通う事は知らなかったけど」


「『あの女』が鳳の女学校に通うのは、あなたしか体験していませんわ。それで?」


「おっ、さすがに興味持った? 時間あるのよね。順番に話して聞かせてあげる。冥土の土産にね」


 そう始めて、乙女ゲーム『黄昏の一族』の内容をダイジェストで話して聞かせた。

 恋愛ゲーム自体の説明には苦労したけど、選択肢が無数にある小説や紙芝居のようなものといった感じで理解してもらった。そして最後にこう締めくくった。


「けどねゲームの知識は、大して役に立たなかったのよ。結局、鳳一族に必要なのは、優秀な大人達が早死にしないようにする為の未来の薬、財閥が破産しないようにする為のお金、要するに勝ちが確定の大きな投資だったから。しかも元手になるお金は、先代の麟様やお爺様達が用意してくれていたし」


「……もう一つ、人間関係の方が抜けてますわよ。それならば、ゲームの知識は有用なのではなくて?」


「多少はね。けど、結局人同士なんだから、互いに一歩ずつ譲り合ったりして、人間関係ってやつを心がければ良いだけなんじゃない? 結局私、ゲームの知識で意図的に相手を誘導した事はなかったし」


「そしてわたくしには無理だとおっしゃりたいのね」


「いやいや、何もそこまで言ってないでしょう。そもそもあなた、次で4周目でしょ。それだけの時間の人生経験を積んだだろうし、人間も丸くなったでしょう? なら、一歩は無理でも半歩譲るくらい出来るでしょう。

 あ、でも、個人的な浪費癖はダメよ。程々にね。あなたが追放される原因の一つが浪費癖だから。それとね、追放はともかく婚約解消する為に、巫女の話を口実にしたんじゃない?」


「……なるほどね。ご忠告痛み入りますわ。ですけど、まるで自分の負けを認めるような行いではなくて? まるで敵に塩を送るかのようですわよ」


 そう言い終えると、いつもの艶やかな「オーッホホホ」な大笑い。本当に、この人はこの笑いが似合う。

 ついに私がわざとらしく以外ではしなかった笑い方だ。

 そしてこの笑いも、見納めだと思うと少し感慨深くなる。

 だから、私の思っている結論の推論を言う事にした。


「だって、私の負けじゃないの?」

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