529 「戦略研究所第一回報告会(4)」

 ・1939年夏(01巡目)

・赤軍  :南京政府(蒋介石)

・青軍  :中華民国(張作霖)

・主戦場 :支那

・状況  :青軍の圧倒的優勢

・結果  :こう着状態の継続

・補足説明:支那南部の奥地で赤軍がゲリラ戦

・中立国 :ドイツ、ソ連が秘密協定を締結



「赤軍、青軍双方への各勢力からの軍事支援で戦争が継続されるが、青軍が大半の港湾を押さえても、赤軍の支援経路の完全途絶は達成できず。

 このため青軍は、各国に荷揚げ港など封鎖の協力を強く要請。これに一部が応えた為、双方の陣営の後方で対立が激化」


 こんな感じで、何枚か置かれている移動式の黒板に大きく書かれ、さらに概要が付け加える。

 最初の1巡目だからか、情報は少なく限られているらしい。


 なお、台は「兵棋台」、駒は「兵棋」。台の上の駒を動かす棒は、「参棒」と呼ぶらしい。軍隊から借りてきた言葉で、いかにもそれらしいけど、正直どうでもいい。

 そして今の所は、3つある台のうち極東を指示棒のようなもので示されていて、そこに駒が配置されている。欧州と世界にも駒は沢山置かれているけど、まだ動く気配はない。

 動いている極東も、大陸の一部の駒が示されただけ。日本、ソ連共に駒は沢山置かれているけど動きはなし。


 そして「2巡目」と書かれた黒板が出現する。ひっくり返しただけで、すでに内容が書かれていた。これが複数枚あって、1名が付いているから順次書き込んでいくんだろう。ご苦労な事だ。

 ただし私達に見せる為に用意したのではなく、ここでは一般的に行われている事のようだった。


 それはともかく、2巡目にはこう書かれていた。



 ・1939年秋(02巡目)

・赤軍  :ドイツ、ソ連

・青軍  :ポーランド、イギリス、フランス

・主戦場 :東欧(ヨーロッパ)

・状況  :ドイツによるポーランド侵攻開始

・結果  :ドイツ、ソ連によるポーランド分割

・補足説明:ドイツ軍機械化部隊、空軍の多用

・中立国 :日本、アメリカは中立維持



「1939年9月、ドイツ軍はポーランドに全面的な侵攻を開始。英仏は最後通牒を言い渡した後に、ドイツに対して宣戦布告。しかし戦争準備が整っていない為、自国の防衛力強化以外の行動には出ず」


「ドイツ軍は、多数編成された戦車師団を中心とする機械化部隊を騎兵のように運用し、ポーランド軍の前線を突破して後方に迂回。敵軍の組織的抵抗力を早期に奪う。また、今までの軍縮により重砲兵戦力が不足する事も重なり、空軍力による事前攻撃を重視。空軍力の圧倒的な差もあり、ポーランド軍は各地で撃破される。

 機械力を用いた迅速な進撃により、首都ワルシャワは1ヶ月半で陥落。その直前にソ連が参戦して、ポーランドをドイツと東西で分割占領」


「一方、ポーランド以外での戦争は、低調なまま推移。ドイツ側も、英仏の即時参戦を予測していないと想定。フランス軍がライン川西岸の一部に侵攻。但し軍事行動は、10月に入ってから開始。双方の大規模な戦力が向き合う頃には冬に入った為、互いに大きな動きには出ず」


「これに対してソ連は、バルト海東岸の国々に対して、「旧ロシアの回復」を旗印に事実上の侵略を実施。まともな軍備を有しない各国は、軍事的抵抗を見せる事なく降伏。ソ連軍の進駐を受け、事実上併合される」


(確かフィンランドが頑張ったんじゃなかったっけ? まあ、この時代の普通の視点で見れば、そんな事有りえないもんなあ。それにしても、ドイツ軍がちゃんと電撃戦するって予測が、もう想定できるんだ。さっきの説明と違っているのは、驚かせたかったから?)


 そんな事を思いつつ、近くにいる幹部の人たちに視線を向けていくと、陽性の笑みで笑い返して来る人が多かった。

 これが最初の話し合いとは違う結果であり、私達に見せたかった事だろう。

 そして純粋に「大したもんだ」と思ったので、その笑顔に大きめの笑みを返しておいた。


 そうしてその後も季節ごとに戦争が巡っていったけど、戦争展開のかなりが私が知っているものに随分と近かった。


(というか、未来を知らない筈なのに、赤軍(ドイツ軍)の発想がトリッキー過ぎない?)


 それが私の偽らざる感想だった。

 前世で軽くだけど見た資料や論評などは、ドイツ軍が新しい戦争の時代の幕を開けたと記されている。機械化部隊を用いた電撃戦、奇抜な作戦、かなり危険な賭けに勝った事、それらが組み合わさりフランスに対する戦争は進んだ筈だ。

 そしてドイツ軍が西ヨーロッパ、北ヨーロッパで鮮やかに勝利したので、ソ連軍は動くに動けないのは変わらなかった。フィンランドが戦わなくても、この辺りに違いはでないと判断されたみたいだった。


「意外そうではありませんな?」


 そう聞いてきたのは、一見暇そうに私達と並んで見物している『スパイ』。口元に少し皮肉げな笑みを浮かべている。


「私は軍事の専門家ではないので、意外も何も、評価のしようがありません。そういうものなのだと、受け入れるだけです。ですがこの見世物は、とても興味深いですね」


「なるほど。我々としては、作り上げたオモチャを評価して頂けたなら、今回は成功だと考えておりました。これでも、色々と試行錯誤したものでね」


「ご苦労様です。ところで、見世物としての体裁を整えて実演するのは、手間でしょうか?」


「手間といえば手間ですが、我々としては囲碁や将棋の感想戦みたいなところもあると考えてます。実際にこうして見ていて、気づく点もあります」


「そうですか。なら、時間を余分に差し上げるので、定期的に催して下さい。色々な人に見せたいと思います」


「代金でも頂戴するのですかな?」


「役者と音楽も呼んだら、代金を頂戴しても良いかもしれませんね」


「その予算も出して頂けるので?」


「必要なら。それに見世物ではなくても、私達は仕事中に静かな音楽を流していたりもします。静かな音楽や良い香りは、能率向上にも良いんです。ご要望でしたら手配しますよ」


「そりゃあモダンだ。私個人としては、是非にお願いしたい。それにしても、こんな事をしろと命じられるだけの事はありますな」


「高い評価、痛み入ります」


 話がかなり脱線したので、軽く頭を下げる事で話の打ち切りを宣言した。

 向こうもそれに気づいてくれた。


「話を戻しますが、私たちが意外に思っていないと考えられた理由は?」


「駒の動きに、あまり反応されていなかった。あれは、前の大戦でドイツ軍がやろうとした事の逆をやったんですよ。そうしたら、見事赤軍の裏をかくことができた。まっ、実際はこんなに上手くはいかんでしょうがね」


 そう結んで肩を竦めたけど、定石の裏をかく作戦というのが、誰もが思いつけるものではないという事は知っているつもりだったので、首を軽く横に振った。


「そうだったんですね。随分素早い戦争展開なので、機械化部隊と空軍をうまく活用したのだと思っていました」


「何故そう思われましたか?」


「どちらも、人の足より余程素早く移動できるではないですか。それに戦車は、塹壕だって容易く乗り越えると聞きます。そして兵力を一箇所に集中する点は、確か近代軍事学というもので見かけました」


「軍事に素人だとおっしゃるが、十分に知識をお持ちではないですか。ならば、見せ甲斐もあるというものです」


 電撃戦以外の言葉を探しつつ無難にまとめたけど、意外に評価されたみたいだった。

 近くでは、他の幹部も感心げに話を聞いていた。

 けど、それ以上という事はなく、その後は淡々と机の上の戦争が進んでいった。


 私の前世の記憶との違いは、細い点を除けば日本がドイツ側で戦わない事。これに尽きた。

 アメリカ共々、遅れて参戦し、それなりに戦い、それなりに活躍し、そして本国は戦争特需に沸き返った。


 そして戦争自体は、ドイツが海軍力の不足から英本土を攻めあぐねるも、イギリスはドイツのUボートでボロボロになる。

 そしてイギリスが一旦疲れ切ったところで、欧州大陸の総力を結集したドイツはソ連に攻め込む。そしてソ連領内深くに攻め込むも、モスクワに迫るほどではない。

 赤軍大粛清の情報が加味されていないからだ。


 その後ドイツと欧州の戦いは膠着するけど、遅れて日本とアメリカが参戦してイギリスの側から押し返し、ドイツの敗北で戦争が終わる。

 全体のイメージとしては、太平洋戦争のないのは勿論だけど、欧州戦線も少し地味だった。


 けど、数時間にわたるリプレイって感じの机の上の戦争は、相応に面白かったし、興味深かった。



「本日は、大変興味深いものを拝見させて頂きました。今後とも、この調子で宜しくお願い致します」


「少しでも期待に応えられるよう、所員一同努力と研鑽を続けさせて頂きます」


 私の言葉に、所長の南さんが型通り返事を返す。けど、前世の歴史やネットで見た情景を知る者としては、少しばかり期待はずれだったので、無理押しする事にした。


「そのお言葉に甘えて、少しばかりお願いしたい事があるのですが、構いませんでしょうか?」


「我々が出来る事でしたら何なりと。一体なんでしょうか?」


「是非して頂きたい想定があるのです」


「前提条件を設けた想定の実施ですか? それでしたら、基本的な研究と机上演習が終われば行っていく予定です。何か優先したい想定が?」


「はい。日本とアメリカが、全面的に戦う想定を考え、そして机上演習してください。出来れば、何通りもしてください。外に漏れたら問題となるような想定や机上演習でも構いません。今回のような半ば戦争の手伝いではなく、日本が戦争当事者だったらどれだけ戦えるのか、その限界が知りたいのです」


「外に漏れたら問題となる想定に加えて、日本の限界ですか。それは、本当に何が起きても?」


「はい。所員の皆様には、より厳重な守秘義務を課す事になるかもしれませんが、最悪の想定も考えて下さい。何事も限界を知らなければ、出来ない事があります」


「分かりました。存分にさせて頂きましょう」


「宜しくお願い致します」


 何かを悟ったような南さんに対して、私は深めに頭を下げた。

 私としては、私が、いや私達が捻じ曲げて作り変えた日本が、一体どれだけ戦えるのか、どこまで戦えるのか。それを知っておく必要があったからだ。



__________________


電撃戦:

この場で使うわけにいかない言葉。

広く知られるようになったのは、第二次世界大戦のドイツ軍の戦闘によってだろう。



近代軍事学:

1921年に、英国のジョン・フラーが「野外要務令」として発表。フラーの考えは、電撃戦の理論の元となった。

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