668 「日ソ国境紛争(5)」

「っ!!」


「敵編隊、急降下っ!!」


「バカな! ここは高度2万(フィート=約6000メートル)だぞ。チビの日本の戦闘機がその上を飛べる筈がない!」


 パイロットと機首の機銃座にいる爆撃手がほぼ同時に気づいた時には、既に僚機、編隊を組んでいた機体の多くには被弾を示す火花が飛び散っていた。

 声をあげた機体は、たまたま敵の攻撃対象から外れていた幸運に恵まれたので、戦友の機体が敵に叩かれる様を特等席で見る事が出来た。

 しかしそれが幸運だったのかは、かなりの疑問と言わざるを得ない。特等席ではあったが、地獄の特等席だった。


「戦隊長機被弾!」


「戦隊長機墜落!」


「言われずとも見えている。現状報告!」


「我が編隊は本機のみ。後続は無事。ですが、見た事もない戦闘機が後方から回り込んできます!」


 機長でもあるパイロットが爆撃手兼機銃手に怒鳴るも、すぐに冷静さを取り戻して後席にいる無線手に聞いた。だが希望はどこにもなかった。

 乗っている『SB』爆撃機は、中型で双発ながら3人しか搭乗員がおらず、搭乗員への負担が大きかった。


 敵が襲ってきた場合には、無線手も背部と下部の両機銃を操作しなければならない。この為、防御火力が弱く、大陸での義勇軍同士の日本軍機に対して、大きく劣勢を強いられていた。

 しかも今回の相手は『九七式戦闘機』ではなかった。


「っ! 液冷機? あ、あれは、メッサーシュミットじゃないか!」


「ドイツの?! スペインの内戦で投入されたという新型ですか?」


「そうだ、間違いない。俺はスペインであれを見た。クソッ! 魔女の婆さんに呪われてしまえっ! ドイツ人が日本に売ったに違いない。だからファシストは信用できないんだ!」


 悪態をまくし立てる機長に、他の2人も大いに賛同するしかなかった。しかも後続の編隊が、斜め後方から突き上げてきたその新型機に叩かれているのだから、賛同以上の感情が支配していた。


「あぁっ! 後続の編隊、大きく崩れます。『SB』より速いなんて聞いてないぞ!」


「報告に感情を挟むな。我々は任務を継続する。最大速度で振り切るぞ」


「り、了解。ですが敵機は、斜め後方から後続の編隊に追いつきました。敵の方が優速です」


「ならば、敵が襲ってこないように祈っておけ」


「そ、それは、党の教えに反します」


「フンッ! 政治委員も熱心な党員も、もう墜落した。この空にはいないさ!」


「確かに。では、大天使様に祈っておきます!」


「ああ。祈れ祈れ!」


 言い合いながら士気を保ち、そして友軍を置き去りもしくは身代わりにするように、運よく生き延びた爆撃機は目標へと最大速度で進んだ。

 誰が見ているとも限らないので、こんな地獄でも任務を果たさなければ、無事に戻ったところで逮捕される事すらあるからだ。


 そして彼らは、かろうじて任務を果たしたと言える程度の爆撃任務を行い、半ば戦場から離れるように飛行して、何とか基地に帰投出来た。

 地獄を見物する事にはなったが、運もしくは悪運はあったらしい。


 『SB』爆撃機が飛んだ高度は2万。つまり2万フィート、約6000メートル。そこからさらに高い高度から逆さ落としで第一撃を見舞った日本軍戦闘機は、川崎の『九九式戦闘機』だった。

 彼らが言ったように、液冷エンジンを搭載したモダンなスタイルの戦闘機だ。当然だがドイツのメッサーシュミット、つまりBf109戦闘機ではない。

 しかし一部に、メッサーシュミット社のライバルであるハインケル社の戦闘機が参考にされているので、100%間違いとも言えなかった。


 そして新型の液冷エンジン搭載機であるように、この時期の機体としては高高度に駆け上がる事が出来た。それでも実用的には8000メートル程度までが限界だったが、相手が6000メートルなら、その上を取るのは十分に可能だ。


 その上日本軍は、電波兵器による探知で相手がやってくる方向と規模、高度をかなり正確に知る事ができた。全ての精度はまだまだ甘かったが、あるとないでは大違いだ。現に、日本軍戦闘機は相手より高い高度で、待ち伏せる事ができた。


 これは非常に画期的な出来事であり、この戦場でソ連空軍が首を傾け続ける事になる現象だった。

 ソ連には電波兵器、レーダーが存在せず、日本だけでなくイギリスなども軍事機密として一切情報を外に出していないので、知る術も乏しかった。


 さらに搭載する武装が、在来の『九七式戦闘機』が7ミリ機銃2丁なのに対して、『九九式戦闘機』は機首に同じく7ミリ機銃2丁に加えて、翼に13ミリ、ブローニングM2機関銃、12・7ミリ口径のより強力な機銃を搭載していた。

 この機銃は日本軍基準だとやや重いのが難点だったが、それ以外の全てにおいて非常に優秀だった。1世紀近く経った21世紀でも、車載機銃の主力として重宝されている非常に優秀な機関銃だった。


 なおこの時の戦いでは、ソ連空軍が『SB』爆撃機約30機に加えて、爆撃機隊のやや前方の500メートルほど下に『Iー16』戦闘機10機ほどを伴っていた。日本戦闘機は高い高度が苦手なので、低い高度で対処すれば良いからだ。

 だが、護衛の戦闘機隊はこの時全く相手にされず、爆撃機隊は日本軍の新型戦闘機の前にほぼ全滅という大損害を受けた。


 出撃した『九九式戦闘機』が11機だったので、どの戦闘機もほぼ3機の爆撃機を撃墜した計算になる。

 6月中旬の空中戦よりも、ソ連空軍にとって深刻な打撃だった。



「高高度からの爆撃まで阻止されるとはな」


 惨憺たる結果を前に、ソ連軍司令官のゲオルギー・ジューコフは唸った。

 彼は先任者が5月の戦いで醜態を晒した事を受けて、軍中央の国防人民委員のクリメント・ヴォロシーロフに呼ばれて現地に赴き、原因を調査。そして彼の調査報告と増援要請を入れた軍中央は、彼を現地の司令官に据える。


 そして彼は、スペイン内戦を経験したパイロットを集めたり、彼らに短期間で他のパイロットを再教育させる。

 さらに多数の物資をかき集めて体制を整えた後に、国境紛争の第二幕を開けた。


 だが、6月半ばから行った爆撃は、係争地の中洲を爆撃するも的確な迎撃を受けて、爆撃機隊は壊滅。これを受けて、日本軍戦闘機の存在を重視して今度は制空権獲得競争を仕掛けるも、日本空軍(日本陸海軍航空隊)の激しい迎撃により成果を得られず。

 敵飛行場まで押しかけた戦闘機隊は、こちらでも的確な迎撃を受けて多くの損害を出した。


 容易ならざる事態と考え、軍中央に可能な限り、彼自身が失脚しない程度の正確な報告を上げて方針をさらに修正。

 その間、嫌がらせの砲撃、空襲、飛行場襲撃などを行い時間を稼ぐ。

 地上や川での無理な行動は一切行わせなかった。


 そうして今回の大規模航空戦を開始したが、さらに作戦を改善をしても日本軍は強固で的確な防衛体制を敷いて迎撃してきた。

 しかも日本軍は、彼がとった作戦のさらに上をいってきた。

 本来なら作戦の中止か、さらなる上層部への増援要請などを行っても不思議ではない状況だった。

 だが彼は、上げられてきた報告から突破口を見つけていた。


「同志諸君、目の前の日本軍が容易ならざる相手である事は認めよう。だが同時に、彼らにも限界がある事が明らかとなった。私はここを突きたいと考える」


「同志閣下、どうされるのですか?」


 彼が最初に唸った場所は作戦室であり、彼の前には大勢の参謀や高級将校、さらには政治委員もいた。

 聞いてきたのは、ジューコフの失点を探すように付いている政治委員だった。


「今回の報告を含め、今までの情報を整理すると、日本空軍の新型機の数は限られている。戦闘機全体の数も、我が方より大きく劣る。これに対して我が方には、今回の攻勢で多数の空軍部隊を準備した。数日後には、さらなる増援もヨーロッパ方面より到着する。その増援を待ち、一気に大兵力で攻勢をかけるものとする。

 同時に、牽制としてハサン湖方面でも積極的な行動を実施。こちらにも航空戦力を投入し、日本空軍力の分散を図る」


「「オオッ」」


 その場にいた将校、参謀達が感嘆の声を上げ、ジューコフの作戦案を賞賛した。政治委員も、軍事の知識には乏しい事もあって異を唱える事はなかった。

 だからジューコフは、続けてこう宣言した。


「総攻勢の開始は8月1日とする」



__________________


ハサン湖方面:

朝鮮との境にある張鼓峰地域のソ連(ロシア側)の呼び名。

ハサン湖は、張鼓峰の東側にある。

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