663 「日ソ国境紛争(1)」

「お久しぶりです、鳳先輩。大佐へのご昇進、おめでとうございます」


「ご無沙汰しております、鳳大佐殿。帝国陸軍史上最速での大佐ご昇進、誠におめでとうございます」


「ああ、久しぶり。それより服部、辻、二人とも大活躍だそうじゃないか」


 満州北東部、双鴨山の町の郊外にある満州空軍の飛行場で、真新しい大佐の階級章をつけた高級将校に、出迎えた二人の将校がキビキビとした敬礼を決める。

 関東軍参謀の服部卓四郎中佐と辻政信少佐だ。特に服部は、作戦主任を担当していた。


 なお、7月半ばで夏に入ったとはいえ満州は日本列島ほど暑くはないし湿気も低く、互いに普通の軍服を着ている。

 そして飛行機から降りたばかりの大佐の方は、陸軍省の中央に勤務する高級将校であると考えると、非常に地味な出で立ちだった。


 階級章の判別が出来ない者が見れば、見た目の若さも重なって前線の下級将校との違いが分からなかっただろう。それに比べれば、服部と呼ばれた将校の方が見た目では偉く見える。

 辻の方は、服の一部が汚れているように、こちらも新米大佐と似た装いだった。


「辻は前線からの戻りか?」


「はい。ウスリー川まで。川向こうの露助の中に狙撃兵がいるとの報告があるので、念の為この形りです」


「ご苦労さん。何か動きがあるのか?」


「はい。明確な動きはまだ。ですが、舟艇、砲艇は随分と集まっております。対岸の陣地には、戦車も見えました」


「戦車か。それで対岸まで砲撃するつもりなのか」


「牽制でしょう。本気の気合が見えませんでした」


「だろうな」


「連中の45ミリ戦車砲は、榴弾が撃てませんからね」


 会話の一区切りに、服部が合いの手を入れる。

 だが鳳大佐は小さく苦笑する。


「俺もそうだと思うが、慢心は禁物だ。新型が投入されているかもしれないぞ」


「我が軍のように、ですね。色々と増援を連れてこられたとか?」


「俺は『軍監』だよ。段取りはしたが、航空機の方は東条さんが短期間で色々と骨を折ってくれた。流石の仕事の早さだ」


「ご謙遜を。現状でも圧倒的優位なのに、さらなる増援を受けて、みんなお祭り騒ぎですよ」


「それを引き締めるのが、お前達の役目だぞ。増援も、相手を叩き返す為に用意したものだからな」


「心得えております。ソ連赤軍の物量は、こっちに来てから辻に耳にタコができるほど聞かされました」


「それは何よりだ。陸軍省には、ソ連軍がシベリア鉄道で多数の重装備を移送している、という情報も入って来た。これからが正念場だ」


「「ハッ!」」


 鳳大佐がそう締めると、二人が敬礼を決める。

 そして飛行機の側での雑談もここまでだった。

 「辻に耳にタコ」というのは、辻はソ連に駐在武官として3年ほど派遣されていた時に、ソ連通として陸軍内でも一目を置かれていた。

 そしてソ連滞在中は様々な工作に従事する傍らでソ連軍の実情をかなり強引に調べ、巨大な陸軍とそれを支える大量の重装備、航空機を目にした事を示していた。


 なお、鳳龍也の肩書きは、陸軍技術本部附、軍事課高級課員。この夏に近衛師団の連隊長が内定しているが、今の役職での最後の仕事としてこの地を訪れている事になっている。

 また話にでた東条とは東条英機中将で、陸軍航空本部長を務めていた。



「石原さんは来られるのですか?」


 飛行場脇の建物内の一室。鳳大佐が手持ちの鞄から書類を出しつつ、間を持たせるべく服部が話しかける。

 石原というのは、石原莞爾参謀次長だ。


「来たがってはおられた。羨ましがられもな。だが、参謀次長だ。流石に動くに動けないだろう」


「こっちに来るという噂で持ちきりですよ。直接赤軍を叩く気だと」


「石原さんは、赤軍とか思想は関係ないだろうがな。だが、実務では総長と変わらない状態だから、流石に満州に来るのは無理だ。その代わり、俺が満州に行くと挨拶に行ったら、色々と策を授かってきた」


 鳳大佐が言葉の最後を冗談じみて言うも、服部と辻は興味深げな感情を向けてくる。


「そうでしたか。それで、策とは?」


「是非拝見したく」


「そう急くな。それよりも現状を聞きたい。いや、その前にこっちの土産がこれだ」


 言いつつ鞄の中から、書類の束を取り出す。表紙は簡素に増援要項とだけあるが、急いで作られた書類というのがそれだけでも察せられた。

 そしてそれを「拝見します」と、まずは辻より上官の服部が手に取る。


 書かれているのは、日本本土に駐留していた重装備とその部隊ばかり。多くが方面軍レベルの軍直轄やそれに準じる部隊で、それだけで軍中央の意気込みを伝えていた。


「新編の野戦重砲兵連隊に戦車連隊。航空隊は、この飛行戦隊以外の奴は、試作機装備の部隊ですか?」


「ああ、東条さんが持たせてくれた。なんでも、海軍が陸軍との新兵器競争に勝つべく、新型の初期量産型を装備した中隊を新たに2つ送り込むというので、こちらも対抗上という事らしい」


「海軍さんですか。あっちの今の航空本部長は、山本五十六でしたね」


「ああ。かなりのやり手だ。東条さんが、やりにくそうにしてたよ」


「噂は聞きますが、あの東条英機がとなると相当ですね。初期量産型の中隊を2つというと、例の『九九式艦上戦闘機』が18機ですか?」


「量産と搭乗員の完熟が間に合わず14機。予備を後から送るそうだが、こっちの機体と合わせて臨時の航空戦隊を編成。長い足を活かして、制空戦闘に力を入れるようだ。それと『11型』と正式に決まった。海軍さんは、既に空母艦載機型を試験中だ」


「それでこちらは?」


 まだ資料を見れない辻が、我慢できずに鳳と服部の間に割って入る。


「こっちは川西と川崎の増加試作機を各中隊12機ずつ。こっちの機体と合わせて臨時に飛行戦隊を編成する」


「おおっ! 数では我々が勝りますな。それに加えて『九七式』が1個戦隊。これで敵との差が1対2の差に再び戻り、圧倒的優勢を確保できますな」


「ソ連空軍機は、まだそんなに多いのか」


「はい。搭乗員達の証言だけだと、既に1000機以上撃墜しているというのに、連中の物量は尽きる気配がありません。流石は物量の露助と呆れるばかりです」


「1000機ということは、実際の撃墜が累計で250、撃破が同数として、駐在武官の報告通り欧州の航空隊が多数参入しているのは確実だな」


「やはり空軍もですか。ですが、欧州正面からはそこまで多数を引き抜けないでしょう」


「だと考えたいが、戦いはまだ序盤だ。今、活発に中洲や我が方の飛行場に仕掛けてきているんだったな。継続中か?」


「はい。各飛行場の方は、この1週間ほど偵察と嫌がらせの散発的な少数機体での爆撃程度ですが、中洲と周辺の河川での制空権獲得には力を入れてきています」


「……となると、砲撃戦が近いな。辻」


「はい。偵察機、観測機を飛ばす為と考えられます。露助は、戦闘機同士による戦闘よりも、地上支援の爆撃と並んで偵察を重視しております。現在、無理をして戦闘機部隊を前に出してきているのは、前兆と見て間違いないかと」


「うん。それに爆撃機も出して来るだろう。俺は高高度爆撃をしてこないかと懸念している」


「高高度爆撃は命中精度が大きく落ちるのに、してきますかね?」


「その代わり『九七式戦』の攻撃を受けなくなる。加えて高速だから、事前に情報があっても高高度で迎撃するのは非常に困難だ」


「その為の新型なのですね。ですが、増援の一部は対戦闘機戦闘に回せないでしょうか。ソ連戦闘機は、日に日に武装と急降下速度を活かした一撃離脱戦法を重視しております」


「『九七式戦』では不利だな。川崎の機体は液冷エンジンで高高度戦闘に向いている。川西の機体を戦闘機に当たらせよう。航空隊を納得させる文書を用意しておいてくれ」


「現場の実験隊向けでですが、既に用意してあります。それを書き換えましょう」


「抜かりなしか。いいだろう。花火見物しようって連中のケツを叩いてやるぞ」


「「はっ!」」



__________________


クライマックスの戦闘シーンという事で、主人公の登場しない(笑)三人称の戦闘話が10数話入ります。

ただし、合間合間に普通の主人公一人称パートが挟まります(交互ではありません)。


ガチ戦争になると、本当に主人公の出番ありません(汗)

この作品の先で、最初から第二次世界大戦を書かないと決めた一番の理由です。

それを示す為に、ガチ戦闘(ガチ架空戦記)を少しだけ書いてみました。

(資料さえ揃えていれば、書くのは楽なんですけどね。)

まあ、ミリタリーな描写は、雰囲気程度に思ってください。


__________________



俺は『軍監』だよ:

兵隊の監視、監督を任務とする職。

これは冗談であり、実際は全く関係ない。



『九七式戦』:

九七式戦戦闘機。この時期の機体としては平均以上の性能だが、降下速度、上昇限度などでやや劣った。

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