500 「夏の計画」

「海はお盆までに行かないと荒れるし、クラゲも出やすいし、行くなら7月中か8月初旬がいいわよね」


「じゃあ、お盆前ね」


「龍一くんはいいの?」


「お兄ちゃんは別にいいの」


 瑤子ちゃんとそんな事を話すのは、鳳ホテル1階にあるメイド喫茶。最近では、ここを真似た喫茶が東京各所に出来たと聞くけど、お値段はともかく質ではここがダントツの一位だ。

 それよりも、私達が安心して立ち寄れる店として重宝している。こういう時間はもうあと少しの間までだろうけど、この店を作って本当に良かった。


「それで誰が行くんだ?」


「基本は、若い衆。虎三郎の兄弟姉妹とそのパートナー全員。そして今いる子供ね。これとは別に、子供だけで別に色々遊びたいところだけど」


「……念のため確認するが、俺が行って構わないのか?」


 軽く腕組みするのは勝次郎くん。勝次郎くんとも話しやすいように、今日もこのメイド喫茶を選んでいた。


「むしろ来て。女子全員にパートナーがいる方が良いと思うのよ」


「ジェーンさんが気を使わないようにだね」


「そうなると、僕と虎士郎がお邪魔になってしまうな」


「男子は別に1人で構わないわよ。お相手がいるなら、尚良しだけど」


 少し意地悪に攻めてみると、玄太郎くんには苦笑された。


「僕は残念ながら。虎士郎はいるんじゃないのか?」


「「エッ?! そうなの!」」


 女子二人でハモる。

 共学の音楽学校に通い始めたら出来るだろうとは思っていたけど、男子校状態の中学で出来るとは流石は虎士郎くんだ。

 けど、虎士郎くんは手を横に振る。


「いないよー。一緒に音楽をしている大人の人と話したりお茶をする機会はあるけど、二人きりって事もないしね。勿論、みんなみたいに素敵な女性を出会えたらって、常々思っているけどねー」


 いつもながらの天使の笑みでそう結ぶ。こういう事で誤魔化す子じゃないし、むしろ自然にサラッと告げるタイプだから、いないと言う以上、いないんだろう。

 だから瑤子ちゃんと二人して、軽くため息をつく。


「なーんだ、ビックリした。それじゃあ、玲子ちゃんのお付きの人達にお願いする?」


「やめて差し上げて。間違いなく、緊張で倒れるから」


「お芳ちゃんなら、大丈夫そうだけど?」


「お芳ちゃんは、昼間の海岸は連れて行かないわよ」


「昼間以外なら大丈夫でしょ?」


「そういえば、夏は姿見せない事が多いな。やはり何かあるのか?」


 そう聞くのは玄太郎くん。知らないらしい。


「うん。アルビノだから、夏の紫外線は天敵。ちょっとした日差しでも、肌が真っ赤になるからね。目も直射日光とか有り得ないし。外では日傘が基本装備よ」


「それで夏でも長袖なのか」


「うわー、大変だね」


「そういう事。それより、他に女子を誘う? 姫乃ちゃんなら、来てくれるんじゃない?」


「それでも1人だろうし、玲子の使用人達と同じで緊張するんじゃないのか? 普通の家の人だろ」


「そうだね。まあ、ボク達は気にしないで。兄弟二人で仲良くしているから」


「いや、虎士郎とだと、側から見ると意外にシャレにならないんだが」


 玄太郎くんが、少し嫌そうな顔をする。

 確かに、フワフワヘアーで童顔イケメンだし、一族の中では背も低い方だから、服装によっては少し離れると背の高い女性に見えなくもない。みんなも苦笑気味だ。

 言われた当人に至っては、「間違われた事があるもんねー」とアッケラカンとしている。


 ただ、自然な流れで姫乃ちゃんを誘おうとした、私の目論見はパーだ。

 誰もゲームの状況再現は求めていないし、もう前提条件崩れまくりとは言え、お互い男女として意識しなさすぎだろ、とは少し思う。

 そしてそんな風に、みんなを見つつ紅茶を口にしていると、勝次郎くんが瑤子ちゃんに話しかけていた。


「もう一人の寂しい男子の夏休みはいつなんだ?」


「お兄ちゃんは、お盆前から9月頭だって前言ってた」


「陸軍も意外に夏休みは多いんだな」


「うん。地方から出ている人もいるから、里帰りの為にも夏冬の休暇は普通の学生並みに取るんだって。一応陸軍の幼年学校と予科が、中学くらいに当たるのもあるみたいだし」


「そう言えば、前にそんな事を言っていたな。それ以外のそちらの子供は?」


「玲子ちゃん、紅家で誰か行けそうな子いる?」


「紅龍先生のとこのアンナちゃんが、今年9歳で一番上じゃないかなあ。他は、近くても大学生で交流が薄いし」


「じゃあ、誘う?」


「誘えばアンナちゃんは喜ぶと思うけど、私、ハルトさんそっちのけでアンナちゃんと遊んでそう」


「それはそれで問題ありね。勝次郎さんの方は?」


「鳳の家と親しいのは俺だけだからな」


「うちの慶子(けいこ)も今年でまだ7つだから、紅龍先生のアンナちゃんとなら丁度良いくらいだな」


「実際、遊んでいるみたいだよ。僕らの下の世代は下の世代で仲良くしているし、無理に誘わなくても良いんじゃない?」


「そうだな」


「羨ましいな。お前らと同じで、子供同士で遊べるくらいに居て、しかも近くに住んでいるのは」


「確かにな。それに最近は、紅家の子とも遊ぶようになっているしな」


「ボク達は紅家の人と同世代がいないから、今でも遊べる子がいないけどねー」


「今度、紅龍先生んちに遊びに行く?」


「紅龍博士宅へか? ちょっと恐れ多く感じてしまうな」


「そう? みんな気さくな人よ。紅龍先生も性格丸くなったし。私はたまに遊びに行っているわよ。もちろん、突然行ったりしないし」


「そっか。学園の近くだもんね。ボクは今度行ってみようかな」


「喜ぶと思うわよ。瑤子ちゃんも行く?」


「そうね。一人だと気がひけるけど、みんなとなら」


「じゃあ、夏休み中に行きましょう。って、今は夏の海の話か。それで玄太郎くんと虎士郎くんは、本当に男子だけで良いの? それぞれの時間になったら、寂しいとか言わないでよ」


「言わない。本でも読んでるよ」


「ボクも、何か音楽でも聞いているよ。弾いたりしているかもしれないけどねー」


「あっ、そうだ。虎士郎くんは、ジャンヌに何か聴かせてあげてね」


「ジャンヌ?」


「ジェーンさん。フランス語だとジャンヌ。母方がフランス系なのよ。聞いてない?」


「ううん。でもジャンヌって、ジャンヌ・ダルクと同じだね」


「フランスだと、ありきたりな名前だからね」


「キリスト教のヨハネの各国の呼び方の、その女性形だからな。確か信心深い家なんだろ」


「ええそうよ。いつも首にクロス架けているみたいだし」


「クロスか。虎三郎様の家では、宗派の問題とかは大丈夫なのか?」


 玄太郎くんが、メガネをクイッとして聞いてくる。それにジャンヌの話題には、意外に食いついてくる。まあ、服装で隠しているけど、あのわがままボディは男の子として関心の一つも向けたくなるだろう。

 私はもう、飽きるくらい堪能した気がするけど。


「カトリックとプロテスタントだけど、平気みたい。しかもプロテスタントは日本に教会が少ないから、礼拝とかも基督教会で済ませているみたいだし」


「カトリックはともかく、他の宗派の教会は日本であまり見ないよな」


「信者の数とかで難しいところがあるみたいよ。そういえば、2年ほど前にユダヤ教の教会を建てたし、プロテスタントもどこか誘致しようかなあ」


「玲子が言うと、金儲けにしか聞こえないのが不思議だな」


「言えている。だが、悪い手じゃない。貿易をするなら、色々な宗教の教会があった方が、外国から人を呼びやすいからな」


 玄太郎くんは私を笑っているけど、勝次郎くんも人の事は言えない論評を添える。

 だから少しブーたれておく。


「はいはい、どうせお金儲けにしか興味のない女ですよ。それより、日程はお盆手前の日曜からお盆前日の日程で構わない?」


「いーよー。ところで、それ以外の夏休みはどーするのー?」


「ジャンヌとそのご家族は、夏の前半は軽井沢で過ごすわね。紅龍先生の家族とも会いたいって事だから」


「玲子もか?」


「私は、一緒に来たアメリカの王様達の代理人のお相手」


「玲子が? 善吉大叔父さん達じゃないのか?」


 分かっているんだろうけど聞いてくる。こういうところは、玄太郎くんの善良さなんだろう。


「同席はするけど、アメリカの王様達は私目当てだから」


「玲子ちゃん、お仕事ばかりでちゃんと休みなさいよ」


「日曜日は、ハルトさんに癒してもらうから大丈夫。逆に二人は、ちゃんと交際進んでる?」


「だって、勝次郎さん」


「玲子に心配されずとも、年相応のお付き合いはしている」


 肩を竦めてそう返された。まるで私が年相応じゃないとも取れる言い方だ。


「私も年相応のお付き合いよ。ハルトさんが気遣ってくれるからね」


「なるほど。晴虎さんなら安心だ」


「私も、勝次郎くんなら瑤子ちゃんを安心して任せられるわ。他の男子も、早く私を安心させてちょうだいね」


「僕たちに振るか? なあ」


「アハハ。こればかりは言い返せないねー」


 何でも持っているせいか、このイケメン男子どもはどうにも恋愛感情が薄い。年頃の男の子特有のガッツき具合が足りなさ過ぎる。

 姫乃ちゃんをやっぱり誘おうと、何となく思ってしまうくらいに。

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