505 「夏の避暑(2)」
「だからって、今日もこんなに早く海に出なくても」
瑤子ちゃんが愚痴るように、翌日の朝、ラジオ体操をするような時間に女子達で浜辺へと繰り出した。殆ど誰もいない砂浜が、ちょっと気持ちいい。
そんな風に江ノ島を見ていると、虎三郎の姉妹達を先頭に私に近づいて来る。
「玲子、水着を見せ付けるんじゃなかったの?」
「言うだけ言ったら、なんだか気が済みました。とりあえず、独身最後の夏に水着で海に来られたので満足です」
「だってさ、お姉ちゃん」
「玲子ちゃん、うちの兄を貰ってあげてからも、一緒に海に来てあげてね。鼻の下伸ばしっぱなしだと思うから」
「そうなんですか? ハルトさんからは、多少は恋愛に関する話は聞いたんですが?」
「何を言ったか想像つくけど、言ってるだけ。女性の前で、紳士を気取りたいだけよ」
「マイさん、大人ですねー。私も勝次郎さんに、海に連れて行ってもらえるように頑張ります」
「瑤子なら大丈夫よ。勝次郎君もほの字じゃん」
「そういう沙羅は、エドワードさんとどうなの?」
「あー、まあ、朝っぱらから話せないくらいの関係には進んでるから、安心して」
「……逆に安心できないわね。順調ならそれで良いけど」
なんだか話が、恋バナへと進んでいる。確か昨日の晩も、オリンピックのラジオ放送の前にしていたような内容だ。
最初はパジャマで女子会をしていたけど、放送が始まるというので話を中断したから、多分この流れなんだろう。
けど、男子どもは既に海に突撃しているので、周りには女子しかいない。メイドやお付き、側近も全員女子だ。
そして女子の頭数が多いので、いくつかグループに分かれている。基本的には、鳳一族と少し後ろの使用人達、そして私の側近達だ。姫乃ちゃんはゲストに近いから、私達といる。
側近の半数は警護任務で水着じゃないけど、気兼ねする必要がないのは同じだ。
「そういえばジャンヌさんとリョウさんって手も繋いでいませんけど、それも宗教的なものですか?」
「えっ? いえ、その、あの」
今まで私達の話を興味深げに聞いていたくせに、自分に話が来ると顔を耳まで真っ赤にしている。
どうして私の周りは、可愛い生き物ばっかりなんだ。私への見本の為なんだろうかと、何かに問いかけたくなる。
「そういえば、昨日の夜もその手の話は全然話してくれたなかったもんねー。どうなんですか、ジャンヌオネーサマ?」
「やめさないよ沙羅。恋愛は人それぞれよ。ねえジャンヌ」
「あ、はい、ありがとう、マイ。それにサラも気にしてないから。それと、二人きりの時は、その、あの」
「あー、仲がいいなら、それ以上言わなくても大丈夫です」
このまま話させると、顔どころか全身真っ赤にしそうだ。私はここまで恥ずかしがった経験がないから、かなり羨ましく思えてしまう。
けど、これ以上弄るわけにもいかないから、矛先を変えることにした。
「姫乃さんは、輝男くんとよく話していたけど、仲良くなったの?」
「えっ、ええっと、どちらかというと、私が一方的に話しているだけです。同じ鳳の書生同士で意見交換をと思ったんですけど、なんと言うか、会話が続かなくて」
「あー、わかる。輝男くんだもんね。けど、悪気はないから、これからも相手してあげてね。朴念仁だから苦労するだろうけど」
「あ、はい。私で良いのでしたら」
真面目な言葉を交わしてしまったけど、立場が上の私がこれ以上色恋沙汰の話を聞こうとするのも角が立つから、追及も諦めた。
向こうで他の男子達といる輝男くんに聞いても、似たような返答しかないだろう。
けれども、私プロデュースで姫乃ちゃんに着せた水着は大正解だった。私にはない可愛さを持つ彼女でないと、似合わない水着というものがある。
そもそも鳳の女子は全体的に身長高めだから、綺麗ではあっても可愛いというルックスやスタイルじゃない。新たに加わるジャンヌも、スタイルはアメリカンだ。
そしてそんな見事な肢体に、最新の水着をまとっている。デザインは、いつものようにココ・シャネル。
お手紙の交流はずっと続いているから、ちゃんとスケジュールを取ってもらい代金を出せば、最高のものを作ってくれる。こういうところは、シャネルはプロだ。
そんな彼女デザインの水着だけど、素材は主にシルク。もう背丈はほぼ固定したので、気兼ねなく上質の絹を使っている。
アメリカのデュポン社では、もうナイロンが発明されているけど、何かの製品として出てくるのはもう少し先だ。鳳グループのアメリカ支社からは、来年くらいに何かしらの製品化が発表されると報告している。
金子さんからも、帝人も似た感じと聞いている。
それはともかく水着のデザイン自体は、数年前と比べるともう少し未来へと進んでいた。それでもハイレグのハの字もないけど、もう少し布の面積が減っている。
また、胸を不自然に押さえつけるデザインは、アメリカでは徐々に消えつつあるので、それを取り入れている。
それでも基本はワンピースで、ビキニはまだだ。けどアメリカでは、セパレーツ水着が登場しはじめている。ただセパレーツというよりは、ツーピースといった感じ。商品名も、ツーピース水着だった。
あと今の時期は、アクセサリー常備がトレンド。泳ぐ時以外は、ヒール高めのサンダルを履くのが普通。あと、白人はサングラスを忘れてはいけない。
それ以外だと、ニベアが世界で初めてという触れ込みでサンスクリーン剤を発売したので、早速取り寄せた。
日本では以前からあったけど、使ってみた効果はあまり見られないから、化学先進国ドイツの製品というより、私的にはあのニベアなので早速使っている。
そんな日焼け止め対策など考えてもいない男子達だけど、少し向こうの男子達の水着は、やっぱりまだ上着付き。上はタンクトップになったツーピースタイプのデザインもある。
そして男どもは、泳ぐ気満々で海へと進んでいる。龍一くん、勝次郎くんは、今でも涼太さんに勝てないのが悔しいらしい。
そうして先に男子達が波打ち際につき、少し遅れて私達が追いつく。
「竜兄は泳がないの?」
「うん。昨日飲み過ぎて、頭が痛くてね。このまま泳いだら溺れるよ」
サラさんの質問に、確かに顔色が少し悪いリョウさんが振り向く。そしてその目というか表情が一瞬で穏やかになる。女子を見て反応したにしては、何かが違う表情だ。水着姿が嬉しいという、エロい目じゃない。
その視線の先を追うと、マイさんとジャンヌが互いを手伝いつつ海に入る準備に入っていた。
(前もそうだったけど、単なる惚気か)
「玲子ちゃんも海に入る?」
「せっかく海に来たしね。姫乃さんは?」
「ちょっと泳いでみたいです。玲子様は、泳いだらいけないんですよね」
「多分、一定距離以上に進んだら、沖のボートまで飛んできて、周りからも羽交い締めにされると思う」
そう言って笑うと、姫乃ちゃんも笑ってくれた。春の頃はガチガチだったけど、梅雨の頃くらいからは多少は慣れたらしく、こうして笑い合うくらいにはなった。
(ただなあ。その笑顔を、うちの男子どもに向けてあげて欲しいものね。男子どもも、問題ありだけど)
「それでね、水辺で遊び終わったら、後でビーチバレーしましょう!」
「ビーチバレー?」
笑い終えて提案すると、首を傾げられた。
当然だろう。バレー自体は日本でも多少は知られるようになっているけど、ビーチバレーが日本にまだ伝わっていないのは確認していた。
「それで使用人の人がバレーの準備持って来てたのね。けど、人数的に男女対抗?」
活動的なサラさんのごく普通のツッコミ。バレーは、この時代は9人が基本だ。側近達を入れれば、女子の頭数も足りる。
「いえ、1チーム2人の新しいルールがあるんです」
「へーっ! 面白そう!」
「新しいって事は、随分前からあるのかしら?」
「ちょっと調べてもらったら、20年くらい前にアメリカで生まれたそうです。最初は6人制だったけど、最近になって2人制を始めたそうです」
「ルールは?」
「する前に説明するけど、バレーを知っていなくても簡単」
「私も頑張ります!」
瑤子ちゃんへの質問返しに姫乃ちゃんも乗り気になったので、私も頷き返す。
「じゃあ、決まり! シズ、準備はお願いね。まずは、浜で遊びましょう!」
__________________
サンスクリーン剤:
日本では、1923年に大手企業から日焼け止めのクリームが発売。ただし、化学的なものとは言えなかった。
欧米では、1936年にニベアがサンスクリーン剤を発売。
なお、ニベア(NIVEA)は、ドイツバイヤスドルフ社の化粧品ブランド。
ビーチバレー:
1915年ハワイ発祥説と、1920年代のサンタモニカ発祥説があるらしい。
2人制になったのは1930年代。詳しくは不明だが、1930年には最初に2人制をした記録が残されている。
フランスでは、ヌーディストビーチのレクリエーションとして親しまれたらしい。
日本での普及は、戦後随分経ってから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます