528 「戦略研究所第一回報告会(3)」
「支那中原での全面的で大規模な内戦の発生。これにより日本は極東情勢で身動きがし辛くなり、ソビエト連邦は極東での安全を確保する事になります」
『参謀長』のその言葉で、まずは架空の世界大戦の序曲が始まった。
そしてそこからは、日本の情勢を抜きにした第二次世界大戦が勃発する。流れはほぼ同じく、ドイツとソ連の秘密協定付きの不可侵条約の締結、ポーランドへの侵攻、英仏の宣戦布告だ。
そしてそんな会話をしている目の前では、講堂内のレイアウトが急ぎ変更されつつある。
元気な『前線指揮官』と神経質な『主計係』が、その指示をしている。
今回の一番の目的、机上演習の結果を目の前でダイジェストで見せてくれるから。私的には、ネットで見たゲームのリプレイとか公開プレイを見るような心境がちょっとしている。
今聴いているのも、ちょうどゲームのオープニングムービで流れる解説のようなものだと思うと、なおさらデジャビュを感じそうになる。
「そしてフランス軍は直ちにラインラント方面から、ドイツへの攻撃を開始。戦争は本格化します」
「アレ? フランスはすぐにドイツに攻め込むの? ラインラント進駐では何もしなかったのに?」
「はい。宣戦布告した以上、多少準備不足でもラインラント、ライン川西岸を押さえてしまうべきですし、ポーランドに注力しているドイツに対して、十分可能と判断します」
思わず素になった私の言葉に、『軍師』の人が回答。やっぱりこの人が、軍事面では中心みたいだ。
「ドイツのある意味心臓部であるルール工業地帯へ圧力かけられますし、ライン河を通行止にしてドイツの物流を大きく阻害する事も可能となります。行うべきであり、行えるのですから、行わない筈がありません」
『参謀長』が続いたけど、いかにもインテリらしい理詰めの言葉。ただ、私の知る戦争とは違っていた。
けど、今それを言っても仕方がない。全員それが分かっているから、私の代わりにお芳ちゃんが小さく挙手する。
「そこは分かりました。それでポーランドでの戦いはどうなりますか?」
「はい。まずはドイツが攻め込み、ポーランド軍の組織的抵抗力が大幅に低下したら、東側からソ連軍が侵攻を開始。ワルシャワより東側のどこかの街で握手する事になるでしょう。また、ソ連の参戦理由は、先の戦争で奪われた領土の奪回だとすれば、彼らの中では理由づけとして十分です」
再び『参謀長』の言葉。この辺りの展開は同じだ。
「ポーランドでの戦いが終わるのと、ドイツ軍の主力がライン川方面に戻るのはいつ頃ですか?」
「ポーランドの戦いは2ヶ月程度。ドイツ軍は急ぎ戻るとして、1ヶ月で再展開を完了。フランスは本格侵攻には準備不足。ここで戦争は、膠着状態になります」
「2ヶ月もかかりますか? ドイツ軍は急速に軍備を拡大し、機械力、空軍力を重視しています。もっと迅速な戦争展開も可能ではないでしょうか」
「我々もその点は考慮しました。ですので塹壕戦は発生せず、発生したとしてもドイツ軍が容易く超える事ができると考え、戦争期間は短いだろうと結論しました。その結果が2ヶ月です」
「そうですか。その後は?」
「ソ連はポーランド以外の東欧地域、バルト海沿岸地域への圧力を強化。優位な体制づくりをさらに進めます」
「ドイツは、フランス軍に加えてイギリス軍の遠征軍もライン川西岸にやって来るので、こう着状態に陥るでしょう」
「そのままだと、ドイツはジリ貧で負けてしまいそうですね」
「高い工業力を再稼働させたドイツですので、本格的な戦時体制を組み上げると、海を越えて兵力を送り込むイギリスが与する英仏に対して優位となり、徐々に押し返すと考えられます」
そう説明が続き、その後も私から見ると地味な第二次世界大戦がダイジェストで語られていく。
(戦車軍団の電撃戦は想定されてないのか……)
そう思ったところで、様子を見ていた『スパイ』がニヤリと笑みを浮かべ、『参謀長』がヤレヤレと言った表情になる。そして南所長を含めた幹部全員が、『軍師』へと視線を向ける。
そして代表してか、『参謀長』が口開く。
「今の話は、机上演習の前の資料を目にしつつの話し合いでの戦争展開でした。しかし、さらに議論を重ねた上で行われた机上演習は、違った展開となりました。それを今から、お見せします」
そうやって示された講堂の盤面を見ると、準備が整ったみたいだ。
「この講堂の裏手には2つの「司令部」があり、赤軍、青軍に別れた陣営はこのミニチュア版で作戦を立てて、この場にいる判定係に知らせ、判定結果がこの場で示され、そして情報収集などの判定を加えた上で、それぞれに通知される仕組みになっています」
「判定はどのように?」
「サイコロです。運を含めた不確定な判定の全てに使われます」
マイさんのごもっともな質問に、解説してくれた『参謀長』ではなく、マイさんに近かった『軍師』が何故か頭をかきつつ答える。
「例えば?」
「例えば、ある海上戦闘が発生した場合、大砲の弾は何発当たるのか、どこに当たるのか、その結果船は沈むのか、などを決めます」
「かなり面倒ですね。時間がかかるのでは」
「そうですね。我々は、春夏秋冬の1季節を1巡りとして、この1巡りを一日かけて行います」
「つまり4日で1年?」
「はい。戦争が仮に4年続くなら、半月程ここで戦争ごっこを続けるわけです。今回の場合、想定自体は1939年8月から、丸6年かかりました」
「24巡りの週6日として、1ヶ月も?」
「週5巡り、土曜は半ドンですので個人研究などに割り振りましたので、5週間ですね」
「でもそれは、今から見る机上演習だけで、ですよね」
「はい。ですので、研究自体は秋に始めましたが、資料を揃えてまずは起こりうる状況を体系化。その結果を再現。駒が揃い机上演習出来るようになるまでに、年を超えました。そして1月から2月なかばにかけて机上演習を行い、ようやくご報告出来るところまで漕ぎ着けたという次第です」
マイさんを相手に『軍師』の説明が続くけど、大人数が1ヶ月もかけてシミュレーションする程の大ごとだとは、私は想像していなかった。
して欲しいことだけ伝えて後は任せ、簡単な途中経過以上の報告が中々ない事も疑問だったけど、これで疑問も氷解した。
起こった事を、あえて伏せていたのだ。
(そりゃあ、自慢げに見せてくれるわけだ)
私が感心していると、今度はお芳ちゃんが小さく挙手。
「あの、赤青の二つにしか別れないんですか? ドイツとイタリア、米英仏あたりは同じでも構わないと思いますが、ソ連、それに日本は少し立ち位置が違うように思いますが?」
「確かに。我々も、国ごとに代表を立てる方法を最初は考えました。ですがそれだと、複雑になりすぎて時間もかかるし、収拾をつけるのも大変だと、すぐに分かりました」
「そこで、戦争は先の世界大戦のように二陣営。赤青双方は交戦国のそれぞれを、そして中立国、歴史全体の流れは判定係に行動判断を委ねる事としました」
「まあ、先人の知恵を借りて、無理やり囲碁や将棋、チェスなどに当てはめたわけですね。陣営を複数に分けようとする自体が無謀でした」
途中を継いだ『参謀長』の言葉を『軍師』が締める。この二人の関係は良好そうなのが、こうしたところから窺い知れる。
「皆さんは、赤青、判定係に別れたんですよね。どのように?」
「判定は南所長と直属の人達に。我々は二手に分かれました。そして私が青軍の司令官を、彼が赤軍の司令官を担当しました」
『軍師』が『参謀長』を示す。さらに『スパイ』が、「私は青で、赤を引っ掻き回しました」と付け加え、『前線指揮官』が赤、『主計係』は全体の調整などもあるから判定係の指揮に回っていたと分かった。
「準備が整ったようですな。では、とくとご覧あれ」
『スパイ』が演劇の座長のように私達の前で大げさな一礼をして、架空の戦争の幕が上がった。
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