693 「最後の宴?(2)」
「わざわざ集まってもらったのは、一族内での変更事項を伝える為だ。だが、異議があれば遠慮するな。その為に呼べるだけ呼んだ」
時田の声で場が静まるのを待って、お爺様はゆっくり全員を見回しながら語りかけた。
特に気負った雰囲気もなく、いつもの昼行灯を少しマシにした程度。けど、一族当主の風格とでも言うべき重みを感じる。約四半世紀、一族を率いてきた証だ。
いくら背伸びしても、悪役ぶっても、今の私ではこうはいかない。
「まず、俺が隠居するという話を、一部の者には前々からしていた。他の者も、夏に変わると思っていただろう。だから今回、集まってもらったという向きもある。
それでだ、大臣と貴族院議員を続ける間は延期する。伯爵の位が必要だからな。だが、それ以外では隠居する。玲子と晴虎に、双子に続いて次男も生まれたからだ。
そして長子の玲子を軸として、一族内の配置と序列を改める。爵位の方は、俺が貴族院議員を辞める昭和21年になるが晴虎が継ぐ。その方が色々と面倒がなくていいからな」
私や中枢の人は内々に聞いていたけど、それ以外に静かな驚きが広がる。
もっとも、お爺様と龍也叔父様、そしてハルトの3人の間では、男同士で酒を酌み交わしつつ夜通し話し合っていた。その場には時田もいたので、時田も同じく平静だ。
「今年の代替わりだったら、本家から接ぎ木する形で龍也に伯爵をさせるつもりだったが、7年先なら晴虎で問題もないだろう。
それに7年先になると、龍也は陸軍少将だ。しかも俺と違って出世街道まっしぐら。いずれ軍の中枢に立つだろうから、こんなでかい家の当主の面倒を押し付けるわけにもいかん。だから晴虎には諦めてもらった」
「(普通、諦めるのは龍也叔父様よね)」
お爺様のいつもの言い方に小声でツッコミ入れると、隣のハルトに背中を軽く小突かれた。その顔には、なんとも言えない苦笑が浮かんでいる。
「それでだ、俺、虎三郎、善吉、時田、芳賀は、その7年先までの間に徐々に後ろに下がるか隠居する。何せ今でも70を越えている奴がいる上に、7年後だと全員70代だ。生きとるとも限らん」
そこに「その時俺は、まだ68だぞ」という虎三郎のツッコミが入って、周りが軽く笑いに包まれる。
それに「おっと、悪い悪い」とおどけてから、話を続けた。
「それでだ、玲子を中心に龍也、晴虎を両軸にして次世代へと移行していく。7年先なら、玄太郎、龍一も見習いくらいは務まるだろうしな」
「そっちはそれで良いだろうけど、こっちはどうするんだい?」
不意にそんな声。よく通る元気な声は、紅家の瑞穂大叔母さんだ。もうすぐ70の筈だけど、相変わらず背筋が伸びていて若々しい。
そして挑戦的にお爺様を見据えるけど、お爺様は飄々としたままだ。
ただ、何となくだけど、私には乙女ゲーム『黄昏の一族』のクライマックスシーンを連想させた。私から見た二人を中心とした立ち位置がソックリだからだ。
もっとも、そこにいるのは爺さん、婆さんばかり。何か悪い冗談にも思えた。
「逆に聞きたいが、どうする? 紅龍が鳳凰院公爵家になって、次がいないんだろ」
「だから聞いているんだろ。学園も病院も製薬会社も、正直なところ短い間に大きくなりすぎた。そのせいで、男爵位もって話まである。そっちと同じくらいの時期に代替わりしたいが、家の者は小粒ばかりで三人も後を任せられる奴がいないときた」
「うん。じゃあ相談だが、もう蒼家、紅家というのを止めないか? 俺は昔から、爺さんのした事が気に入らなかったんだ」
「それで、次世代は蒼家が総取りかい?」
「優秀な婿養子を迎えるなら、好きにしてくれ。で、これは内々の話ばかりなんだが、婿と嫁は既に引く手数多、予約殺到。これだけ子供が増えても、蒼家だけじゃあ頭数が足りてないんだよ」
「それで、紅家の女子が欲しいのか」
「そっちの女達に、もっと良い家に嫁いで欲しいというのもある。勿論、本命は別だ。今回の戦争で、鳳は日本の重工業と満州の石油、それに英国との資源取引で、他の財閥より圧倒的優位にある。そして総研や戦略研の予測では、戦争は最大で7年、最短でも5年続く。そして、確実に肥大化するうちの勢力は、戦争終盤に絶頂に達する」
ここで一旦言葉を切った。
けど終わりじゃない。ここからが本題だ。
「ただし戦争が終われば、前の世界大戦の後と同じ。景気は大きく落ち込むそうだ。だから勢いのある時に姻戚を広げて、戦後の足場を固めておきたい。他の大財閥と比べると、そこがうちの弱点だからな。昭和に入る頃にうちが傾いたままだったら、玲子すら嫁に出さんといかんかっただろう。
そしてだ。一応煽ってやると、日本一の財閥の座が目の前に転がっている。逃す手はないだろ。その為に、力を貸してくれんか?」
一応とか言いつつ、最後はドヤ顔で決めてきた。
いつの頃から考えていたのか知らないけど、お爺様にも相応の野心はあったという証なんだろう。
そして私としては、昼行灯より余程良いと思っている。隠居などというスローライフは、この人には似合わない。
さらに自分自身に意外に感じている内心として、『夢見の巫女』としての役目を果たせたという満足感にも似た感情があった。
もっとも感情の多くは、既に話を聞いているから「あーあ、言っちゃった」くらいにしか思わない。ついでに、「それするのって、結局私じゃね?」とも思う。
けど、大半の知らない人達は、様々なリアクションを見せている。そしてうめき声や感嘆が、さざ波のように周辺に響いた。
事前に話を聞いているのは、私以外では善吉大叔父さん、龍也叔父様、ハルト、時田だけで、側近や執事に対しても口止めされていた。虎三郎も知らない。
最初に聞いたのは5年ほど前で、その時は「失敗したら格好悪いから」とトボけていたので、話半分くらいにしか思っていなかった。
けど、大見得を切った通り、今や手の届くところにまで辿りついていた。
そしてお爺様と言い合っていた瑞穂大叔母さんだけど、少しの間呆気にとられたあと、大笑いを始めた。
「アッハッハッハッハ! 流石は麒一郎だ。やっぱり、あの時結婚しとくんだったね! 良いだろう。その話乗った! 良いね、紅一さん」
「あ、ああ。紅家にとって良い話だ。いや、もう紅家とかじゃなくなるのか。うん。麒一郎さん、よろしく頼みます」
私的には、瑞穂大叔母さんの過去の暴露話で一瞬内心で大盛り上がりになったけど、そこはぐっと我慢する。
そして視線を巡らせると、首をカクカクして紅家の当主が二つ返事状態で承諾してしまっていた。
基本的に良い話だし、実のところ家の格と企業規模から考えて拒否権はなきに等しいから、ちょっとした茶番で全員の了解を得た形になるのだろう。
そんな風に納得していたら、瑞穂大叔母さんが年齢を感じさせない歩みで私の前へとやって来る。
そしてこちらが座ったままなので、目線は10年ほど前と似通っていた。当然、私が見上げる事になる。
「あの、何か?」
「こうして見ると、麟様に雰囲気が似ているね」
「そうでしょうか?」
「何となくね。それよりも、ありがとう。良い景色にまた一歩近づいた」
「みんなが頑張ったからですよ」
「かもしれないが、小さな頃から本当によく頑張ってくれた。私が付き合える時間は多くはないだろうけど、もっと良い景色を期待しているよ」
そう言いつつ、深めに頭を下げてくる。
こっちも(あんたは、あと四半世紀くらい現役だろ)と思いつつも、「こちらこそ、今後とも宜しくお願いします」と頭を下げる。
要するにこれも、鳳の長子である私を中心とした再編成の挨拶だ。
ただ私には少し違う感慨があった。
(ゲームだと、ここが断罪の場なのになあ)
日時と場所だけ同じで、状況も内容も人もギャラリーも全く違う。けど、これはこれで、因果が巡った結果の一つの情景と思って良いのかもしれない。
そしてそう思うと気が楽になった。
「お爺様と瑞穂大叔母さんの若い頃のお話、今度聞かせて下さいね。お爺様をやり込める時に、使いたいと思うので」
「そんな事ならお安い御用だ。今からでも、この場で話してやろうか?」
そしてまた大笑い。みんなも、笑ったり笑うまいと堪えたりしている。
私もつられて笑いつつお爺様を見ると、かなり可哀想になる表情を浮かべていた。半世紀くらい前のラブロマンスは、相当面白いと見て間違いなさそうだ。
もしかしなくとも、鳳一族での人の格のヒエラルキーの最上位は瑞穂大叔母さんだったらしい。
創業者の玄一郎様や曾お爺様ならさらに上だっただろうけど、麟様も巫女として以外でも存在感は大きかったみたいだから、鳳一族は女性が上にくるという精神的な風土があったという事だ。
だからこそ、私を中心にという事になっても、文句も出ないのだろう。
なんだか妙に腑に落ちた。
そうして笑いが収まると、バツが悪い表情を浮かべたお爺様が、わざとらしく大きな咳払いをする。
「さて、俺の過去が暴露されたところで、玲子何か一言言え。これからは名実ともにお前の天下だ」
突然のご指名。これは事前の話になかったので、ちょっと戸惑う。だからハルトを見ると、力強く意味ありげな視線と頷き。
周囲をゆっくり見回すも、私が何を言い出すのかという期待に満ちた視線と雰囲気。逃げ場はなかった。
だから、少し居住まいを正す仕草で、メンタル面での時間を稼ぐ。ついでに何を話すか考える時間も。ただ、すぐに相応しい言葉は浮かばなかったので、思いついたまま私らしく締めることにした。
「これからも色々と引っ掻き回す事になると思いますが、愛想を尽かさないで下さい。宜しくお願い致します」
長々話しても仕方ないし、この15年はここに集約しているという妙な確信があった。
「なあ、普通なら『長子とはいえ若輩者ですが、誠心誠意努める覚悟でございます。皆様におかれては、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します』くらい言うだろ」
「麒一郎、それはお前が昔言った言葉だろ」
お爺様のツッコミを、瑞穂大叔母さんが混ぜっ返し、場は再び笑いに包まれた。
みんなを見るのが最後になるかもしれないので、笑顔を見れたのは単純に嬉しかった。
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