499 「独身最後の夏に備えて?」

 退屈な女学校最後の1学期が終わり、学生最後の夏休みに入った。

 今年の夏はベルリン・オリンピックが開催されるくらいで、日本にとってマイナスになる歴史的事件はない筈。

 しかも私の前世の歴史、体の主の3回ループした歴史より日本は良い道を歩いている筈だから、私がのんびりしてもバチは当たらない筈だ。

 特に今年の夏は、このまま順調に行けば独身最後の夏になるのだから、好き勝手したいところだった。



「海に行きたい!」


「唐突にどうされたのですか、お嬢様」


 夏休み初日の朝の着替えの時、夏の空をふと目にした途端に叫んでしまった。

 しかもほぼ全裸の時に。

 いつものように、シズと他数名に着せ替え人形の刑に処されているけど、転生してからずっとなのでメイド達は空気みたいなもんだ。素っ裸にされても、毛ほども恥ずかしさを感じない。


 前世の私的には、乙女として、女子としてはどうかと思うけど、何かを思うだけ無駄だった。それにこれでも、少しでも一人でできるようにと、色々と端折らせて妥協しあった結果なので、文句を言える立場じゃない。


 それに10代の半ば辺りからは、借り物とはいえこの体を誰かに見せたいという女子としての欲求を、着替えの時に僅かばかり満たしてくれる。

 けどそれでも発散しきれないので、朝一番の言葉となった。このぱーふぇくとぼでぃを、独身の間に一度くらい世に見せつけてやりたいだろう。普通。


 このまま一人の男性のものになるのも一興だけど、見た目で選ばれたわけじゃない。半ば親の決めた結婚だから、宝の持ち腐れみたいなもんだ。

 だからこのお宝を、一度くらい使ってみたいと思ってもバチは当たらないと思う。多分。



「女学生最後の年の記念が欲しい」


「それで海ですか? はい、ちょっと動かないで下さいね」


 私が切実に訴える間にも、淡々と着替えは進む。


「あ、うん。それでね、海で最新の水着を着て、男どもをひれ伏せさせるの!」


「海で水着はともかく、後半部分は何をなさりたいのか理解に苦しみます」


「女なら分かるでしょう。せっかく、これだけの体に生まれたのに、日々磨いてきたのに、このまま世に出さないなんて、世界の損失と思わない?!」


「全く思いません。写真やムービーの記録も、数多く残されているでしょう。それにお嬢様は、鳳伯爵家の令嬢。しかも晴虎様と御婚約の身。はしたない真似は、厳に慎まれるようお願い致します」


「……じゃ、じゃあ、ハルトさんと海で水着デート。これでどうよ?」


「そういう事でしたら、晴虎様とご相談下さい。はい、終わりました」


 そうしていつものように、音もなく綺麗にお辞儀をされた。

 ただそのお辞儀を見て、起き抜けの気持ちは少し沈静化してしまった。


(そういえば、シズも十分美人さんなのに、世に見せずじまいで20代も半ばに差し掛かってしまったなあ。早く結婚して安心させて、良い縁談を持ってきてあげないといけないなあ)




 そんなこんなで夏休み。

 今年の夏休みは、少しだけ人の移動がある。鳳の本邸に書生としている姫乃ちゃんは、長期休暇の間は家に帰る。一方で、一高通いの玄太郎くんが戻ってくる。ほぼお向かいの山崎邸でも、勝次郎くんが戻っている。みんな、20日の終業式の日に入れ替わった。

 龍一くんは、士官学校余暇の夏休みは普通の学生のように長くないから、戻ってくるのはもう少し先だ。


(ていうか、姫乃ちゃんの夏のイベントは? 海は? 山は? 軽井沢は? マジで実家に帰って良かったの? いやまあ、ゲームで屋敷に残るのは、お金ないからだけどさあ)


 そんな事でゲームとの違いを、またも痛感させられた。しかも姫乃ちゃんは、ゲームでの1学期の間のイベントを何も起こしていない。

 それとなく監視という事で報告だけは聞いていたけど、真面目に学校通って屋敷でも部屋で勉強してただけ。ゲームとは大違い。


 ゲームだと仮定すれば、月1回のターンとして、3月はともかく他の4ヶ月何もなしだ。せっかく私は、可能な限り攻略対象とのイベント起こさないように、この人生を送ってきたというのに、台無しもいいところだ。


(そう、内心で問いかけてみても、私しか知らない事だから虚しいだけなのよね。けど、姫乃ちゃん、なんで誰にもなびかないの? 逆に攻略対象の男子達も、何もしてあげないのよ? 姫乃ちゃん、ただ書生として過ごしているだけじゃない。ていうか、輝男くんなんて週の3分の1は私の側にいるから、姫乃ちゃんがアプローチするチャンスがめっちゃ減ってるよねー)


 お膳立てをしたのに、全く機能してない現実にやっぱり頭を抱えそうになる。

 本当に、この世界で私一人がこの世界がゲームと同じか似た世界だと思っているだけだ。

 とりあえず、体の主の言っていた姫乃ちゃんを野放しにすると左翼思想になって攻撃してくるというフラグをへし折ったから満足するべきなんだろう。


 けど、少し不満はある。

 ラブラブな状況は、鳳一族の真ん中じゃなくて周りで動いている。

 唯一の例外は、勝次郎くんと瑤子ちゃんだけど、婚約するのは最低でも勝次郎くんが大学を出てからになるだろう。両者が学生で婚約は、財閥一族同士としては外聞が悪い。許嫁とかにして、婚約は卒業後の方が無難だ。


 ゲームデザインで、この点を考えなかったと思ってしまうけど、ゲームの鳳凰院家と鳳凰院財閥は倒壊寸前だから、背に腹はかえられぬな状況だからだ。一方で、この世界の鳳グループ、鳳一族は順風満帆すぎた。

 そのせいで、アメリカの王様達との閨閥に次々に組み込まれつつあるけど、悪いどころか良い事だから止める必要すら感じないという状態だ。


 そしてこの夏休みは、新しく一族に加わりに日本まで来たジャンヌとの親睦を深める事になっている。書生の一人より、新たな一族、しかもわざわざアメリカから嫁ぎにきた上流階級の流れを汲む人を重視するのは当然すぎる。

 また、虎三郎一家の周りでおめでたい話は幾つも動いているから、この夏は虎三郎一家兄弟姉妹と過ごす事の方が多くなりそうだった。



「それでねレーコ、これはどう思いますか?」


「えーっと」


(このイメージイラストは描いた覚えはあるけど、夢で見たとは言えないしなあ)


 そして私がジャンヌに一番懐かれていた。親しいというより、懐くという感じだ。距離もやたらと近くて、スキンシップがデフォ状態。アメリカンだけに、スキンシップ好きなのかもしれない。


 それでも最初の数日は、聞きたい事を聞いたら離れるだろうから、今だけ頑張ろうと思っていた。

 けど、私達をなんだか解脱か涅槃しそうな満ち足りた表情で見ているリョウさんから後から話を聞いて、甘い考えだと痛感させられた。

 ジャンヌは、理系、工学系を極めたタイプのリケジョだったからだ。


 今の時代のMITは、世界トップ5みたいな21世紀ほどの評価はなく、欧米ではまだ工学系の大学の権威そのものが低かった。

 工学部を世界最初に設置したのが、日本だというくらい。

 しかも日本でも、一部帝大だけしか最初は認めず、鳳大学の理工学部も紅龍先生がノーベル賞取って数年後に、ゴリ押しで政府に認めさせた。

 それまでは、専門部という専門学校的な扱いだった。


 そんな状況だから、アメリカでも日本以上に大学は文系優位だった。だから私が想像するほどには、優秀な学生が集まる学府とは言えず、飛び抜けた才能の人は浮き気味という事も少なくない。女子となれば尚更だ。


 そして政略的な意味で、リョウさんとジャンヌは知り合ったけど、リョウさんはアメリカの優れた技術を学ぶべくMITに入るくらいだから、学業ではジャンヌさんの良き理解者だったらしい。

 けどそれは、リョウさんの話。

 私は、21世紀知識での概念とかアイデアだけで、あとは転生後に学んだ表面的な理数学の知識しかない。


「じゃあ次は……」


「あ、あの!」


「何ですか? レーコから何か新しいアイデアが?」


(そんなに目をキラキラさせないで。宝石みたいで綺麗だけど)


「いえ、そうじゃなくて、私とばかりだと他の人とジャンヌの親睦を深める事ができないと思って。リョウさんも、何か言ってください」


「ん? 僕は、この景色を見ているだけで満足だよ。ジャンヌのこんなに楽しそうな姿は久しぶりだし」


「もう、リョーったら! でも、レーコの言う事ももっともですね」


「で、ですよね」


(あ゛ー、ジャンヌがまだ常識を残していて良かった)


「それでですね、みんなで海か山に遊びに行くのはどうでしょうか?」


「海か山? 確か東京は海も山も近いですね。ですがよく分からないので、お任せします」


 専門分野の話じゃないと普通にお嬢様になるので、こういうところはジャンヌは助かる。私も笑みを返して、軽く手を取る。


「それじゃあ海にしましょう。アメリカだと、あまり海には遊びに行かないでしょう」


「ええ。マイアミに遊びに行った時くらいですね。ねえ、リョー」


「あ、うん。そのままで」


 ニッコリと、幸せそうに微笑みながら返すリョウさん。返事をしているようで、何の返事にもなってない。

 けど、どこでも良いんだろうと決めつけて、私が行きたい海に決める事にした。

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