649 「国境紛争勃発?(3)」
「龍也叔父様、話を続ける前に確認したいのですが、ウスリー川以外でソ連赤軍やモンゴル軍の動きはないのですね?」
「ない。1935年頃から増えた国境紛争は、もっぱら満州北部の黒龍江、ウスリー川のあまり人が住まない地域、紛争になり得る中州のある場所が中心だ。航空機による領空侵犯も同様だね」
私の言葉に、龍也叔父様が頷いてから答えてくれた。
そして他の人たちも気になっている事なので、そのまま続ける。
「モンゴル国境は? 随分前のモンゴルの内紛からこっち、あまりモンゴル軍が満州や内蒙古と揉め事を起こしたという話は聞かないのですが、大丈夫なのですね?」
「今までの報告などは目を通してくれている前提で話させてもらうと、抑止効果が出ている、というのが半ば部外秘での分析だ」
私の質問だけど、全員にゆっくりと首ごと視線を向けていく。私が『夢』で見た、モンゴル国境での紛争の可能性はないという為だろう。
そして龍也叔父様が、軍事機密以外で伝えられる事は、全て鳳の中枢の人には伝えられている。
ただし、鳳自体が大陸での独自の情報網があるので、そのバーターで手に入れた情報が加味されているので、一部は軍事機密も含まれていた。
そしてその中にソ連、モンゴルとの国境紛争に関する情報もあるけど、私が懸念していた国境紛争は確かに少ない。
満州国が成立していないから、火種が少ないというのもあるだろうけど、それ以外の理由もあるという事だ。
「5年ほど前のモンゴルでの内紛の折、モンゴルは多数の事実上の亡命者を出した上に、内蒙古臨時政府というモンゴルから見て南東部からの抑えが生まれた。
そして満州では、日本軍が常に極東ソ連軍の約半分の戦力を維持している為、ソ連の国境紛争は大きく減少していると分析されている」
全員が龍也叔父様の言葉に頷いたり、同意の反応を示す。ここまでは、鳳の大人なら把握している情報だ。
「また、玲子の夢にあった国境紛争問題だが、陸軍内で調べてみるとシベリア出兵時に手に入れた地図には、確かに大規模紛争が起きる地域の境界線が少し違っていた。しかし現状は、国境線に問題はない」
これも今までに分かっていた事。そして私の夢が発端なので、あまり表立った話ではない。一族でも、玄太郎くん、龍一くんは知らない話だ。
「一方で互いの軍事均衡だが、満州臨時政府はソ連と接する国境線の警備を重視しており、モンゴル方面に向ける兵力は非常に限られている。だが内蒙古は、満州、中華民国との関係が良いので、兵力の大半をモンゴルに向けている。この為モンゴルは、兵力の実質半分以上を内蒙古に向けざるを得ない。
単に兵力の問題だけでなく、モンゴルの現状に不満を持っている者達も、内蒙古の軍に多く含まれているからだ」
「だから満州方面に向けられる戦力はなく、向ける理由もないと?」
「モンゴルには、ソ連赤軍が駐留している。その気になれば、国境紛争を起こす事は可能だ。だが、モンゴルから事を起こさせないと意味が薄れてしまう。何しろ、モンゴルという国はソビエト連邦ロシアだけが認めた国に過ぎない。
当然だが、満州、内蒙古共に外交上は中華民国が相手となるので、日本以外が首をつっこむ可能性も十分にある」
善吉大叔父さんのその言葉に、龍也叔父様は首を横に振るけど、言葉言葉は引き続き全体に対してだ。
けど続いて、私へと顔ごと視線を向けてきた。
「正直なところ、ここまでモンゴル方面でソ連の動きが低下するとは予測すら出来なかった。玲子の夢、いや、導きのお陰だよ」
「お役にたてて何よりです」
半ば反射的に笑顔でそう返したけど、私もこんなに押さえ込めているとは予想外だった。歴史を捻じ曲げ、引っ掻き回したと言っても、結果自体は半分以上は偶然や、歴史の玉突き現象の結果に過ぎない。
そもそも小さな頃は、国際情勢や外交にまで手が出せるとは考えてすらいなかった。そしてそんな事は、お爺様や龍也叔父様も知っている筈だから、私が奢(おご)ったり自慢するような事ではない。
このやりとりは、私が小さな頃からのたうち回ってきた事への感謝と、多分だけど子供を巻き込んできた事への謝罪とお礼ってところだろうと思う。
そしてそんな感傷じみた事は、互いの一言で済む話。
本題は先へと進んでいく。
小さく挙手したのは、龍一くんだ。
「父上、モンゴルからは手出しが出来ないから、ソ連は自らの国境線で事を起こしているという理解で宜しいでしょうか?」
「ああ、間違いない。確かに自国が当事者になれば、色々と出来る事も増える。逆にうやむやに出来なくなるが、共産主義国家がそんな事を気にする筈もない。軍事的にはどういう見方が出来るか、分かるか?」
「そうですね」。父親の言葉に、龍一くんが少し考え込む。そうしていると、いつもの脳筋や食いしん坊が影を潜めて、インテリな面影が前に出てくる。
「玲子の言ったように、東欧で行動を起こすのなら、欧州正面により多くの兵力を傾けたい。だから極東の兵力は最低でも現状維持、できれば減らしておきたい。この為に日本軍を一定程度撃破し、心理的に怯ませる必要がある、でしょうか?」
「そうだな。大凡は、その意図になるだろう。加えるなら、これ以上は極東での日本との兵力の積み上げ競争は避けたい、という思惑があるだろう。
彼らから見て、日本は着実に軍備拡張を行い、しかも追加予算で大規模な軍備拡張を決めたばかりだ。日本がこれ以上兵力を積み上げても、一度撃破して痛い目に合わせておけば、自分達はあまり兵力を積み上げなくとも心理的に抑止力となる」
「なるほど」。龍也叔父様の回答に、龍一くんが低めの声で唸る。
そして全員が痛感させられた。
大規模国境紛争は避けられない、と。
(ん? つまり、逆に日本軍がソ連軍を撃破すれば、ドイツはともかくソ連は東ヨーロッパでの行動が無理とは言わないまでも鈍る? それが二人の目的? ……けど、それだけなら、別の手もあるよね)
不意に先の景色が見えたので、龍也叔父様とお爺様に順番に視線を向けると、龍也叔父様は視線で肯定のサインを返し、お爺様はニヤリを笑みを浮かべる。
「さて、全員が同じ認識に至ったわけだが、玲子、この次はどうする?」
「……そうねえ、フィンランドにもっと支援か援助できない? 出来れば、イギリス辺りを巻き込んだ軍事的な何か。それに先月28日、ドイツがドイツ・ポーランド不可侵条約破棄を宣言しているから、ポーランドやバルト海諸国も巻き込んだ防共協定の拡大でも良いけど」
口にした事だけど、その中のいくつかは、日本の対ソ連外交として既に進められているものもある。
そしてソ連、ロシアが相手なので、交渉相手もちょー乗り気だ。歴史的な因果応報でしかないけど、ロシアって周りから嫌われすぎだ。
「いきなりそうきたか。俺としては賛成だが、先を見過ぎじゃないか?」
ツッコミを入れるお爺様だけど、とても楽しそうだ。
「けど、フィンランドは戦争になったらすごく頑張るし、先に手を打っといたらソ連が困るでしょう」
「それはそうだが、東欧で色々動くとソ連が極東での動きを鈍らせるかもしれん。極東では、でかい戦にならんぞ」
「別にいいじゃない。今の日本は戦うより、備える時よ。避けられる戦いなら、日本軍がソ連の手に乗る必要はないと思うの」
「それはそうだが、仕掛けてきたのは露助だ。何か成果か結果が出るまで、連中止めんぞ。それに戦は、相手あってのものだ。こっちの都合だけでは動かん」
「それを動かすのが外交でしょう。戦争も外交の一つの手段なんだから。少なくとも、野放図に紛争が拡大して全面戦争にならないよう、打てる手は打つべきだと思うんだけど?」
「俺も玲子に賛成です」
即座に龍也叔父様が賛成してくれた。他も賛同者は多い。
そして少し考えたお爺様も、小さくため息をついて賛成してくれた。
「根回しするこっちの身にもなってくれ。とりあえず、宇垣さんと吉田には伝えとくよ」
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1935年頃から増えた国境紛争:
史実のソ連は、兵力差に開きが出たので日本軍を舐めて、満州国境近辺では紛争しまくっている。偵察機の越境すら平然としている。
日本が先手を打って満州国を作っていなかったら、第二次世界大戦までに満州全体がソ連の勢力圏になっていた可能性も十分にあったと言われる。
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