691「ヒロインの最終選択?」
8月31日、明日から新学期なので人の出入りがあった。
出て行くのは、夏休み帰省をしていた龍一くん。当然、士官学校に戻っていく。他の同世代は屋敷からの通いなので、そのまま。
戻ってくるのは特別奨学生の書生達。輝男くん以外の3名で、当然だけど姫乃ちゃんも戻ってきた。
「ご無沙汰しております、玲子様!」
「お盆に会ったのに、ご無沙汰かなあ」
「あっ、そうですね」
元気に頭を下げた姫乃ちゃんを、そんな会話で迎え入れる。1つ下の書生と違い、いつものちょっと空気読まない距離感に懐かしさすら感じそうになる。
そして私がすぐに出迎えられたのは、朝食後にお爺様に挨拶に来ていた龍一くんと、ちょうど玄関ロビーで立ち話をしていたからだ。
「じゃあ俺、一旦家に帰るわ」
「もう戻るの?」
「夕方までには戻るから、遅くとも3時くらいには出るかな」
「門限あるもんね」
「ああ。ただ明日からは、また規則正しい生活が待ってるからな。ギリギリまでゆっくりしていたい」
「珍しく弱音ね。じゃあ、お昼一緒に食べる? みんなも呼んで」
「いいぞ。飯はみんなで食う方が美味いしな」
「そ、それなら!」
ニカリと歯の見える笑みで返す脳筋イケメンの傍から、姫乃ちゃんがフレームインしてきた。
「書生の方もみんな一緒よ。平日の昼間で大人達は仕事だし、同世代だけで食べましょう。私も息抜きしたいし」
「はいっ、ありがとうございます。そ、それでですね、昼食の時にお話ししたい事があるのですが、聞いていただけますか?」
「お盆に言ってた、3日に会う時に話があるってやつ?」
「はい。3日よりも今日の方が、区切りというか、日が良いと思ったんです。ダメでしょうか?」
「良いわよ。食後のお茶の時で構わない?」
「はい。ありがとうございます!」
広いホールいっぱいに響く大きな声とともに頭を90度下げ、フワフワの可愛い髪型が大きく揺れた。
(それなら、勝次郎くんも呼んでおくか。どうせ、玄太郎くんと一緒の帝大だし。そうと決まれば、瑤子ちゃんに頼まないと)
そうして、新学期を前にしての簡単な昼食会という事で同世代を集めた。
もっとも私は、ギリギリまで赤ちゃん達の世話で大忙しで、マイさんとシズ達に拝みながら後を任せ、食堂に入ったのは最後になった。
そうして部屋に入った情景は、ゲームの再現場面そっくりだった。
(ほぼ、断罪前の最後の晩餐の配置ね。こういうのも、因果とか歴史の修正力の影響かな?)
そう思いつつ部屋に入る私も、書生達がいるから恥ずかしくないだけの格好に着替え、輝男くんとみっちゃんを従えての入室。
そして視線が一斉に私に向く。
ただしその表情と視線は、ゲームと違って温かいものだった。
「お母さんは大変ね」
「うん。なかなか離してくれなくてね」
瑤子ちゃんの後ろを通る時に、そんな会話もしつつ席に着く。輝男くんも先に言い含めてあるから、私をエスコートしたら私と反対側の書生達の席、姫乃ちゃんの隣へと着く。
ゲームでこの配置だと、輝男ルートを選んだ形に近い。
(輝男ルートだと、悪役令嬢の断罪場面がなくて失踪という形で行方不明で終わるのよね。実は輝男くんに暗殺されて)
そんな事をいまだに思うけど、それは思考のごく一部での事。誰にも気取られる事もなく、ゆっくりと視線を全員に巡らせる。下旬とはいえまだ夏なので、みんな上品ながら涼しげな格好をしている。
そうして、私が座る上座に近い位置の玄太郎くんと目があった。
「玲子が一応この昼食会の主催だから、一言どうぞ」
「そうなの? 家の代表だから上座じゃなかったんだ。まあ、いいか。
本日は私の急の呼びかけに集まって頂き、誠にありがとうございます。夏の終わりのひと時を、皆で楽しみましょう」
「本日はお招き頂き、ありがとうございます。夏の最後に良い思い出ができます」
「二人とも、そこまで形式ばらなくても良いぞ」
客人という事で私の隣に座る勝次郎くんが、それなりにフランクに言った私に同じように返してくれたというのに、拍手はなく龍一くんのツッコミだけがあった。
「はいはい。メイド喫茶でお茶するような間柄ですからね。書生の皆さん、ごめんなさいね。けど、肩肘張らず楽しんでね」
「「は、はい!」」
今年入った書生の二人は、1シーズンを終えて多少は慣れたかと思ったけど、夏休み中に元に戻っていた。
けどまあ、料理は思ったよりも本格的なものだし、一族の人と同じテーブルだと緊張も仕方ないだろう。
なんだかんだ言って、私達は伯爵家の人間にして大財閥の人間。つまり雲の上の住人だ。
お爺様など、伯爵な上に殿上人ですらある。
なお、席についているのは私を入れて10人。別のテーブルにも、お芳ちゃん達頭脳担当と、非番の側近達を同席させてある。
お盆の時、姫乃ちゃんが側近達にも話を聞いて欲しいというリクエストに応える為だ。
そうして時間も過ぎ、お茶と軽いお菓子をいただく時間帯となった。
「それじゃあ、姫乃さん」
「は、はい!」
なるべく柔らかく呼びかけたけど、椅子から飛ぶように起立する。そして私に真剣な眼差しを向けてくる。ちょっと睨まれている感じもするけど、雰囲気込みで敵意とか悪意は感じられない。
(何の話だろ? 随分と思い詰めた感じだけど。恋の告白みたいだなあ)
隣の輝男くんが警戒とかしているわけでもないし、暗殺とか暴力って可能性はない。だから気負う事なく言葉を待つ。
「結論から話させていただきます。書生として以外で、私も玲子様のお側に置いて頂けないでしょうか。可能ならば側近に」
(おっと、これは予想以上。もしかして、噂だけあった悪役令嬢ルートじゃないの、これ?)
「……理由を聞いても良い?」
「はい。勿論です。ですが、単に憧れだとか、有利な就職がしたいとかじゃありません。鳳学園を始めとする鳳グループの女性の教育普及の方針には、入学を決めた時からとても素晴らしいと考えていました。
また、玲子様が中心となり、慈善事業、慈善活動にも手を広げていらっしゃいます。
そして何より、玲子様が女性の社会進出を促進され、ご本人も実践されている事にとても強い感銘を受けたからです」
最後を少し強く言い切ったけど、側近の人達を見つつ少し間を空けて続ける。
「勿論、秘書や側近になりたいと、安易に申し上げてもおりません。玲子様のお側に仕える方々を、蔑ろにするつもりも一切ありません。ただ純粋に、玲子様のお側でお役に立ちたいと考えました。
ですが今の私に、十分な知識、技術、経験があるとは考えてもいません。ですから、この場で一つ誓いをさせて下さい。皆様の前でお話しするのは、証人になって頂きたいと考えての事です。
大学生のうちは見習いから。その間に必要な資格、技術を習得。その上で、鳳の書生として大学を首席で卒業してみせます」
(会う機会が減ったと思ってそれとなく調べさせて、めっちゃ勉強とかしているのは聞いていた。そんだけ頑張ってくれるのなら、こっちから頭下げるレベルだけど。……どうしよう)
真剣な眼差しを注がれ、軽く困惑させられる。
返答を考えつつも、ちょっと遠い目をしたくなる。
(……けどこれって、要するに体の主が姫乃ちゃんを野放しにした場合の行動の一部を、図らずも私がしてきた影響って事? それに姫乃ちゃんの実家が安定していて、本人にハングリーさがない点まで私が補完した形よね。その上ゲームと違って虐めずに仲良くするんだからねえ。
そりゃあ、攻略対象の男子達になびかないわけだ。その上一族の人間と深く関わらないんだから、巫女の話なんか聞く筈もなし、てことかな?)
そんな事を少し長く考えていたらしく、場が静まり返っていた。
だから小さく咳払いで誤魔化す。
「お考え良く分かりました。決意のほども。また鳳として、そして私個人としても、鳳大学で優秀な成績を収めた方には、鳳の中心で活躍して頂きたいと常々考えています。これは月見里さんだけではなく、書生の方全員も同様です。
その上、ここまでのお覚悟を示して下さったのですから、鳳として、そして私個人としても応えさせて頂きたく思います」
「それじゃあ!」
「はい。まずは、秘書見習いから始めてもらえますか。涼宮も、私の側近と書生の両方を務めています。他の側近達も、秘書業務と学業を両立させています。
ただし、契約書を交わして頂くと守秘義務なども発生します。自由時間も限られる事になります。
またご存知と思いますが、私の側近達は天涯孤独の身の者ばかり。その上、私と一蓮托生であり、生死も共にする程の関係です。軽い覚悟で口にされたとは思いませんが、大学を出る時に改めて考え、ご家族とも十分に相談し、それから結論を出しても遅くはないと考えます。それでも構いませんか?」
「ハイっ! 願いをお聞き届け頂き、感謝の言葉もありません。玲子様に誠心誠意尽くさせて頂きます!」
まさに主人公に相応しい晴れやかな顔、キラキラした瞳で返事されてしまった。
(これが、ある意味エンディング決定ってやつなのかな? けど、ほとんど恋の告白よね。結婚して子供がいなかったら、もしかして百合ルートだったのかなあ)
身近なところで予想外な展開が起きたので、思わず現実逃避してしまいたくなった。
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