694 「最後の挨拶? 最初の挨拶?」

 一族を集めてのパーティーは、比較的早くお開きになった。

 それでも一部の大人達は、部屋を変えて飲み直す。しかも、せっかく集まったのだからと、泊まり込みで週末を過ごす人が多い。

 第二次世界大戦が始まったと言うのに、呑気なものだ。

 けど、始まったからこそ、なのかもしれない。


 一方、私を含め屋敷に赤ちゃんや子供のいる女子は、早々に部屋に引き上げた。

 そして赤ちゃん達の顔を一度見る為、ハルトとマイさん夫婦も一緒に部屋に向かう。


 部屋は常に数名の世話係がいるので、無人という事はない。シズも世話役の一人だけど、最初の話の時だけはパーティーを覗きに来ていた。

 けど、すぐに引き上げたので部屋にいる筈だ。



「……どうしたの、みんな?」


 赤ちゃん達の顔を見る為に2階に上がり、私達の居住地区あたりまで来ると、側近達が廊下に整列していた。今日は非番のリズも、私付きの世話役のメイド達と一緒にメイド姿で並んでいる。ていうか、全員集合だ。

 飲みに行ったと思っていた、セバスチャンとエドワードもいる。エドワードと一緒だったサラさんも、廊下の陰から小さく手を振っていた。

 そして一番手前にシズが控えている。


「奥様、晴虎様、この度は大変おめでとう御座います」


 シズの音頭取りで、「おめでとうございます」の唱和と共に一斉に頭を下げる。

 時田は今はお爺様付きだし、セバスチャンは古参とは言い難いので、私に一番連れ添ってきたシズが代表したんだろう。

 ただ、ハルトの側近達の姿はないので、これは私の為のイベントという事だ。ハルト達は友達関係に近いので、後日飲み明かしでもするだろう。


「ありがとう、皆さん」


「ありがとう、みんな。けど、肩の荷が重くなっただけで、めでたいのかなあ」


 二人して深々と頭を下げるも、当然の疑問をつい口にしてしまう。

 さっきのパーティーはゲームクリアって感じだったけど、よく考えるまでもなく、また新しい状況が始まっただけだ。しかも難易度高めで。

 そしてこれが、私に明日があるのならオープニングイベントか、次回予告ってところだろう。

 私のうんざりげな言葉にも、みんなは応えてくれる。


「めでたいに決まっています。微力ながら私共も尽させて頂きますので、これからも是非に宜しくお願い申し上げます」


「何なりとお命じを。さらなる高みを、共に目指しましょうぞ」


 シズはいつも通りの、音のない綺麗なお辞儀と共に、セバスチャンは芝居がかった優雅な一礼付きで。


「私らはお嬢と一蓮托生だから、一緒に背負うよ」


「どこまでもお供いたします」


「まだ少し分からないんですが、私も頑張ります!」


 お芳ちゃんや輝男くん達の中に、もう姫乃ちゃんも混ざっていた。パーティーでは一族だけの集まりという事で、書生には遠慮してもらっていた。けど、姫乃ちゃんは、周りの人達からも私の側の人だと認識されているという事だ。

 そして私は、そうしたみんなの言葉に頷き返していく。

 もっともこのイベントは、今日より明日の方が相応しいだろうという想いもあった。


「みんな本当にありがとう。明日の午後か夕方に、もう一度集まって色々話しましょう」


「はい。それではこの場は解散」


 シズの号令で一斉に動きだす。

 そして夫婦組は全員赤ちゃん達の部屋に向かうのだけど、セバスチャンだけが私の側にきた。


「何か新ネタ?」


「ポーランドで大規模な地上戦が確認されました」


「じゃあ、明日には最後通牒ね」


「はい。英仏、日本政府もその方向です。それともう一つ」


「良いニュース?」


「どうでしょうか。新しい連合艦隊司令長官が、柱島での式典の幹部一同の前で戦争が始まると訓示したそうです」


「海軍は大盛り上がりね。新任は堀悌吉だっけ? 最初に大見得切るとは、政治家だなあ」


「ええ。とにかく海軍は、このままでは空軍になってしまうと嘆いておりましたから、元気になるのも当然でしょう」


「けど相手はドイツ海軍よ。Uボート相手に艦隊決戦は通用しないのに、どうするんだろ」


「一応は、数年前から対策を考え始めてはいますが、奥様が以前おっしゃった空からの監視が、当面の主流になるようです」


「結局、船じゃなくて飛行機か。海軍も大変ね。他は?」


「それ以上は」


 そう結んで話を切り上げたので、私も仕事モードを放り投げる。赤ちゃん達に、不穏な雰囲気を見せるわけにはいかない。

 そして気持ちを切り替えて入った子供部屋は、随分と賑やかだった。私達より先に部屋に入ったマイさん夫婦が、ぐずりだした下の子をあやし始めたら、他の赤ちゃん達にも伝染して泣いたり騒いだりと大騒ぎ。

 世話役のメイドが最低でも2名いるけど、手が足りないので私も急いであやしにかかる。


「いつも賑やかねー。私達もここで育てようか」


「それも良いですが、トラとジェニー、特にジェニーが世話をしたがるのでは?」


「確かになあ。今もジャンヌ以上に赤ちゃんを可愛がっているもんねー」


 赤ちゃん達を覗きに来たサラさん達が、呑気にそんな話をしている。

 ただ、あやし始めて、男どもはここまでだと悟る。どうやらマイさんの方も同じだった。今日最後のご飯をご所望らしかった。


「男どもー、部屋から出てってー」


 それで全員が察して、「じゃあ後で」と抱いていた子をメイドに託してハルトもすぐに部屋を出ていく。

 庶民ならそのままでもオーケーなある種大らかな時代だけど、ブルジョアなご身分だと、こういうところは礼儀正しくしないといけない。

 諸肌を見せるのは、夫の前でも寝室だけだ。


 そうしてしばらく、みんなで赤ちゃん達の世話に没頭するけど、イノセンスすぎる赤ちゃん達の存在は、否が応でも日常が淡々と流れている事を教えてくれる。

 私が一族と大財閥を率いる事になろうが、断罪されようが、されなかろうが、赤ちゃん達はそんなこと御構い無しだ。

 そして不意に、また明日が何事もなく巡ってくれればと純粋に思ってしまう。


 ぶっちゃけ、体の主とのゲームは負けでも良いから、一日でも長く子供達、ハルトやお爺様を始めとした一族、周りの人達と一緒にいられるのなら、後で地獄落ちでも構わないとすら思うようになっている自分に軽く驚く。

 諦観、悟ったような気持ちになったつもりだったけど、色々手に入れ過ぎたから欲が止まらないのだと自覚する。

 一方で別の思いもある。


(私の破滅を賭けたゲームだけど、理由は何であれ日本を戦争に引き込んだわけだから、その時点で勝負には負けな気がするなあ。破滅しない為には日本の戦争回避が必須とか条件付けそうだし……このまま徹夜で起きていたら、勝負の結果を有耶無耶に出来ないかな?)




 その日の夜、一日が全て終わったのは日付が変わる少し前。

 大人達と少し飲んでいたハルトは、私が強請った夫婦の営みが終わるとすぐに寝てしまい、今は私の隣で気持ち良さそうに寝息を立てている。

 私の方はまだ眠れず、こうして旦那の顔を見ている。

 眠くならないのは、私の若さ、いやこの体の若さ故だと自分を誤魔化して苦笑で済ませる。

 実際のところは、今までと違って不安しかないからだ。


 このまま眠ってしまって大丈夫なのか。明日の朝が何事もなく訪れるのか。これで終わりなのか。終わりだとして、私はどうなるのか。私がいなくなった後、体の主はあの性格で上手くやれるのだろうか。そもそも終わりとなったら、全てリセットがかかるのではないのだろうか。私の15年間の努力と足掻きは、水泡に帰すのだろうか。

 考え始めると不安しかない。

 今までに聞いておけば良かったと後悔したところで、後の祭りもいいところだ。


 だから寝る前に現世を放り投げ、そのままなし崩しに寝ようと思ったけど、そうはいかなかった。

 かといって賢者モードにも入れていない。


 けど不思議なもので、色々考えているうちに眠っていたらしく、次に意識した時には何やら見慣れた、全てがぼんやりした灰色の空間にいた。

 何年かに一度目にした、懐かしさすら覚える光景だ。


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