659 「航空戦(2)」
話題に出た陸軍主力戦闘機の先代、『九五式戦闘機』は、川崎飛行機が開発した陸軍の1つ前の主力戦闘機。川崎のお得意だという液冷エンジンを搭載した時代相応の複葉機だけど、単葉機の出現で一気に旧式化した。
まだ使われているけど、好景気による予算規模の伴う軍事費の拡大で『九七式戦闘機』の量産が進んでいるから、第一線任務からはどんどん外されている。
そして陸軍は、現在主力の『九七式戦闘機』も早晩旧式化すると考え、各メーカーにかなり高い条件を付けて新型機の開発競争をさせていた。
何しろ航空機の技術は日進月歩だ。
そして陸軍の戦闘機は、今は中島飛行機で先代が川崎飛行機。三菱や他のメーカーもたまに作るけど、基本的に他の種類の飛行機もだいたいこの2社が独占している。
そうした中で、川西飛行機の機体が実験的に使われ始めているという状態だと聞いている。
一方の海軍は、主に三菱が製造している。他、水上機は川西飛行機が中心で、他は愛知飛行機や、たまに中島も参加している。海軍が独自開発して、民間に作らせるという場合もある。
一方で飛行機用のエンジンメーカーは、空冷エンジンが三菱と中島、液冷エンジンが川崎で、ほぼこの3社しかない。
鳳は川西飛行機を抱えているけど、整備の都合でエンジンを統一したい軍の意向もあってエンジンは開発せず、川西飛行機は三菱のエンジンを使っている。そして三菱のエンジンには、関連技術の協力や出資する形になっている。
海軍用に作り、陸軍が仮採用した川西の戦闘機も、三菱の新型エンジンを搭載していた。
一方川崎飛行機だけど、必死で新型機開発をしていた。
何せ主力機が、一気に旧式化しただけでなく急速に消え去りつつある。
だからというわけじゃないけど、私も少し関わっている飛行機を急いで開発していた。
私の関わりというのは、ドイツでユダヤ人を助けつつ工作機械や役に立ちそうなものを、手当たり次第、金に飽かせて買った中に戦闘機があったから。
今のドイツ軍の主力戦闘機との競争に負けて不採用になった飛行機で、ハインケル社が開発した『Heー112』とかいうやつ。どうもハインケルは、ナチス政権と折り合いが悪いらしい。
だからドイツ政府がよく輸出を認可したと思ったけど、鳳の仲介で陸軍が購入するというのでそれに便乗した形だ。またドイツ国内では、ライバル社の良い話はあまり聞かないメッサーシュミット社が何かしたらしい。
そしてその機体を軍にもお伺いした上で川西と川崎に渡し、自分達の戦闘機開発の参考にさせた。
その飛行機が反映されたのが、川崎の戦闘機だと以前にも聞いた事があった。
「その戦闘機が現地に持ち込まれ、『九七式戦闘機』とは違う活躍をしたという事でしょうか?」
「ああ、その通り。二種類の試作戦闘機は、4機ずつ合計8機で実験的な飛行隊を編成。実戦的な場所での評価試験という名目で、飛行場の防空にだけ使う予定だったんだけどね」
「敵が来たんですね」
そう聞くと龍也叔父様は頷き、私だけでなく全員に顔を向ける。
「ソ連空軍がね。我が軍は、満州北東部の双鴨山、鶏西に展開。このうち南側の鶏西は海軍航空隊が、双鴨山には陸軍航空隊が展開していました。
陸海軍とも、本来の拠点の陸軍は新京、海軍は朝鮮北部にいた各飛行隊を、18日の戦闘以後に増援を受けて増強。約200機の戦闘機の体制を整えました。
そして22日黎明、レーダーや目視による報告を受け、各戦闘機隊は総力を挙げて飛行場を直ちに離陸。敵編隊より上空に展開。各飛行場より前面での戦闘を実施しました」
「敵の数は?」
誰かが言った。けど、龍也叔父様が数字を言わないという事は、不確定な数字しか分からないのだろうと予測がつく。
それでも全体として桁が一つ上がった、もはや紛争とは思えない数の戦闘機が迎撃するとなると、聞きたくもなるというものだ。
「現在判明している推定数で、総数約150機。相手も全て戦闘機でした」
「爆撃機はなしですか?」
「ああ。まずは、制空権を取らないと話にならないと判断したんだろう。相手の司令官は、なかなかに切れ者だ」
「飛行場を襲うなら、普通は戦闘機の護衛を付けて爆撃するもんな」
そんな事を呟くのは龍一くん。士官学校に通うので戦闘の定石というものが分かるのだろう。
けど次の質問は、主な質問相手のお爺様だ。
「敵はどこから飛んで来た?」
「北部はイマン、南部はヴォロシーロフの北部と見られます。レーダーは、その辺りから飛び上がる機影を確認しています。初戦の爆撃機は、ハバロフスク、ウラジオストク周辺の基地から飛び立ったと見られています」
「で、そこから飛んで来た奴らを、越境して来たところでお出迎えしたわけだな」
「こちらが十分追撃できるように、数十キロ奥に入ってもらいましたけどね。
そこでの戦闘では、海軍航空隊にも陸軍の情報を回して、初戦と同じように相手より上空で待ち構え、まずは逆さ落としでご挨拶。その後は格闘戦に持ち込む、という流れになりました」
「そこで新型が活躍したのか?」
「はい。二種類の試作戦闘機は、最高速度、上昇速度、降下速度の全てで大きく勝るので、他とは別個に戦いました。また4機ずつしかないので、2機ずつ一組で上昇、降下を繰り返す編隊空戦を主に行なったと報告にあります。この戦法は、玲子が見た夢での情景もヒントになっています」
「それで散々に打ち破ったわけか。だが、今日も空中戦は続いていると聞いたが?」
「はい。ですが、ソ連空軍の勢いは明らかに落ちています。22日から4日連続で襲来し、2日目には増援を受けたらしく数を盛り返して来ましたが、本日の報告では22日の半数もいませんでした。息切れしたと見るべきでしょう。
これを彼らが覆すには、最低でも極東中から戦闘機を集めなければ不可能です」
「そりゃあ重畳。これで露助が諦めるとは思えんが、連中が本格的に日本に喧嘩をふっかける可能性が、これで下がったわけだ。他に良い話は?」
「そうですね。試作機には、ブローニングの機関銃を搭載していますが、従来の7ミリに対してこの13ミリは圧倒的な威力を発揮しています。搭載した新型機は、対爆撃機戦でより効果を発揮すると考えられます。
それと海軍ですが、増加試作の新型機を13機持ち込み、一方的な戦果を挙げたと報告を受けています」
「海軍の新型か。三菱が全力で開発してたやつだよな?」
「はい。ここ数年は軍が出す資金も豊富になり、開発競争が過熱しましたからね。川西の機体とは違う自社の瑞星エンジンを搭載した、高速型だと聞いています」
「川西の開発に焦ったって話だな。おっと、今は露助だったな。連中、どれくらい襲ってきて、どれくらい撃墜した?」
「4日間の累計は、のべ400から450機。撃墜数に関しては、墜落したものを現在計測中ですが、最低でも150機以上。最大の方の推計は、撃墜申告数が襲来した敵の数より多いので何とも言えません。
ですが、連中の現状の稼働機は、100機を超える事はないでしょう。帰りつけなかったり、帰投後破棄されたりした機体、それに帰投できても修理を要する損傷機も多い筈ですからね」
「まあ、景気の良い話はそれくらいにして、悪い話は? 何もないとか言うなよ」
「はい。そこまで慢心していません。ソ連空軍は、5月は非常に練度が低かったのですが、今回襲来した戦闘機隊は見違えるような動きを見せたと報告が上がっています。精鋭を投入してきたか、この短期間で訓練をしていたのでしょう。
おかげでこちらも、前回と違い無傷とはいきませんでした。それに連日の戦闘でこちらも稼働率が落ちており、昨日の時点でさらなる増援を決めたところです」
「それだけか?」
「爆撃機が姿を見せませんでしたが、連中は戦闘機と同じ数くらいは持ち込んでいる筈です。それが初戦の2日以後だんまりなのは、気になりますね」
「何故か分からんのか?」
「推定ですが、こちらがあまりにも的確に迎撃してくるので、慎重になっていると考えられます。俺が連中なら、首を傾げていますよ。必ず自分達より上から、編隊で襲ってくるわけですからね。場合によっては、太陽の中から攻撃してくる。
搭乗員達に聞きましたが、そんな迎撃は悪夢だそうです」
「そりゃあごもっとも。それで、航空戦は圧勝できたわけだが、負けた向こうは次は何を仕掛けてくる?」
「砲撃戦でしょう。既にソ連国境の少し入った各所に、大規模な砲兵隊の展開、もしくは陣地構築が確認されています」
「こっちが越境爆撃しないと、たかをくくっているのか。舐められたものだな。そして砲撃で中洲と周辺を掘り返して、抵抗が無くなったら上陸する算段だな」
「恐らくは。ですが、砲弾まで越境してはいけない、という事をあちらが理解しているのか見ものですね」
お爺様とのやり取りの最後で、龍也叔父様が少し悪い笑みを見せた。
紛争はまだまだ続くらしい。
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『九八式戦闘機』:
サイズなどを金星エンジンに合わせ、少し野暮ったくした『紫電』がイメージに近いはず。
当然だが、史実には存在しない。
『九九式戦闘機』:
『三式戦闘機』ほど洗練されていない液冷戦闘機。
ドイツのハインケル社が開発した『Heー112』の影響を受けている筈。
こちらも史実には存在していない。
海軍ですが、増加試作の新型機:
史実では、『九六式艦上戦闘機』の次が「零戦」になる。
この世界では、川西(鳳)が牽引した事と、日本全体の発展加速に伴い開発は1年前倒し状態。『九九式艦上戦闘機』になるだろう。
今回は増加試作機で「瑞星」エンジン搭載だが、量産型は「栄」かもしれないし、自社の「金星」かもしれない。
既存の機体の説明は割愛。ネットの海を彷徨ってください。
ただ、細々と異なる機体になっているでしょう。
ソ連空軍:
第二次世界大戦でも、一部を除いて練度が低かった。
フィンランド空軍との戦いなど、悪い冗談にすら聞こえる。
史実のノモンハン事件では、第一次の時点で撃墜率は10対1、日本軍が凄く苦戦した第二次でも3対1程度。日本軍は数で押しつぶされた。
仮に日本側がもっと多くの戦闘機を投入出来ていれば、第二次でもさらに撃墜率が開いていた可能性が高い。
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