671 「日ソ国境紛争(8)」
8月1日、ジューコフ将軍が指揮下に置いた極東ソ連に存在するソ連空軍機が、満州地域の国境2箇所で大規模な作戦行動を開始した。
ソ連軍が投入したのは、戦闘機が『I-16』以外に旧式で複葉機の『I-15』もかなりの数が投入されていた。
『I-15』はソ連空軍の中でも既に旧式とされていたが、6月からの戦闘で多くの『I-16』が撃墜されるか、損傷で破棄された事が強く影響していた。
加えてジューコフ将軍の作戦が、1機でも多くの航空機の作戦参加を望んだ事も投入された大きな理由だった。
逆に日本軍のように、試作を含めても新型機の投入はなかった。
この当時、ソ連の各飛行機会社は新型機の開発を急いでいたが、まだこの時には間に合わなかった。それに、仮に試作が間に合ったとしても、ソ連全体にとって極東は遠いし重要度もヨーロッパ正面に比べると低いので、求めても送られてくる可能性は低かったかもしれない。
この事は、戦車にも言えていた。ソ連が誇る多数の砲塔を備えた『陸上戦艦』とすら言われる多砲塔戦車『Tー35重戦車』、『Tー28中戦車』は、ついに極東には送られていない。
戦闘機以外だと、ツポレフの『SB』双発爆撃機が多数投入されていた。また、旧式ながら4発で大型の重爆撃機『TBー3』も、戦場に姿を見せていた。
そして爆撃機でも新型はなかった。ソ連空軍には既に『Ilー4』もしくはその量産型の『DBー3』双発爆撃機があったが、この戦いでは姿を見せていない。
これに対して日本軍は、空ではソ連軍に対抗する事よりも、自分達の中での半ば競争、半ば意地の張り合いで新型機を積極的に投入しあっていた。
陸軍は、川西『九八式戦闘機』と川崎『九九式戦闘機』。海軍は三菱『九九式艦上戦闘機』。陸軍が合わせて32機、海軍が27機。それに双方、数機ずつの予備の機体も送り込んでいた。
さらに言えば、新型機が問題なく運用できるように熟練した整備兵も送り込んでいた。
他に日本軍は、陸軍が『九七式戦闘機』、海軍が『九六式艦上戦闘機』を多数投入しており、戦闘機の総数はこの時代の日本陸海軍航空隊の半数にも達していた。
それだけソ連軍を警戒している証拠だが、陸海軍間での意地の張り合いが影響したのも間違いなかった。ここにソ連軍の誤算の一つがあった。
さらに日本軍には、最新兵器にして秘密兵器の電波探知機、レーダーがあった。
まだ十分な数は整備されていないが、満州には優先して設置が進められ、ソ連との朝鮮国境にも今回の国境紛争で慌てるように最低限のものが設置されたばかりだった。
それ以外だと、日本海を横断して帝都東京を航続距離の長い重爆撃機『TBー3』に攻撃されないように設置されているだけと言えば、ソ連と直に国境を接している地域を重視しているのかが分かるだろう。
そしてそのレーダー監視網は、今回の大規模国境紛争で自分達が想定した以上の活躍を示していた。
目視による監視網、連絡網、情報を集約して飛行場や各航空機に知らせる指令施設なども重要だが、全てはレーダーが無ければ話にならなかった。
勿論、諸々のシステムが無ければ片手落ちだし、十分な性能の小型無線機の戦闘機への搭載と配備が進んでいた事も、この戦いで再認識される事になった。
様々な意味での情報こそが、大きな力を発揮しているからだ。
だが8月1日の早朝、日本軍航空戦力を束ねる指令室は、大きな驚きに包まれていた。
「各電探監視哨より入電。所属不明機多数を確認」
「数は不明。ですが、これまでで最大規模と考えられます」
「ソ連国境後方にも、大規模な編隊多数を確認。高度は現在も上昇中。爆撃機編隊と予測されます」
総合すると、以上のような報告が各所から一斉に飛び込んできた。
この時期の戦闘機の航続距離はまだ短いので、一度にこれだけ多数の戦闘機が飛び立ったとなると、余程の訓練をして連続発進を行なったのでなければ、多数の滑走路から飛び立った事になる。
そして、今までの情報から、ウスリー州各地のソ連空軍の飛行場に、何百機もの戦闘機を多数離陸させるだけの滑走路と施設は見られなかった。
一方で司令部偵察機による偵察によれば、朧げながらソ連空軍は各地の飛行場を大きく拡張している可能性が非常に高かった。
つまり、大量の戦闘機が短時間の間に飛び立ったという情報は正しく、直ちに対応しなければならなかった。
「各基地に緊急連絡。情報に従い、直ちに発進。全力で迎撃せよ。飛ばせるなら予備機も全部出せ。出し惜しみするな!」
指令室の指揮官のけしかけるような言葉に、各員が一斉に動きだす。
そうして指揮官は、指令室の一角に据えられた大きな地図のところへと移動する。その地図は単なる地図ではなく、地図の上に多数の何かの駒のようなものが置かれていた。
しかも地図には多数の人が付いていて、随時その駒を動かしていた。その駒は敵と味方を表す、青と赤で塗り分けられており、どこに何がいるのか一目瞭然となっていた。
ただ指揮官には、少し不満があった。
(集めた情報を集約・伝達するこの方法は素晴らしいが、もっと洗練させていかないとな。どう報告書を書いたものか。……とりあえずは、せっかく高度が分かるのに、それを一目で知る方法がないのは問題か。それに情報の即応性はもっと向上させたいな)
不満を感じて考えたのは一瞬で、地図を見つつ指揮官は矢継ぎ早にさらなる詳細な指示を的確に行なって行った。
そして指揮官が既に報告書の事を思ったように、彼自身は自分達の勝利を疑っていなかった。
数ではソ連空軍に劣っていたが、新鋭機は数の差を補うだけの力があったし、何より目の前の情景が彼らに勝利を約束していた。
「お客さんが来たぞ。満員御礼だ! 全機、動きを隊長機に合わせろよ」
「了解」。自分達が占有する高い空の上で、部下に呼びかけた隊長は、新型戦闘機を操る男達の勇ましい復唱を聞いて満足する。
早朝なので太陽の中に隠れて急降下する事は出来ないが、いい感じに雲が所々に出ているので、彼らはちょうど雲に遮られていた。
しかも御誂え向きに、彼らより低い高度では「満員御礼」の言葉通り物凄い数の戦闘機に対して、こちらも対抗できないまでも大量の戦闘機が挑み掛かるところだった。
3000メートル辺りの高度に、無数の機体が朝日を浴びてキラキラと綺麗にすら見える。
この為、爆撃機隊とその護衛戦闘機の注意のかなりが、下に向いている筈だった。
そうして少しの時間、機会を待っていると、相手の爆撃機集団が彼が待ち伏せする空へと進んでくる。
「攻撃開始! 全機続け!」
「了解ッ!」
言うが早いか、操縦桿を操り一気に高い角度へと持っていく。彼らが操る新型機、『九九式戦闘機』は降下性能に優れた頑丈な機体で、今のような逆さ落としの戦法を得意としていた。
そして訓練でも、今までの実戦でも同じ戦法で高い成果を上げて来た。
さらに今回の迎撃では、整備兵達の頑張りもあって満州に持ち込んだ16機全てが空の上にあった。
これを2機一組を基本として8機ずつ2組に分け、それぞれの編隊が別の目標へと殺到する。
対するソ連空軍は高度6000メートルを選び、さらに上空警戒を厳重にしていたが、日本軍機の攻撃は巧妙だった。
大軍で空を圧するように進撃しウスリー川を越えて少し進んだところで、先頭集団と最後尾の集団が襲われた。
今度は同じ高度で、少し無理をして護衛戦闘機を各所に伴っていたが、今回も初手では無視されていた。
雲の隙間から突然現れて二つの編隊の半数程度に機関銃の雨が浴びせられる。
いち早く気づいた機体の中には、防御機銃の射撃を開始するものもあったが、時間がなさすぎた上に相手が速く、効果は全くなかった。
そして数機が崩れ落ち、中には搭載した爆弾に被弾して爆散する機体、ガソリンが激しく燃える機体もあった。
そして大編隊の前と後ろが混乱すると、大編隊であるだけに統制が利かなくなってしまう。
出来る事は、このまま損害を無視して進み、目標に爆弾を投下して反転する事。
ただし彼らの主な目標は、200キロほど先の満州軍の飛行場。そこを叩かなければ、日本軍戦闘機が幾らでも湧いてくる。そして叩かなければ、中洲の奪取は無理な話となってしまう。
この為ソ連の爆撃機部隊は、護衛の戦闘機隊の懸命の阻止行動に守られつつ、それでもなお激しい出血を強いられつつ作戦行動を続けるしか無かった。
しかし数が限られている日本軍新型機にも限界があり、飛行場を狙った爆撃隊は爆撃進路へと差し掛かる。
だがここでは、高射砲の濃密な弾幕射撃を受ける事になる。
これまで日本軍の主力高射砲は『八八式七糎野戦高射砲』。しかしこの砲では、高度6000メートルに対しては十分な威力が無かった。だからソ連空軍は、高度6000メートルを選んでもいた。
だがこの時の迎撃では、十分な破壊力を高度6000メートルで発揮していた。
それもその筈で、同じ75ミリながら新型の『九四式七糎半高射砲』を多数配備していたからだ。
ソ連空軍の受難は、この紛争中続きそうだった。
__________________
『九四式七糎半高射砲』:
史実の四式七糎半高射砲。元はボフォース社の75mm Lvkan m/29。
この世界では、鳳龍也が1930年前後に買い付けたものをライセンス生産したという想定。
国内が急速にかつ高度に重工業化が進んでいるので、十分に量産可能となっている。
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