501 「王様達への伝言」

「改めてご挨拶を、フェニックス・エンプレス」


「こちらこそ、ミスタ・スミス。ほぼ1年ぶりですね」


「オーストラリアでは、大変お世話になりました。にも関わらず、あまりお話なども出来ず大変申し訳なく思っておりました」


「では今回は、その分を挽回してください」


「もとよりその積りです。十分なお話が出来れば、と考えております」


「そうですね。お互いにとって有意義な話が出来れば、これに勝るものはありません」


「はい、全くおっしゃる通りです」


 そんな感じで、アメリカの王様達の私向けの交渉人ロバート・スミスとの日本での最初の歓談中。

 この人との付き合いも長い。

 最初は1928年秋からだから、かれこれ8年近くにもなる。けど白人だからか、出会った頃から歳をとった印象はない。アメリカンな胴周りにもならないし、スーツの下はジムで鍛えてそうだ。21世紀のニューヨークを歩いている方がお似合いかもしれない。


「それで、今回はどちらの方から来られたのですか?」


「ある意味全方面より。また今回の私は全権大使のような役回りでして、それぞれ担当を入れてのお話になるかと存じます」


「ではこちらも、話に合わせた者を同席させましょう。いや、むしろ素人の私は同席せず専門家同士が話した方が、話は滞りなく進むでしょうね」


「案件も多いので、小さな話についてはそうして頂けると我々も助かります。ですが、大きな話は必ず同席頂きたく存じます。何しろ、エンプレスは大きくなられた。なられ過ぎたと申すべきでしょう」


「背丈ではなく?」


 少し悪戯っぽく攻めてみると破顔された。

 ミスタ・スミスは芝居掛かった喋りだから、こっちも相手をし易い。


「ハハハハッ。確かにエンプレスは美しく成長なされましたが、あなたがお持ちの物が、です」


「そうでしょうか? ミスタ・スミスの主人達に比べたら、まだまだささやかだと思うのですが?」


「以前なら、そうだったかもしれません。しかし今は違う。いや、数年前から既に違ってきていました。

 そして正直に言わせていただくと、ここまで大きくなるとは予測を大きく上回っております。これに関しては、日本全体に対しても言えることなのですが、さらにエンプレスに置かれては、現状ですら道半ばに過ぎないご様子。

 そこで今回の私は、その真意の一端なりともお聞きするようにと、主人達から強く命じられて御座います」


「誰かに仕えるのも大変ですね。私は父や一族の大人達に嗜(たしな)められれば済みますが、皆様はそうはいきませんものね」


(まあ、そこらへんのリーマン管理職より、お父様の方が百倍怖いけどね)


 私の言葉にミスタ・スミスが、軽くおどける。軽くでもオーバー気味なのは相変わらずだ。


「そこは使う者と使われる者の差。それに使う者には別の重荷が、使われる者など信じられない程に課せられていると聞きます」


 そう言ったところで、言葉と態度に真剣味が増した。雑談は終わりらしい。


「エンプレス。単刀直入にお聞き致します。あなたは、どこを目指されているのですか? しかも急がれている。一体何故?」


「決まっています。日本を一等国にする事。明治維新以来、日本人にとって問うまでもない事です」


「それはあなた方、いや日本人の目指す先でしょう。私の主人達が、いえ私自身ですらお聞きしたいのは、エンプレス、あなたの目指す場所です。

 正直申し上げると、我々の分析班や研究班が両手を上げてしまったので、今回私はこうして日本まで再びやって来る事になりました。満足いくお答えをお聞きするまで、私はステイツに帰ることを許されていないのです」


「まあ、それは大変。けど、満足いくお答えが出来るか、本当に自信がありません」


「……ご冗談を、と普通なら返してしまいたくなります。一昨年のオーストラリアでの資源行脚でも、我々は予測を大きく上回る驚き、いや衝撃を受けました。あの資源量から推測するだけでも、エンプレスは100年先を見ておられるのは間違いない。

 私の本当の本心を言わせて頂ければ、エンプレス、あなたは何者なのかと問いたい程です。

 勿論、問うても答えが得られぬ事は、重々承知しております。また無理やり知ったら、恐らく私は日本から出られないか、どこかの海にでも沈められるであろう事も。それでも聞いてみたくはなる」


 相変わらずの芝居掛かった長広舌が続く。けど、何度も会っているせいか、ミスタ・スミスの本心も少し含まれているのが分かる。

 けど、私に答えられる事は少ない。

 仮に本当の事を教えても、信じてもらえないか、別の真実があると思われるのがオチだ。


「私が金の卵を産むガチョウだとお見せして、その利益の一部を皆様にお渡しする事で、少しばかり好き勝手にさせて頂いているだけです。

 その程度のお返事でよろしければ、いくらでも返せますが」


「はい。できれば、その一歩先のお言葉を伺いたく。もはや、日本一国には過ぎたる宝だという認識を我々はしております。金の卵を産むガチョウどころか、来るべき新たな世界のレガリアにすらなりうるのでは、と」


「まあ、光栄です。けれど、相変わらずミスタ・スミスは大げさですね」


 なるべく艶やかに笑ってから、少し間を置く。

 そして(まあ、多少なりとも何かを答えるのがこの人への義理であり、王様達とのゲーム続行のシグナルになるだろう)と考え、軌道修正を図る事にする。


(とはいえ、どう答えたものか……)


「ミスタ・スミス。今から話す話は、どこまで伝わりますか? 誰に伝わりますか? 多少なりともおとぎ話をお聞かせする以上、お教え願えないでしょうか?」


「最も中心のごく限られた者のみです。直にお聞きする私も、内容によっては墓まで持っていく事になるでしょう」


「そうですか。……端的に言うと先ほどの言葉通り、日本を一等国にする事です」


「ただし、何か別の要素がお有りだと?」


「はい。真の一等国、つまり先進国に一日でも早くする事です」


「日本は発展途上とはいえ、経済も工業も順調に発展させてきました。仮にエンプレスが不在であったとしても、いずれ言葉通り先進国になれるのではないでしょうか? 急ぐ理由は?」


「アメリカ合衆国と、本当の対立をしない為です」


 向こうも力を入れて来たけど、それ以上に力を込めて言葉を返す。何しろ私の真意だ。

 けど、舌戦はまだまだこれからだ。


「アメリカと日本は国交を結んで以来、常に友好関係にあります。現状でも、大きな問題があるとは思えないのですが?」


「ですがアメリカの多くは、日本を小国だと侮り、人によっては有色人種の国だというだけで蔑みます。逆に日本は、そう思われていると知れば、負の感情を持つでしょう。そしてそうした互いの感情は、簡単に戦争へと人の心を誘います」


「おっしゃる事は分かります。それと日本の産業と経済の発展が、どう結びつくのでしょうか?」


「アメリカは国内においても、力を持つ者しか認めません。移民の国、開拓の国なのですから、それは当然の気質です。ですがアメリカ人の多くは、アメリカこそが世界であり、他に関心がない者が殆どです。そしてそんなアメリカ人は、海外の国に対して自分達のルールを適用します」


「つまり、経済的に発展させる事で日本をアメリカに認めさせ、日米友好の一つの手段になさりたい、と?」


「半分正解ですが、やはり不正確ですね」


「やっ、これは手厳しい採点だ。それでは教授、正解はなんでしょうか?」


「アメリカの約13%、8分の1の国力、いえ国民所得を有する事。これが、鳳総研が弾き出した、アメリカという国家が他国との戦争に躊躇(ちゅうちょ)する最低限の数字です」


「……実に、興味深い数字ですね。しかし躊躇ですか」


「ええ。一歩踏みとどまらせる事が、経済の巨人にはとても重要なのです。殴りつけたら痛そうだな、と。その気になれば何でもできてしまうので、何かの枷がないと力任せに殴り、そして相手を倒せてしまいますから。

 そして後悔するのは、怒りに任せて相手を殴り倒した後になります。そんな悲劇は、お互いにとって何としても回避しないといけません」


「実際の戦争については私は専門ではありませんが、経済に置き換えると少し分かる気はします」


「それで十分だと思います。次に起きるかもしれない世界規模の全面的な戦争は、先の世界大戦以上に国家の総力を投じた戦争になるでしょうから」


「なるほどっ! エンプレスが見ている情景とは、それなのですね! 他にも聞きたい事は山ほどあるのですが、予想していた以上のお言葉を頂き感謝の念に堪えません!」


 まだ全部を話したつもりじゃなかったけど、かなり興奮している。演技も入っているかもだし、もしかしたら全部演技かもしれないけど、この驚き方は尋常じゃない気がする。


(このまま、この話の流れでも良いかな?)


「心配性なだけです。日露戦争のような奇跡は、二度とありません」


「確かに、そうかもしれません。それでエンプレスは、次の戦乱が近いと予測されいるのですね」


「はい。ミスタ・スミスと共にウォール街であの情景を見た時から、そう遠くない将来に起きると、漠然とではありますが考えました」


「あの時にっ! 私などの凡人とは、見ている景色が違うわけだ! それで、あと何年の猶予があるとお考えでしょうか」


「もうすぐオリンピックの始まる国で、まだ見つけていらっしゃらないのでしたら、『Mefo』という言葉を探してください。そこに答えの一つがあります」


「メフォ? まるで謎解き、いや宝探しのようだ」


(まだ知らないのか。じゃあ、これで締めでいいよね)


「宝箱を開けたら、あらゆる禍(わざわい)が封じ込まれているかもしれませんよ」


「かもしれません。ですが今、私は一つの希望を見ました。わざわざその箱を開ける必要もないかもしれません」


「私自身が、その希望を掴むため足掻いているのですけれどね」


「まだ掴めていない、と?」


「最後の瞬間まで分かりません。掴んだと思ったら、手の中から逃げていくものですから」


「確かに、そうかもしれません。そして掴む為に、今も足掻いてらっしゃるんですね」


「はい。『天は自ら助くる者を助く』という諺(ことわざ)もあります。ですからミスタ・スミス、まずはあなたと私で、より良いビジネスの話を致しましょう」


「願っても無いお言葉。こちらこそ、是非とも宜しくお願い申し上げます」


 そう言って、恭しくそしてオーバーアクションで一礼してくれた。

 それに深めの笑みを返したけど、ミスタ・スミスとの話し始めとはいえ、ちょっと言葉をフカシ過ぎたかもしれない。


 単に私は、アメリカと日本の全面戦争が回避できるなら、何でも良いだけなのに。



__________________


レガリア:

正当な王や君主であると認めさせる象徴となる物品。

王の所有する特権を指すものにも使用される。

三種の神器などもこの類。

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