530 「女学校卒業」

「仰げば尊し〜♪ 我が師の恩〜♪」


(転生してきて二度目の卒業式か)


 3月中旬の日曜日。女学校を卒業した。

 女学校最後の学年は、今まで以上に淡々と時間は過ぎた。

 学級内での話し相手は、みっちゃん達女子の護衛担当の側近だけ。ぼーっと過ごした私も悪いけど、正直退屈だった。

 この点だけは、大学に進めばと少し後悔した。


 ただ勉強自体は、大学に行く必要はない。

 私というかこの体の頭脳は、教科書を読んで理解し要点を覚えてしまえば、一等賞が取れてしまう。見本や実技のいらないものは、先生も学校もいらなかった。

 主に私は学業以外で有り難く使っているけど、体の主では宝の持ち腐れだった事だろう。夢の中での体の主のアンニュイな感じも、肯定しているように思える。


 それでも私にとって卒業は卒業だ。この年まで無事成長できたと思えば、十分に目出度い。

 そして私は、これを一つの区切り、けじめにしようと前々から思っていた。



 そんな私の卒業式の参列者達は、講堂の壁一面に貴賓席を用意して陣取っていた。

 何しろ、お父様な祖父からはじまり、婚約者のハルトさん、それに同世代の鳳の子供達、勝次郎くん、姫乃ちゃんまでいる。さらに、時田ら私の執事達、シズ達メイド、お芳ちゃんなど側近達まで全員集合状態だ。


 日曜だというのと学生最後という事で、こぞって参列してくれていた。

 ていうか、半ば敷地内だからか、紅龍先生達までいる。

 だから警備の方も、なるべく目立たないようにしてるとはいえ、凄い事になっていた。

 学園の周辺を含め敷地一帯が『鳳王国』で、普段から必要十分に警備がされているのに、まるでサミット開催都市みたいだった。


 しかも、セバスチャンが手配したのが間違いないであろう写真班と映写機班が、1人2人ではなく「班」の単位でいた。私は撮られ慣れていたけど、私以外の卒業生や参列者がいつも以上の事態に引いていた。


 私は最後まで学年首席だったから、卒業生代表で答辞をして女学生生活を締めたけど、撮る価値があるのは卒業証書授与と精々それくらいなのに大げさ過ぎる。

 けど、機会があれば何でも記録しとけと最初に命じたのは私だし、記念と思えばいいだけ。女学校もただの通過点だ。


 何しろ、私の進むべき道は決まっている。

 私自身、一族、財閥の破滅を避ける事。その延長に、日本に少しでもマシな道を進んでもらうように仕向ける事。年々、最後の事に一番力が入っている気もするけど、大は小を兼ねると開き直るようにしている。

 そして私がさっさと結婚して子供を産んでしまえば、一族の破滅はさらに遠のく。だから縁談話がでると、即座に乗ったわけだ。


 唯一の心配は、この世界が乙女ゲーム『黄昏の一族』と関係が深いんじゃないかという点。私だけが心配している点。

 そしてゲームのメタ視点で考えれば、私のポジションである悪役令嬢が、ゲーム途中で攻略対象でもない人と婚約どころか結婚するのは、イレギュラーな行動もいいところだろう。


 けど、他の事もそうだけど、ゲームと違うことしても、ゲームと違う状況を作り出しても、それが強制的に修正された事は今まで恐らく一度もない。

 歴史そのものの方が、揺り戻しか修正か因果律かは知らないけど、私が原因で曲がった点を修正や補完してきているように思えるだけだ。


 一方で、私が関わったか原因となった事以外で、誰かが歴史を捻じ曲げているとは考え難い。

 姫乃ちゃんも、私のように誰かがインストールされたようには見えない。転生か召喚かされたのは私一人。


 そして私は、壇上からみんなを見て、歴史を自分の都合よく捻じ曲げる以外、これからは変な意識を持たないようにするのはやめようと思った。


(この世界が本当に乙女ゲームの世界だったら、その時はその時よね)




「皆様、本日は私の卒業式に参列して頂き、改めてお礼申し上げます。ありがとうございました」


 式もつつがなく終わって参列者と落ち合い、みんなから「卒業おめでとう」の言葉を受けてから、改めてみんなの前で深々と頭をさげる。

 お礼とケジメというやつだ。沢山に参列してもらって、本当に頭が下がる。これ以上進学できない残念さは、私の中のごく小さな感情であって、みんなへの感謝とは別のものだ。

 そしてある意味、謝罪も兼ねて頭を下げた。


「何を今更畏まっている。いつも通りで良いぞ。これだけいたら、外野の連中は近寄れんからな」


「お父様、私も礼儀くらい心得ています」


「無視ばかりするくせに。まあ、なんにせよ卒業できて何よりだった」


 お父様な祖父の言葉に、周囲の人たちも深く頷いたりしている。けど、学業の成績でこんな言葉を言っているんじゃない。単に成長を喜んでくれている。

 だから私も素直に笑顔を返せた。

 そしてそのみんなの中から、時田が半歩前に出る。


「玲子お嬢様、祝うほどではないとおっしゃられておりましたが、こうして皆様も集まって下さいましたので、僭越では御座いますが、ささやかな宴席をご用意させて頂きました」


「そう。ありがとう時田」


 なんだか久しぶりに、時田の凄く執事らしい言葉を聞いた気がしたので、軽く苦笑しつつ返事を返してしまう。

 けど今日は、一応私の祝いの日。みんなも好意的に受け止めてくれている。

 

「どこでするの? やっぱり鳳の本邸?」


「移動が面倒であろう。我が家に用意させている。子供達も玲子が来るのを待っているぞ」


 そう言って、一歩ズイっと前に出て来たのは紅龍先生。式典中は、セバスチャン共々大泣きしていたので、まだ目元が少し赤い。


「こんなに大勢で大丈夫?」


「任せるが良い。と言いたいところだが、本邸から人を借りた。それに庭も開放するから、広さなら問題ない。多少なら学友も連れて来て構わんぞ」


「ありがとう。けど、ここにいる人達だけで十分よ。それじゃあ、歩きながら行きましょうか」




「それでは改めて、鳳玲子様、女学校卒業おめでとうございます!」

 

「おめでとー!」「おめでとうございます!」


 司会進行を買って出たセバスチャンの音頭取りで、「ささやかな宴席」が始まった。

 けど、大きな部屋とその前の芝生の庭を開放した立食パーティー会場には、50名ほどがいた。

 規模は少し小さいけど、10年ほど前の鳳の本邸での春のパーティーを思わせた。


 そして私は、みんなの声に応えて再び頭を下げてお礼の言葉を伝える。

 こうやって何度もおめでとうと言われ、こちらも応えていると、卒業式よりも卒業したのだという実感が持てる気がした。


「まさか玲子が、一番最初に学校を上がってしまうとは思わなかったな」


「僕も大学院まで行くと思っていた」


「俺は、玲子はハーバード辺りをはしごして、自慢されるものとばかり思っていたな」


「でも、玲子ちゃんが大学行っても教えられる先生なんていないだろうし、ボクはこれで良かったと思うよ」


「それに玲子ちゃん、表情が少し柔らかいわね」


 いつものメンツ、龍一くん、玄太郎くん、勝次郎くんが好き勝手に言う。虎士郎くんも、これからは好きな事をすればいいってニュアンスだ。多分、自分と重ねているんだろう。瑤子ちゃんだけが、同じ女子だけに言葉に労いがある、気がする。


 側近達は別の場所で、そっちに姫乃ちゃんもいるので、今の周りは幼馴染と言える鳳の子供達と勝次郎くんだけ。

 一番気が許せる面々だからこそ、私に好き勝手言って来る。

 大人達は、大半が昼間っから酒を飲んで宴会状態。なんだか、宴会の口実にされた気がしなくもない。


「それで玲子、結婚までに何をするんだ? また何か妙な研究所を立ち上げたと聞いたが?」


 そして一巡したら、勝次郎くんが意外に真剣な目で私を見てくる。


「妙じゃないわよ。今後の世界がどうなるかを、多角的に研究してもらうのよ。今後の経営戦略を立てるためにね」


「玲子の代わりか。結婚の為の準備か?」


「あー、確かにそうかも。色々複雑で、考えるのも大変だものね」


「意識せずそんな研究所を作って何をする?」


「お金儲けよ」


「そうじゃなくて、結婚までに、だ」


「ああ。そっち。旅行。英国王の戴冠式にお父様の名代として参列予定。ただそっちは半ば口実で、ペンフレンドやお得意様に会って来るの」


 そこまで言ったら、瑤子ちゃんが軽く抱きついてきた。小さな頃は私の方から抱きついていたけど、今ではお互い似た感じになったなあと思う。


「いいなあ、ヨーロッパやアメリカに行くんでしょう。私も休学してついて行こうかなあ」


「個人的には大歓迎だけど、お兄様の説得の助太刀はしないわよ」


「お父様の説得なんて絶対無理。とはいえ夏まで待ってたら、玲子ちゃん晴虎さんと結婚しちゃってるもんねー」


「私は先に行っちゃうけど、瑤子ちゃんもいつか綺麗な姿を見せてねー」


「勿論っ!」


 言葉とともにギュッと強く抱きしめられる。

 そして私は、顔だけを勝次郎くんに向けると、周りもニヤリとした笑みを浮かべている。

 勝次郎くんだけが、ちょっとバツ悪そうだ。


「甲斐性を見せろってさ、勝次郎」


「お前ら兄弟は、俺に何か言う前に相手を見つけて来る事だな。なんなら、紹介するぞ」


「山崎家の紹介ならと言いたいが、こればかりはご当主や父上が決める事だからなあ」


「そうだよね。ボクはお父さんからは気にするなって言われているけど、周りの人ってギラついた人か遠慮する人の二種類しかいないんだよねー」


 天使の笑顔で、虎士郎くんは相変わらず怖い事を言う。人を見抜く力は、相変わらず健在だ。

 そして周りも、アハハとどこか力無い笑いになる。うちや山崎家ほどになると、家同士で決める方が波風が立たなくていい。自由な虎三郎の家ですら恋愛婚はマイさんくらいだし、一目惚れ同士だという紅龍先生とベルタさんも、お互いの家柄などが釣り合ったから成立した。


 そんな風に思うと、私は随分と恵まれている。恋愛で色々しなくて済むし、決められた相手は文句の付けようもない上に、婚前に深くお付き合いもさせてもらっている。

 大学に行くのを諦めるくらい、代償にもならないほどだ。


「私は先に進ませてもらうけど、3人は学校も続くんだから、マイさんみたいに恋愛で相手を探しても良いんじゃないの? 若いんだから、それくらいの気概を見せなさいよ」


 そう言いつつも、もうこの世界が乙女ゲームかどうか、真面目に考えるのは控えようと思った。


 

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