655 「次の名前」

 6月3日、私達の3人目の子どもが無事現世にエントリーしてくれた。

 母子ともに健康で、二度目の出産という事もあり私自身は心身ともに少し楽だった。

 赤ちゃんの元気な産声はエントリーしてすぐに聞けたし、私自身も半日も経たずにほぼ問題なく動けるようになっていた。


「三人目は男子か」


 同世代のみんなから、一通りおめでとうなどという言葉を聞いた次の言葉を言ったのは、龍一くんだった。

 その言葉を受けているのは、鳳の本邸の一角。去年から私達が占領している区画の赤ちゃん達の部屋だ。というのも、みんなが来てくれたのは1週間空けた11日の日曜日だった。勿論、産後の私の体を気遣っての事だ。


 もっとも、母子ともに健康&順調。出産から3日で退院して、鳳の本邸へ帰って来た。

 赤ちゃん達の部屋には、1年前からのパイセンが3人、半月ほど前に生まれたパイセンが1人いるから、これで一層賑やかになった。

 そしてその部屋は前日の土曜日午後から来客が増えて、私が出産入院している部屋の翌日は千客万来となった。

 今は、私の同世代の子供達の順番ってところだ。



「うん。何か良い名前の候補はある?」


 寝付いた次男をみんなで覗き見しつつ、何となく聞く。

 1週間が経とうというのに、まだ名前が決まっていないからだ。


「そうだなあ」


 何となく聞いただけなのに、龍一くんはかなり真剣に考え込んでしまった。それを瑤子ちゃんが、仕方ないやつだなあって感じで見ている。

 というか、全員が龍一くんに一旦視線を向けた。

 他は、虎士郎くんが別で、いつもの天使の微笑みを私に向ける。


「まだ考えてなかったんだね」


「うん。今、二人で考え中。お爺様も、今回は二人で好きにしろって」


「それが良いんだろうな。それに蒼家の男子は、瑞獣から一字取ればいいから付けやすいだろ」


「そうか? 俺から見ると、難しいように思えるんだがな」


「一族の子供が沢山増えたものね」


 玄太郎くんの言葉に答えた勝次郎くんに、瑤子ちゃんが同意する。この所の定番の流れって感じだ。そして私も勝次郎くんに同意だった。


「そうなのよね。もうだいたい一巡しているし、定番は誰かの名前だから悩んでるのよ」


「それなら蒼の字を入れるのは? 紅家の方は、確か紅を入れるだろ。紅龍博士のように」


「紅家の宗家はね。けど、曾お爺様以外は蒼って誰もいないのよ」


「そういえばそうだな。何か理由があるのか?」


 そのやりとりをした勝次郎くん以外が、それぞれ顔を見合わせるけど、全員が知らないと顔に書いてあった。

 当然、私も知らない。というか、聞いたり調べたりした事が無かった。


「多分、何となくじゃないかしら? それに蒼家の男子は、麒麟の字を入れる事が決まりっぽくなってるものね」


 瑤子ちゃんの言葉に、思わず深く頷いてしまう。


「そうなのよね。麟太郎の時も、お爺様が出したもう一つの候補が麒太郎だったのよ」


「それだと、瑤子のところの双子と似た感じだな。だが、それでも良かったんじゃないか?」


 少し離れた場所で、世話係と遊んでいる双子ちゃんへ、全員が視線を向けつつ言葉を交わす。


「そうすると、本家筋は麒一郎、麒一、麒太郎と、私を例外として鳳宗家の長男は麒の字を入れるって伝統になりそうじゃない」


「それで、双子揃って麟の字で合わせたわけか。では、次男が麒の字を入れるのか?」


「いや勝次郎、蒼家の名付け方からすると、兄弟で同じ聖獣は続けないんだ。今回は麒麟以外の、青龍・白虎・玄武のどれかだな」


「なるほどな。だが蒼を入れないという事は、それらの色も入れないわけだな。確かに選択肢が限られてくるな。……一応聞くがもう一つの朱雀は、鳳の姓と被るから使わないんだよな」


 再び勝次郎くん以外の全員が、顔を見合わせる。


「これも何となく使わないだけか。だが、朱雀を二つに割ったら、朱は紅と半ばかぶるし、残りが雀ではあまり名前には使えないな」


「使わないのは、大方そんな理由でしょうね。だから玄、龍、虎のどれか。もしくは、その漢字違い。それに今回の場合は、次男って分かりやすい字を足すのが定番。けど、ほぼ全部の名前がもう居るから困りものってところね」


「ならば、聖獣を二つ合わせるのは? 勇ましい名前になりそうじゃないか?」


「それだと、力士か坊主の名前みたいだぞ」


 玄太郎くんのツッコミに、全員が一瞬様々なパターンを思い浮かべたあと笑ってしまった。

 龍虎とか玄龍は、確かに力士かお坊さんにいそうだ。でなければ、私的には和風漫画のキャラ名だ。


「じゃあさあ、いっそ一文字は? 竜(りょう)さんみたいに。一文字って人気じゃない」


 虎士郎くんの言う通り、この時代の男子の名前の定番は漢字一字。勇とか清とかが人気だ。そしてこれも、鳳という漢字一字の苗字とは、漢字で書く一文字ずつが並ぶので人気は今ひとつ。それこそ、一族内では竜(りょう)さんしかいない。


「それだと龍の字以外はほぼ厳しいだろ。かろうじて玄くらいだが、一族内に玄の字が付く者が多いから、避けた方が良いと思う」


「玄太郎くんが言うと重みが違うわね」


「それじゃあ、「つぐ」の字と違う感じにするのはどう? 二や次以外にも、嗣や継があるでしょう」


 玄太郎くんの微妙な顔を横目で見つつ瑤子ちゃんがそう言いつつ、指で空中に漢字をなぞる。


「けど、名前を呼ぶ時に紛らわしくないかなあ? 音って大切だよ」


「虎士郎くんの言う通りなのよね」


「それでは、他の瑞獣の名は使わないのか?」


「他?」


「ああ。勿論、鳳の苗字にちなんで、四聖と麒麟なのは分かっているが、日本には多くの聖獣がいるだろう」


 確かに勝次郎くんの言う通りではある。

 日本には、四聖同様に大陸由来だったり日本発祥だったりで多くの聖なる獣がいる。ぶっちゃけ白ければ神様だし、十二支だって聖なる獣だ。

 お稲荷さんの狐や、狸だって神様か神様の使いだ。

 ただ、それは違うだろというのが、一族全員の総意だった。


「ダメなのか。まあ、そうだろうな」


 勝次郎くんも分かってて言っただけみたいだ。けど、言葉に続きがあった。


「いっそ、今までから外れるのはどうだ? 慣例や韻を踏むのも大切だが、親から子への贈り物だ。それ、女子の名のように吉祥に関わる文字なら、いけるんじゃないか?」


「紅家の直系以外の男子は、吉祥から取っている事もあるね。いけるんじゃないかな?」


 虎士郎くんは勝次郎くんの提案に賛成みたいだけど、他は「うーん」となる。こういうのは、家柄とかが高いという意識があると、意外に重い問題だからだ。

 似たような会話は、ハルトともこの1週間散々して来たので、私も「うーん」と唸らざるを得ない。


 前世の私なら、「推し」の名前から選びそうだけど、現実はそうはいかない。

 故にこうして千日手状態に陥っていたのだ。

 けど、こういう状況は、勝次郎くんは気に入らない。


「玲子、候補はあるのか?」


「一応ね」


 そう言いつつ、ちょっと歩いて色々と書き留めた紙を持ってくる。

 そこには、候補の名前の羅列と、パーツとなる漢字一文字の羅列が並んでいる。既に二本線で消している名前も少なくない。



玄士郎、玄也、龍雄、龍之介、虎彦、虎之介、……


玄介、蒼玄(あおのり)、玲龍(瓏)、龍騎、虎南、虎鉄、……


玄、龍、虎

次郎、二郎、次、二、嗣、継

也、彦、雄、助、亮、輔、介、之、之介、士郎


太郎、一郎など長男系は除外。麒麟も同様



「……行き詰まってる感は伝わってくるが、この中から選べば良いんじゃないか? 幾つか例外はあるが、どれも良い名だと思うが?」


「そう? じゃあ、いっそのこと投票で決めましょうか?」


 「それは止めろ」。半ば投げやりになりそうに口から出たら、一瞬で止められた。ごもっともだ。

 だから小さく両手をあげる。


「分かってる。次男とはいえ一族宗家の子だから、ちゃんと決めるわよ。けど日数もないし、勝次郎くんのお墨付きももらったから、この中から選ぶことになると思うわ」


「頑張れよ」


「力になれずごめんね」


「僕達の将来の光景を見るようだな」


「うちは、鳳ほど縛りはないから楽だろうな」


 それぞれコメントを添えてこの話もおしまいとなった。

 そうしてその日の夜、ハルトと二人で次男の名前をようやく決めたた。

 三人目の子、次男の名は、晴虎さんの虎の字をもらうという形で、虎之介を選んだ。

 ただ次が女の子だと、玲の字をつける事になりそうだった。

 


__________________


今回は閑話休題。ほぼデザイナーズノートのような回でした。

名付け易いように規格化したのに、それでも名前を考えるのは一苦労です。


なお、進めるべき話がまとまらないので、挟ませていただきました。

もう何話かしたら、紛争再開します。(いわゆる最後の戦闘?)

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