506 「最後の夢枕?(1)」

「(私は鳳玲子。鳳一族の長子だから、一族の繁栄の為にも幸せにならないとダメ。もう、ゲームとか悪役令嬢とか関係ない! ……よし、寝るか)」


 眠る直前、メイドも下がった一人だけの自分の部屋にある大きな姿見鏡の前で小声で独白する。

 そして鏡の向こうには、気合い十分な表情の私がいた。


 女学校最後の夏休みも終わり、2学期の始業式を終えた。そして9月1日は私の父の命日でもあるから、9月最初の習い事と簡単な仕事の合間に法事も済ませる。

 そうして、つつがなく一日を終え静かに就寝するわけだけど、今日は9月1日。しかも4年に一度の9月1日。多分、体の主が夢枕に現れる。

 だから寝る前だというのに、自分自身の再確認をして気合いまで入れてしまった。



(そういえば、この4年に一度はオリンピック開催の年よね。何か理由があるのかなあ)


 そんな風に夢の中でぼんやり思っていると、何かが現れる気配を感じる。そして次の瞬間、体感的に辺り一面の景色が白というか淡い灰色というか、無色透明な感じの世界になる。

 そしてその中心に、丸い球体が浮かび上がる。


 もう何度も見てきた光景だ。間違いなく、体の主が現れる兆候。だから私は、その球体の方へと自ら進んで、仁王立ちに腕組みして待ち構える。

 別に自身に気合を入れたり、相手を威圧する気は無いけど、これを逃せば私達2人のゲーム終了が最後になるので、ちょっと気分を出そうとした。


 中心に現れた球体は、いつも通り徐々に人型を取り、そして精巧なフィギア、もしくはギリシャ彫刻のように白一色の美少女の姿を取る。違いは、髪の毛1本、皮膚の質感に到るまで完全に再現されている事。


 そのディティールは、色がついていないだけで人間そのものにまで変化もしくは進化していた。

 ただ、回を重ねるごとに、透けるわけじゃないけど薄くなるというか、存在感が無くなってきているように思える。



「お久しぶり」


「ごきげんよう。今回は随分と挑戦的ですのね。えーっと……そういえば、一度もお名前をお伺いしていませんでしたわね」


「名もないただのモブよ」


「モブ?」


「うん。その他大勢って意味。多分その代表。それよりも、今更名前聞く?」


「確かに今更ですわね。ですが、お伺いした方がよろしくて?」


「いらないわよ。私は鳳玲子。前世で死んでから、もう13年もこの体で生きてきたのよ」


「確かに、そうかもしれませんわね。私とは違う、鳳玲子で違いないのでしょう。では、もう一人の玲子さん。今夜もお話ししましょう。積もる話もある事でしょう」


 私の言葉に納得したせいか、いつもより親しみを感じる仕草で問いかけて来る。


「どうだろ? 聞きたい事は、まあ、あるといえばあるけど。それより、そっちは4年に1度しか、しかも私としか話せないから、退屈だったり寂しかったりするの?」


「どうでしょう? こうして話す時以外の意識は半ば眠っているような、まるで夢でも見ているように、あなたのしている事を見ているのだけですの」


「ふーん。……ねえ、全部なの?」


 改めて言われると、問うてみたくなる。起きてから寝るまでまるっと全部とか、放置プレイ&羞恥プレイも甚だしい。


「意識のない時もありますが、まあ全部ですわね。けど、安心なさって。わたくし自身が恥ずかしいと考えるような事は、覗き見したりしませんから」


「意識を遮断するとか?」


「眠っている感じかしら。それにどちらかと言えば、関心のある状況の時だけ覗き見ている感じですわね」


「大事な事は、ちゃんと見ててよ。もう一周するんでしょう」


「心配ご無用ですわ。知識や技術については、最後に引き揚げさせて頂きますから」


「へーっ、そんな事できるんだ。便利〜」


「わたくしの体ですもの。当然ですわ。それで、こんな雑談ばかりでよろしいの?」


 その言葉に気を取りなおし、少し居住まいもただす。


「あー、はいはい。まずは、3年後の9月1日に出てこられるの? いつも4年に1度なのに」


「それは大丈夫。普段より短くとも、必ず枕元に立ちますわ」


「そうなんだ。それと4年に1回って、オリンピックの年だけど、何か関係があったりする?」


「いいえ。多分ですけれど、別の理由だと思いますわ。お分かりになって?」


 見当もつかないから、すぐに首を横に振る。


「相変わらず張り合いのない。暦を見れば、子供でも分かる事ですわよ」


「暦? オリンピックで暦……ああっ、閏年! 確かに、それっぽいかも!」


「ぽい、とはなんですの。こうしてあなたはわたくしの体に転生し、4年に一度は夢枕に立っているというのに」


「そ、そうね。けど、今だに転生とか現実感がないわね」


「わたくしと違って、初めての事ですものね。そのうち慣れますわ」


「いやいや、私2周も3周も、前の記憶保ったまま同じ人生繰り返したくないんだけど。ちゃんと、一生を普通に終えさせてよ」


「分かってますわよ。その体はお好きになさってちょうだい」


「勝負に勝ったら、でしょう」


「ええ。けれど、ここまで状況が変化したら、大丈夫そうですわね」


「あれっ? もう敗北宣言?」


「わたくし公平ですので、事実を申し上げているまでですわ。ですけれど、わたくし自身、鳳一族、鳳財閥、この3つが完全に破滅するのは、1945年から47年あたりのこと。わたくしとの勝負に勝ったと油断なさると、どうなっても知りませんわよ」


「その通りだけど、先々も大丈夫なように色々と頑張ってきているんだけど?」


「半分以上は、わたくしには理解しかねる事ばかりなさっているものね。流石は、21世紀からいらしただけの事はあるわね」


「……やっぱり敗北宣言っぽい」


「そんな事ありませんわ。3周して何もなせなかったわたくしより、優れているのを認めたに過ぎません。それにわたくしが3周したからこそ、あなたがこうしていらして、わたくしは新たな知識を沢山得る事も出来ました。これは、ある意味わたくしの勝利と言えるでしょう」


「ものは言いようね。けどまあ、あなたの不屈の闘志の結果なのは確かよね。それより、1つ、いや2つ確認してもいい?」


「どうぞ、そのために来ましたのよ」


「うん。仮に負けたら、私の魂とかそういうものはどうなるの?」


「存じません」


「えっ? ……無責任過ぎない?」


「確かに、代役を求めはしました。ですけれど、求めたらあなたがいらして下さっただけですもの。追い出したらどうなるか、死んだらどうなるかは存じ上げませんわ。わたくしの体に来る前に亡くなられたのでしたら、そのまま死ぬのではなくて?」


「ま、まあ、確かにそうなのかも。それに、あなたは神様とか超越者とかじゃないものね」


「ええ。もしそのような存在でしたら、もっと効率よく、都合よく物事を動かしていましてよ」


「そりゃあごもっとも。それじゃあ逆に、私が勝負に勝ってこの体で天寿を全うしたらどうなるの?」


「存じません。普通に一生終えられて、天国なり極楽なりに行かれるんじゃありませんか?」


「……次の周回で、この体に囚われ続けるとかないわよね。今のあなたみたいに」


「次の体があなたのものであれば、そうかもしれませんわね。ですけれど、この体はわたくしのもの。ないと思いますわ」


「確証はないのね」


「ええ。そもそも、今も何が起きているのか、理由については分からないのですから」


「それもそうか。あなたが神様とか超越者とかなら、答えも分かったでしょうけど」


「もう一度申しますが、もしそのような存在だったら、こんな面倒な事をせずに、もっと直接的に解決していますわ。それに、そういった方をわたくしが存じあげていたら、そちらを頼るなり頼むなりしております」


「いちいちごもっとも。じゃあ、気を取り直して質問ね」


「……まあ、いいでしょう。さあどうぞ、質問なさってちょうだい」


(さて、後は何を聞いておけばいいのかな?)

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