664 「日ソ国境紛争(2)」

「花火見物の花火の方ですが、中央も随分と張り込みましたね」


「説得には苦労したよ。配備計画が5年、体制作りに2年かかった」


「流石は鳳先輩です」


 回し読みで資料を目に通し終え、辻政信に資料を渡した服部卓四郎が、如才ないというより本心でそう口にする。

 それに鳳龍也は小さく苦笑した。


「褒めてもこれ以上は出ないぞ。それより、工兵の機械化部隊も連れてきた。急いで陣地構築をさせてくれ」


「了解です。ですが、増援が来るとの事で、ある程度は既に準備済みです。大佐殿のご助言、資料に従い、配置転換用の陣地も準備してあるので、急ぎの場合は足りない分はそちらに一旦配置し、工兵隊には砲撃戦が始まるまで本来の陣地を用意させましょう」


「……明日始まるというのでないなら、それで問題ないだろう。助かった」


「助かるのはこちらです。こんなに沢山。建軍以来の重砲兵ですな」


「建軍以来は大げさだ。だが、日露戦争以来だな。それに先の大戦での欧州では……おっと、無駄話している場合じゃないな」


「いえ、先の大戦の欧州でのような砲弾の山を積み上げる戦い方は、日本では国力、生産力的に無理だと諦めておりました。それが、こうして自分達も出来るようになったのですから、非常に感慨深くあります」


 服部は口にした通り、感に堪えないといった面持ちだ。

 隣の辻も、大きく頷いている。

 日本は国力に限界があり、陸軍は大所帯なので、どうしても武器弾薬の整備に金をかけられない為、どうしても貧乏性な編成と装備になりがちだった。

 それが大きく変化したのは、ここ5年ほどの事だった。


「これでも、まだささやかなものだ。だが、本格的な戦時で必要となる砲と弾の目安を測るには良い機会だ。内地の持ってこられる物は全部持ってきた。存分にやってくれ」


「お任せを。これで負けたとあっては、それこそ日露の先人達に顔向けできませんな」


「それを慢心というんだ。物量の露助はどこに行った? ましてやロシアは砲兵の国だ。気を引き締めていけよ」


「現状で2個連隊の1個旅団に、軍直轄と師団砲兵。加えて今回の1個旅団。これでも鳳先輩は足りないとお考えですか?」


「足りないな。張鼓峰に回した1個連隊も、本来ならこちらに回す予定だった。代わりと言っては何だが、内地から連れてきた分も合わせて、『九五式重戦車』に野砲の代わりをさせるぞ」


「確かにあれの主砲は、九〇式野砲と同じ。仰角が高く取れないとはいえ、十分な支援砲撃は可能ですね」


「砲撃訓練もしているからな。それに仰角が多少浅くとも、三八式以上の働きは出来る筈だ。専門の砲兵には悪いがな」


「まあ、今の関東軍配備に旧式の改造三八式野砲はありませんから、問題ないでしょう。それに第7師団は、砲兵も強化が済んでおります。九六式十五糎榴弾砲、九一式十糎榴弾砲を定数一杯。以前の重砲兵並みですよ」


「朝鮮の第19師団も同様ですな。それに新兵器の噴進砲まで」


「内地で遊ばせておくのは勿体無いからな。だが、他の師団は九一式と九〇式。内地の改変前の師団は、まだ改造三八式も多い。九〇式は、戦車の量産と合わせて価格が随分落ちたから改造三八式との入れ替えが順調だが、現代戦の重砲火力としては心許ない」


「はい。ですが九〇式は、軽量級のカノン砲代りになります。改造三八式も我が軍でお役御免でも、満州軍、内蒙古軍、それに張作霖軍への輸出や支援で引っ張りだこ。無駄もなく有益で、実に良い流れですな」


「ああ。その点はな。だが、本当はもっと持ってきたかったんだがな」


「最新の九六式十五糎榴弾砲を沢山持ってきてくれました。十分以上ですよ」


「九六式は本来は師団砲兵で、八九式十五糎加農砲を重砲兵には定数持たせたいんだがな。おっと、無い物ねだりを前線のお前らに言っても仕方ないな。済まない」


「とんでもありません。これだけの大兵力と砲弾。それに新兵器の噴進砲まで持ってきて下さいました。あとはお任せ下さい」


「ああ。前線はお前らのものだ。任せる。だが噴進砲は、着弾が越境しないように厳重に注意してくれ」


「やはり機密ですか?」


 服部の目が声とともに細くなる。

 それに鳳大佐も頷いた。


「そうだ。連中には弾片、破片といえど渡したくない。どういう兵器かを、実物で教えるのは避けたい。同じく機密の九八式臼砲は、持ってこれなかったぐらいだからな。だが噴進砲は、実際にどの程度の効果があるのかを知りたい。実戦試験という事で、強引に持ってきた」


「そうでしたか。それで注意点は、やはり命中率ですか?」


「ああ。要するに大きな花火だから、命中精度は期待できない。点ではなく面で使う。つまり数を揃えて一斉に撃たないと意味がない。1発2発じゃあ、見当違いの場所に派手な爆発が起きるだけだ。だから使い時を誤らず、使う時は一斉に、だ。まあこの辺は、噴進砲の連隊長が熟知している。その声は重視してくれ」


「了解しました」


「うん。それでなんだが、相手偵察機の目を欺瞞すべく、増援部隊の移動は二手に分けた。一つは他と同様に、鉄道のある虎林から順次移動させる。だがこちらは一部。主力は、この双鴨山に回している。追加弾薬についても同様だ」


「それでは、到着までは追加で1日程度かかると見た方が宜しいでしょうか?」


「先遣隊はな。全体となると、大所帯だから3日は見て欲しい」


「それこそ日露戦争以来の部隊移動ですから、それくらいは当然でしょう。むしろ素早いと言えます」


「全くです。それにしても、ソ連の脅威の増大に合わせ、満鉄と鳳の建設会社が随分と鉄道と道を整備してくれてこれなんですから、していなかったらと思うと背筋が凍りますな」


「備えあれば憂いなしと言いたいところだが、その通りだな。じゃあ、次は現状を聞かせてくれ」


「了解です」


 そう言って服部と辻が、自分達の資料や書類を準備し始めた。

 そして以下が、鳳大佐が軍中央を動かして用意した増援を含めた、各所の戦力配置になる。



・地上部隊


 ・珍宝島方面


・第7師団(自動車化師団・砲各種約100門・戦車60両)

 (全師団機械化済・戦車連隊・機械化捜索連隊有)

・満州軍第3国境守備隊

・戦車第2旅団(2個連隊)(戦車第1師団所属)(戦車150両)

・戦車第13連隊(特設重戦車連隊・戦車36両)


・野戦重砲第3旅団(2個連隊・機械化済)(砲各種32門)

・野戦重砲第4旅団(2個連隊・機械化済)(砲各種32門)

・野戦重砲第8連隊(第二軍直轄・機械化済)(砲各種16門)

・野戦重砲第11連隊(噴進砲車36台・機械化済)


・江防艦隊(河川の国境守備隊)

(砲艦、砲艇多数。日本陸軍の装甲艇の多数増援有)


※新京を拠点とする第二軍が支援。また戦略予備。



 ・張鼓峰方面


・第19師団(自動車化師団・砲各種約100門・戦車60両)

 (全師団機械化済・戦車連隊・機械化捜索連隊有)

・第2師団(一部)(1個連隊・自動車化+増強編成)

・戦車第11連隊(戦車第2師団所属)(戦車75両)

・野戦重砲第9連隊(第三軍直轄・機械化済)(砲各種16門)


※奉天を拠点とする第三軍が支援。また戦略予備。

※万が一の事態に備えて、内地(日本国内)で3個師団が移動準備で待機。



・航空隊


 ・陸軍航空隊:

 戦闘機:8個飛行戦隊

 爆撃機:2個飛行戦隊

 偵察機:1個飛行戦隊

 ・海軍航空隊:

 2個航空戦隊(戦闘機)

 1個航空戦隊(陸上攻撃機・後方配置・支援用)


※日本海の日本寄りの海域に、牽制目的の大規模な艦隊が展開中。

 


__________________


九〇式野砲:

75mm口径の野砲。フランスのシュナイダー社の砲を参考に開発。

史実でも戦車砲にも採用されたが、アメリカのM4シャーマン戦車の主砲とも親戚関係。


馬で曳くには重いため(6馬挽馬)、軽量の九五式野砲が開発された。この世界では車両牽引なので、九〇式野砲一本で量産。



野戦重砲第8連隊:

史実の日中戦争までは、第7連隊までしかなかった。日中戦争以後に軍全体の規模拡大に伴って数が激増。


※重砲、野砲、各部隊など、説明しだすとキリがないので、雰囲気で見て下さい。

ただし、史実のノモンハン事件とは一部部隊が同じですが、内容はかなり違っています。

また、歩兵以外は、史実のノモンハン事件と比べると、各戦力は格段に違います。

軍の近代化が進み、日中戦争していないのが主な理由。

逆に戦時動員されていないから、各師団の兵員数は少なく特に後方支援能力は低い。



陸軍航空隊:

史実でのこの時期の陸軍航空隊は、戦闘機部隊は総数10個戦隊(練習戦隊2個含む)。

1個戦隊は、2から4個中隊編成。中隊はこの頃9機編成。

史実のノモンハン事件では、主に4個戦隊が投入されている。

(最終的には7個戦隊になるが、当初の4個連隊は戦闘でほぼ壊滅状態となる。)

太平洋戦争以前の陸軍航空隊は、ノモンハンで壊滅状態と言える打撃を受けた事になる。


この世界は、最低でも二倍の規模は既に存在する想定。

日中戦争がないので、投入できる数はさらに多い。

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