661 「1939年7月頭」

「「サラ、エドワード、結婚おめでとう!」」


 7月頭、大きな祝福の中で新しいカップルが誕生した。

 鳳沙羅と私の執事のエドワードが結婚したのだ。

 二人は1日に横浜の教会で式を挙げ、鳳のホテルで披露宴。そして二人は、新婚旅行へと旅立った。


 片方はハーフだけどパツキンのどえらい美形同士で、純白のウェディングドレスと純白のタキシード姿は、映画の一場面やおとぎ話の中の王子様とお姫様のように見えた。


 そんな見た目はともかく、これでエドワードが鳳一族に加わった。本当に婿養子に来て良かったのかと思ったけど、色々と調べてみると当人が言っていた通り確かに問題はなかった。

 むしろ、鳳一族がまた一歩、アメリカの上流階級に足を突っ込んだ事の方が問題かもしれない。


 アメリカからの来賓に移民初期世代が多くいてけっこーシャレにならなかったけど、ここまでくると毒を食らわば皿までの心境になる。

 日本での地味ながら広い血縁関係と合わせると、かなり面白おかしい繋がりも出来た事だろう。


 それにしても、これが前世での歴史のように英米と関係が悪化していたら、世間から槍玉に挙げられていた筈だ。

 虎三郎一家が、数年前の時点で日本にいられなくなる程だったのだ。

 けどこの世界、私のループでは歓迎ムード一色で、当人たちも幸せ一杯だ。


「じゃあ、新婚旅行で仕込んでくるから、来年春からは私達も参加するわねっ!」


「無茶言わないで。私も玲子ちゃんも産んだばかりよ」


「えーっ。もう一人って言ってたじゃん」


「それはそうだけど、どうする玲子ちゃん?」


 虎三郎の姉妹が私の方を見る。

 そしてサラさんは、そのまま私の隣のハルトへと半目気味に視線を向ける。


「言っといてなんだけど、ハルト兄には聞かないんだ」


「産むのは女だもの。ねえ」


「アハハ、そうですね」


 諸々全部終わって、二人が新婚旅行に旅立つ前のひと時の家族団欒。サラさんとエドワードの式だから、私もハルトと一緒に居合わせていた。

 けど、私の同世代達は別のグループを形成していて、敢えて同世代同士で集まらないと同席する機会が減っていた。


 だから今は虎三郎ファミリーの輪の中にいるわけだけど、私になんとなく視線が向く。私が長子だからだ。

 けど、3年連続は公言しているから、特に気負うほどの事でもない。


「私としては、来年夏か秋くらいを目標に授かれたらって思っています。ねえ、ハルト」


「僕は玲子の体を考えて何年か空けてもと思わなくもないけど、二人が早く第一線に戻りたいって事だし、そこは反対しないよ」


「ありがとう、ハルト」


「そりゃあどうも。でも、今年の教訓を考えると、それくらい空けたいわね。年子は思っていた以上に体が大変だもの」


「お姉ちゃんでもそうなんだ。じゃあエドワード、私達も合わせる方向にする?」


「サラもマイ様と同じが良いと言ってましたからね」


「エドワード。もう、様付けしない。同じ鳳よ」


「あ。これは失礼を」


「敬語も禁止。前から言ってるでしょう。私、堅苦しいのは苦手だって」


「はい。気をつけます」


「うん。それでどうする? 来年秋だと年末くらいからって感じだけど?」


「日本でも子供は授かりものなのでしょう? 気負わず、主の御心に任せれば良いと思います」


「そう言われると、返す言葉がないんだけどねー。まあ、気負わずってのは賛成」


 結婚しても、二人の間はいつも通りみたいだ。

 そしてマイさんと涼太さんも、ヒエラルキーはマイさんが確実に上だ。一方の私とハルト、リョウさんとジャンヌは対等に近いと思う。


 そういえばリョウさんとジャンヌは、ニコニコするばかりで次の子供の話に入ってこない。

 そう思ったので視線を向けると、ジャンヌに軽く首を傾けられた。


「いえ、二人は次の子供はどうするのかなって?」


「えーっと、リョウ?」


「えーっと、僕達は主にお任せってところはエドワードと一緒ですけど、出来れば1年空けようかと」


「毎年は育てるのも大変ですからね」


「はい。それもありますけど、母親の体に結構負担あるでしょう。子供に栄養も持って行かれますし」


「しっかり食べていれば大丈夫よ。紅龍先生の研究論文にもあったし、私もそれは実感してる。それに満遍なく色んなものを食べないといけないから、好き嫌いも言っていられないし、食生活の改善にもなるわね。ジャンヌは好き嫌いが多いんでしょう。良い機会じゃない?」


 私もしている事だけど、マイさんも前向きだ。

 ただ、赤ちゃんには、お腹にいる時と授乳で栄養をゴッソリ持って行かれるのは間違いないから、慎重なのも当然だろう。

 私達はお金持ちで食生活は完璧以上だから、気にする程度で済んでいるだけの話だ。

 ただ、ジャンヌはマイさんの言葉に、ちょっと叱られた子供みたいな表情になっている。

 そしてその姿を、みんなで微笑ましく笑う。




 そうして二人を新婚旅行に送り出した翌日、今回の結婚の招待客の一人と会っていた。場所は私の仕事部屋。


「こうしていると、昔を思い出すわね」


「本当ですね。この部屋も懐かしいです」


 トリアと二人で柔らかい笑みを向かえ合う。

 部屋の隅にリズが控えているから、尚更数年前を思い出す。

 そして数年前と同じように、遊びでこうしているわけではなかった。


「さてと、じゃあ早速拝見しましょうか」


「はい。宜しくお願い致します」


 そうしてトリアから受け取ったのは、アメリカの王様からの手紙の一つ。トリア以外の結婚式の出席者からも色々と話や手紙の受け渡しはあるけど、私と一番親しいトリアからのものが当然というべきか一番重要なものだった。

 そしてその返事をトリアに渡し、さらに口頭でしか言えない事もお互い託し合うまでがセットになっている。


「お話、確かにお聞きしました。あちらも色々大変ね」


「はい。2年前の玲子様の式での大失態以後、ステイツの水面下はまだ大きく揺れています。逮捕者が出る以外に、今でも突然いなくなる者が少なくありません」


「アメリカは資本主義が一番発達しているから、マルクスの言葉通りなら一番アカが蔓延っているわけだものね」


「おっしゃる通りです。表立ってはおりませんが、全米を揺るがす事態とすら言われています」


(全米ときたか。震撼って言葉にしたらハリウッドね)


 そんな埒もない事で気を紛らわせるけど、話している内容はアメリカの共産主義者の粛清(パージ)の話。

 あまりに多すぎて、10年かけてもまだまだアカやアカのシンパが湧いてくるらしい。もはや無限ループだ。


 そして私はアカ退治に一番手を貸しているし、私が知らなかったところで大きな迷惑も被ったので、こうして話をしているわけだ。

 もっとどす黒い事は、セバスチャンや貪狼司令らが色々しているけど、その上っ面だけでも私は聞いて話す義務がある。

 何せ、アカどもをかき回した発端は私にあるからだ。

 けどそれを話し合うのが、旧知の人というのはどうしても気が滅入る。


「これでおしまい?」


「はい。大きなところは。あと細々したところは、セバスチャン様らと話を詰める予定です。玲子様には、ビジネスの件での話があるだけになります」


「それは何より。じゃあ仕事の話は一旦おしまい。私の子供達に会ってあげてちょうだい。それとトリアの話も聞かせてね」


「はい、勿論です。私も一番の楽しみにしていました」



 一方、私がトリアと会っていたその日、龍也叔父様が満州へと渡った。

 これで、私もしくは鳳としては、簡単に現地の状況を知る事が出来なくなる。もっとも、外野の人間が1日1日の戦況に一喜一憂していても仕方ない。それに、後方支援の手伝い以外で現地に対して出来る事もない。


 政治的には少し別だけど、政府の動きはお爺様が大臣として知る事が出来るし、鳳グループとして情報網は可能な限り敷いてある。

 なお龍也叔父様が現地に行く表向きの理由は、新兵器の実情視察とか結構適当。一番の目的は、暴走コンビの辻と服部を抑え込む為だ。ただ、あくまで念のためだと龍也叔父様は苦笑していた。


 関東軍には、独断専行は一切認めず。たとえ独断専行で功績を挙げたとしても、例外を認めず厳罰をもって当たると書面付きで厳しく命じられている。

 加えて、辻が心酔する板垣征四郎、二人が心酔する石原莞爾も動員して、勝手に動くな、攻撃的に動くなと言ってもらってある。


 ただし辻政信は、ソ連に数年間駐在武官で赴任した経験があり、そこでソ連赤軍についてはかなり深く実情を肌で実感していた。

 だから、小手先芸は通じない、やるならこちらも重装備の大部隊を用意するべきだと考えていると、龍也叔父様に話していたそうだ。


 飛行機と大砲をもっと寄越せと言ってきているのも、辻と服部らしい。

 そんな話だけ聞いていると、なんだか狐に化かされた気分になりそうだ。辻ーんは、ロシアで誰かと中身が入れ替わったんじゃあないかと疑いたくなる。


 その二人以外で私的に気になるといえば、牟田口廉也ともう一人の危険人物の武藤章。

 日中戦争が完全不発なのもあってか、牟田口廉也は特に問題もなくキャリアを積み重ねている。軍の中央で、軍官僚としての実務能力や調整力を発揮しているそうだ。

 前線に出なければ、という典型的な人らしい。


 いっぽう武藤章は、順調に出世して今は軍務局長。こいつも、とりあえず前線にはいない。けど軍務局長は、陸軍省のナンバー3。動きやすいポジションだ。

 それに、あまり表面上に出てこないだけで、今までも色々と動き回っている。だから永田さん達も、やりすぎないか目を光らせていた。


 ただし永田さんは、陸軍大臣を退任してからは参議官で、次の出番を待つ状態。だから舎弟の東条英機が目を光らせている。その東条英機は、陸軍航空本部長。

 もう何年かしたら、総理大臣はともかく最低でも陸軍次官、上手くいけば陸軍大臣の可能性は十分あると見られている。

 逆に言えば、永田鉄山が健在だから私の前世の歴史でのような出世ができていない。当人も、永田の下で満足しきっている。


 それ以外だと、龍也叔父様が満州に出張に出てしまったので、内地での穴埋めを舎弟状態の西田税が果たしていると聞いている。

 組織内での情報収集ではこれ以上の人材はいないので、安心できるというのがちょっと皮肉だ。


 そして陸軍の作戦は参謀本部の役回りで、その実質的なボスの参謀次長を石原莞爾がまだしていた。総長をしている宮様との関係も、それなりに良好らしい。


 今回の戦闘も、準備段階からかなりを石原莞爾が関わっていた。

 勿論というべきか、私の夢の話は龍也叔父様を通じて、色々と聞いているらしい。

 そして今の所は、日本軍の作戦が図に当たっているので、現地関東軍も勝ち戦でニッコニコなのだそうだ。


 けど、予断は許さない。

 空襲がひと段落した頃から、ウスリー川での武装した船による互いの偵察と、そして戦闘が散発的に行われている。

 また、係争地となっている中洲の島には、ソ連軍の長距離重砲が散発的に撃ち込まれている。


 互いの重砲兵部隊が揃ったら次の動きだろうと、お爺様が言っていた。

 一方で、ソ連は日本が米英と締結した『日米英防共協定』を警戒している。だから本格的な戦争はあり得ないと、全ての人、全ての予測が答えを弾き出している。

 そして誰も戦争までは望んでいない。ソ連自身もだ。

 けど逆に、紛争なら構わないという事になる。ソ連にとっては、日常の一つとすら言える。


 そして紛争がどこまで拡大するのかが、私の最後の運命の分かれ道になるのだろう。

 それを考えると、願掛けの気持ちで子作りに専念するのが良いのかもと思ってしまいそうになる。


 

__________________

 

参議官:

軍事参議院という、軍事に関する天皇の諮問機関に所属する役職。

元陸海軍大臣や参謀長、軍令部長、元帥など、出世しきって役職を「上がって」しまっても尚、現役年数が残っている者がなる。

または、次の上級職になる前の腰掛のような役割もある。

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