658 「航空戦(1)」
「レーダーとやらの事は、だいたい分かった。それで、戦闘の方は?」
一通り新技術の解説が終わると、お爺様が仕切り直す。
私としては龍也叔父様が口にした、「川西飛行機への投資」の波及についても聞きたかったけど、後でも構わないだろう。
「はい。先ほど説明したように現在のレーダーは2種類、距離と飛行高度を計測するものです。これらを1組として、野戦飛行場より国境に近い場所に数カ所、秘密裏に、5月から機材を運び込み設置。
さらに、目視による監視網を作り、これらの情報を有線、無線で結び、現地にある双鴨山郊外の野戦飛行場に設けた臨時指揮所に集め、各飛行場、航空機に即座に指示を出します」
と、そこで小さく挙手。軍事の事では珍しい事に、善吉大叔父さんだ。
「話の腰を折って済まないけど、日本にそんなに高度な連絡網を構築できるだけの機材があるのかな? いや、これは虎三郎の分野だったか?」
「まあ、そうかな」と顎を撫でつつな虎三郎が返し、龍也叔父様が小さく頷くのを確認する。
「軍機と一部部外秘があるから、内緒話でよろしくって事でな。それと、俺よりも電気に強い竜(りょう)とジャンヌが色々している。付け加えれば、この手のよく分からん物の出どころは、みんな気づいている通り玲子だ」
「ラジオやテレビとかの普及で真空管の需要が大きく増えて、性能も品質も大きく向上したからじゃないの? 最近は自動車にもラジオを載せたとか、ジャンヌが色々教えてくれたわよ」
「技術的には、ラジオやテレビの普及もあるにはある。大枚はたいてアメリカやイギリスから、色々と買い込んだりもしたからな。最近だと、真空管を沢山使うテレビの増産が進んでいるから、真空管の生産と精度向上はうなぎ登りだ。小型化も進んでいる」
「おかげで真空管の値段は下がり、無線機の値段も下がって精度も向上した。だから航空機にも、信頼性の高い小型の機材が搭載できるようになった。ここ数年の進歩と変化は目を見張るばかりだね」
「龍也が求めた戦車や装甲車両への搭載も、順調に進んでいるぞ。ついでに、軍内部に技術者と電気関連の整備兵も増えたな」
「その辺も聞いたことある。で、私の話は?」
「まあ今の所は、現場だと影響が出ている程度だな。俺に色々言ったの覚えているか?」
そこで少し思い返す。小さな頃から、虎三郎には思いつく限りの未来の技術を言ったり絵で見せた。
私が見たものを理解していなくても、発想や概念が重要だと言われたから。
東北大学の件もそうだし、レーダーもそうだ。ついでに、レーダーが放つ電磁波の話の先として、電子レンジの話もした覚えがある。電子レンジは、是非とも早々に実用化して欲しいところだけど、未だに実験室レベル以上の形にはなっていない。
けど、無線機となるとあまり思い浮かばない。
最近だと、ジャンヌとの話でも色々話したのを思い出す。
「まあ、小さな頃に聞いた話だから、思い出せんのも無理はないか。真空管の代わりに鉱石を使うって話は覚えているか?」
「ああ。シリコン? ゲルマニウム? いや、トランジスタだったっけ? ジャンヌが凄く興奮していたわね」
「まあ、両方だな。その関連で、電子機器部門の研究部署がデカくなったんだよ。金もつぎ込んだしな。その余禄で、さらに良い真空管が大量に作れるようになった。真空管を作ってるのは、うちだけじゃないが」
「けど、トランジスタを使った装置の開発成功って話は、まだ研究室や実験の段階じゃなかったっけ? こないだ、ジャンヌが試作品を持って来てたけど」
言いつつ、満面の笑みのジャンヌが手にする、どう見てもトランジスタラジオな小さい箱を思い浮かべる。
まだ私の知るものより大きかったけど、間違いなく未来を先取りした代物だ。
そしてその中に使っている、黒い石に金属の線が何本も生えたような部品も、何種類も見せてくれた。どの鉱石の配合が一番なのか、色々と試していると。
私のたわ言も、技術オタクや天才にかかれば形になって目にできるのは有難い。
「だからそう言ってるだろ。だがな、色々と研究したけりゃあ、人、モノ、金がいる。そしてそれがあれば、既存技術の向上も可能となる。うちの製品は川西の飛行機にも載せているが、随分と好評だぞ」
「機材面はそうだけど、玲子が話してくれた事は、今回使用した防空網構築にとても参考になったよ」
「そうなんですか? 空襲に対処する方法は、先の世界大戦でイギリスが構築したものなのでは? それに今のイギリスも、新たな防空システムを構築し始めていると思うのですが」
そう問いかけると、龍也叔父様が強めに頷く。
「先の大戦のイギリス軍が参考になったのは間違いない。だけどね、新しい技術も組み込むとなるとまた違ってくる。恐らくだけど、イギリスの新たな防空システムというものと似ているんじゃないかな?」
「あー、多分そうだと思います。あ、けど、イギリスの件は」
「分かってるよ。駐在武官などに少しカマをかけてもらったけど、全く何も出てこなかった。もっとも、今の我が軍も同様なのでお互い様だ。そしてそれで、ソビエト空軍に対して極めて優位な戦闘が展開できている」
「じゃあ、そろそろ、その極めて優位な戦闘とやらの概要を聞かせてくれ」
そう言ったお爺様は、ちょっと退屈そうにしていた。
(単に話を早く聞きたいだけ?)
長い付き合いなので、お爺様の性分もある程度は分かるけど、これは派手な話を聞きたいモードだ。
龍也叔父様も、言葉に従い「では改めて」と仕切り直す。
「ソ連空軍の越境偵察及び戦闘行為は、5月28日以後しばらく止みました。ですが今月17日に、係争中の中洲の偵察を再開。さらに18日には、中洲の爆撃を実施。
これに対して我が航空隊は、レーダーなどの偵察情報に従って邀撃(ようげき)を実施。18日の戦闘では、ソ連側が爆撃機のみで護衛の戦闘機を伴っていなかった為、我が方の『九七式戦闘機』2個飛行中隊が攻撃。爆撃を阻止しました」
「撃墜は?」
「記録しています。撃墜記録に関しては、先月の戦闘で誤認や重複が多かった為、地上から偵察も兼ねて観測班も出すようにしましたが、撃墜は確実です。しかも大陸と前回同様に、ほぼ一方的な戦いを展開する事が可能でした」
「ほう、大戦果か」
「あくまで初戦は、です」
「そのあとは苦戦したのか? いや、その前にどう戦った?」
「こちらは『九七式戦闘機』。相手の双発爆撃機は高速が売りですが、大陸での戦いで脆い事が判明しています。そこでレーダーによる事前情報に従って相手より上空をとって、第一撃は逆さ落とし。演習なら、これだけで半分は落とせます。なにせ相手は脆い機体ですから。
ですが現実は、そこまで簡単ではありませんでした。ただ相手の脆さ、と言うより防御砲火の貧弱さ、それに練度の不足を突いて、十分な戦果をあげる事が出来ました」
「なるほどな。だが、最初だけというわけか。まあ、散々に負ければ、相手も対策を取るよな」
「ええ。そこで我が方も、護衛を付けるなど相手の対策を警戒したのですが、翌日も似たような戦闘が展開されました。
翌日は中洲ではなく、その対岸の陣地に襲来。明らかな越境攻撃ですが、向こうが先に攻撃した事でこちら側の戦いの正義は成立しました。戦闘では相手に合わせて数を増やし、3個飛行中隊で邀撃。
そして前回同様に待ち構え、散々に打ち破りました。ただ、相手の数が推定で約30機と多く、また速度に優れるので、かなりの数に逃走を許しました。こちらは国境の向こうでの戦闘は厳禁していますから」
「そこは痛し痒しだな。で、結果は?」
「結果は、襲来した約30機に対して、各戦闘機の戦果報告の合計は60機以上。観測班や現在分かっている地上の残骸の数から考えて、撃墜数は襲来した数の半数程度と推定されております」
「ソ連の爆撃機は、そんなに弱いのかな?」
お爺様が少し考え中なので、それを見て善吉お叔父さんが相槌を入れる。
「機体はツポレフの『SB』。スペイン内戦、大陸でも見られた、ソ連空軍の主力爆撃機です。双発機で、我が軍の『九七式重爆撃機』や『九六式陸上攻撃機』と同程度の機体です。機体が頑丈とはいえない上に防御火力が弱く、我が方の損失はありません。ただしかなりの高速なので、一度引き離されると攻撃が難しいですね」
「なるほどね。では我が方の戦闘機は、足の遅さが問題なのかもね」
「速度はソ連の新型の『Iー16』より速いのですが、『SB』が爆撃機の中では高速なのです。ただ、脆い機体相手なのに一撃で落とせない場合があり、爆撃機を相手取るには『九七式戦』では火力不足が考えられています」
「なるほどねえ」
善吉大叔父さんが、なんとなくと言った感じで納得している。
私は納得できるほど分からないけど、そういうものなのだろうというイメージで聞く。善吉大叔父さんや、他のみんなも大半がそんな感じだ。
違うのはお爺様だった。
「で、その大戦果は前座だったわけだな。ここ数日の戦闘はどうだった? 大激戦だそうじゃないか」
「相変わらず耳がお早いですね」
「今話した緒戦の空戦は殆ど聞いてないが、大激戦になった理由が分かったよ。それだけ一方的にやられれば、露助も頭にくるわな」
「おっしゃる通りです。ですが、我が方は相手領土に手が出せないので防備最優先で備えていただけですが、それが功を奏した形になりました」
「謙遜するな。そのレーダー開発や通信・連絡の仕組みは、随分と苦労したと聞いてるぞ。玲子の夢に付き合うのも大変だな」
「そんな事ありませんよ。今回は、色々と先回りした戦いが出来たと、一同が実感しております。まあ、事情を知らない者は、目を丸くするような者が少なくありませんけどね。狐に化かされたようだと」
「色々か。新型を随分と投入したんだろ?」
「はい。海軍も我々への対抗意識から、新型機を増加試作の評価段階で持ち込んでいました」
「川西の飛行機もですか?」
「ああ。まだ正式な番号は付けられていないけど、仮称で『九八式戦闘機』とされている」
「去年? 開発された年が去年だからですね」
「本当は採用する皇紀にするが、川崎が先代が陳腐化した雪辱を果たそうと新型を半ば売り込んできていて、それが仮称で『九九式戦闘機』としたせいだね」
「同じでは混同するから方便だな。その辺、案外適当だから、気にしなくていいぞ」
「うん」と返すと、龍也叔父様の説明が始まった。
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レーダーが放つ電磁波:
電子レンジは、レーダー技師がレーダーの電磁波照射からヒントを見つけた。
1946年に最初に開発したのもレーダーを開発・製造している会社。アメリカのレイセオン社。
トランジスタ:
真空管に代わる半導体素子。1940年代末に実用化。
この世界では10年くらい先取りした事になる。
世界大戦が起きれば、爆発的に発展そして普及する、かもしれない。
1940年台前半に量産化できるのならば、かなりエグい発明になる。
トランジスタラジオ:
真空管の代わりに半導体素子の「トランジスタ」を使用したラジオの事。
1948年にアメリカで発明。
1955年に東京通信工業(現・ソニー株式会社)が、世界で初めて発売した。
この世界、ソニーは成功できるんかな?
正式な番号:
陸軍は「キ○○」と「キ」の後ろに順番に数字が付く。
計画のみでもこの番号が振られるので、この世界では史実とは違う番号順になる筈。
今回登場の機体は、恐らく30台後半の番号になるだろう。
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