498 「海の向こうから来たお嬢様(2)」

 メガネをかけたジャンヌは、また違った趣の美人さんになった。それに、こちらの方が似合っていた。

 少し恥ずかしげなのが、また可憐だ。


「大学では講義中、勉学中はかけていたし、リョーも知っているんですが、やはり両親や家族は人前ではかけるなと言うんです。それに、大きく視力は落ちてないから、普段の生活には支障もないんです」


「これからは、私の前では遠慮なさらないで下さいね。あと、様も付けないでくれると嬉しく思います」


「ありがとうございます。では私も、ジャンヌでお願いします。それにしても、こうして改めて見るとレーコは本当にお美しいです。特に黒髪が素敵。船を降りる時にお見かけしてから、こうして近くで見てみたかったのです」


「アハハ。ありがとうございます。ジャンヌも、リョウさんが羨ましいくらい綺麗ね」


(まあ、女子が容姿を称え合うのは、威嚇でないとしても、社交辞令みたいなものよね。さて、何を切り出してくるんだろう?)


「ありがとうございます。リョーも、いつも褒めてくれます。でも、こんなノロケ話をしても仕方ないですね。レーコにお願いしたいのは、少し込み入った事かもしれません」


「なんでしょう? メイドは気になさらずに言って下さい」


「はい。私、レーコの発想の凄さに凄く感動しました!」


「はあ? 具体的には?」


 何を言いたいのか分からないけど、メガネの奥の瞳の輝きが一段と増している。これは、中身がギークな人っぽい。


「全体的なシステムデザインについては、私は専門分野でないのでなんとも言えないのですが、様々な機械、工業製品に対する大胆なアプローチ、アイデアは卓絶しています。ステイツでも、MITでも鳳の事は話題になっています!」


 言いながら少し身を乗り出してきたから、距離がぐっと近づいた。距離感の分からないタイプの人かもしれない。

 けど、ここで身を引いたらダメだから、こっちは踏みとどまる。


「ありがとうございます。けど、鳳グループが全体としてした事ばかりですよ。私が関わったものも中にはありますが、私はちょっとした思い付きばかりで、機械に素人の私が与えた影響は微々たるものだし、誇張されている噂話も多いんですよ。そんなに持ち上げられると、恥ずかしいです」


 スッゲー早口で言われたせいか、こっちまで早口で返してしまう。お互いお嬢様にあるまじき言葉遣いだ。


「いえ、リョーから色々と話は聞いています。勿論、本当の事は決して口外致しません! そこで、もっと具体的なお話を是非お聞きしたいと、以前から常々思っていたんです!」


「は、はあ」


(近い近い)


 今まで以上にグイグイくる。もはや互いの顔の距離はセンチ単位。口調もさらに早口だ。ある種のオタクの行動パターンに似ている。何か乙女ではないオーラが出てそうだ。

 それにこの人、リョウさんの婚約者だけあってか、女性ながらMITで学んでいた人だ。リョウさんの1年年上で、飛び級で既に大学院も出た秀才で、近いうちに博士号も取るだろうと言われるくらいだと、リョウさんの手紙にはあったそうだ。


 ただ、虎三郎から聞いた話だと、器量好しはともかく、生まれと頭が良過ぎて縁談話には色々と問題があったらしい。

 さらに家が信心深いので、女性は貞淑な良妻賢母が良いという、ありがちなハードルが立ちはだかっていたそうだ。MITも、相当無理して行っていたらしい。

 総研からの報告でも、似たり寄ったりな事が書いてあった。


 だから技術系なリョウさんとの縁談話は、王様達の中ではともかく、ジャンヌは出会いを大層喜び、当事者家族としても渡りに船なところもあったと、半ば冗談交じりに話をしてくれたりもした。

 

「それでですね、色々とお聞きしたかった事があるんですが。良いでしょうか?」


「あ、はい。答えられる事でだったら」


「ありがとう! それでね……」


 言いつつ、トートバックくらいのバックから紙束やノートを取り出す。それなのに顔の距離は近いまま。彼女が動くたびに、肩が触れている。

 そしてそこからは、延々と「じゃあこれは」「じゃああれは」「それじゃあ次は」と質問攻めにあった。

 ただ、私は理系女子じゃないから、返答には苦労させられる事が一つや二つじゃなかった。


 私は、前世の21世紀にある機械や道具を覚えている範囲で、絵や言葉にして技術者や専門家に渡しただけで、要するに概念ってやつを示すだけの場合が殆どだった。

 けどそれは、些細なものでも専門家が見聞きするととんでもない発見があったりする。


 紅龍先生の時のように、聖典、漫画やアニメの記憶のおかげで多少詳細な情報がたまにあるけど、それはむしろ珍しい方だった。

 虎三郎やお兄様にも随分と驚かれた事があったけど、二人に説明する時は全部夢で見たと、面倒な説明を話す必要すら無かったけど、まだ部外者のジャンヌ相手にはそうはいかない。


 だから大抵は、機械や道具を見てこういう使い方もあるんじゃないかと発想を得たとか、こういう道具が欲しいから作れと言って作らせたとか、そういう話になってしまう。


 ジャンヌが鳳の一族になれば、夢の話も出来るかもしれないけど、当分私は稀代のアイデアガールを演じないといけないみたいだ。

 ただ、彼女以外に説明する機会が今後ある場合の良いテストケースになったし、私が外から見てどう思われているのかを具体的に体験できる貴重な機会を得ることが出来た。


 そして斬新な機械や道具の話ばかりで、あっという間に時間は過ぎてしまった。多分、ジャンヌにとっては。

 私にとっては、苦行というか因果応報でしかなかった。

 永遠に続くかと思いそうなトークは止める人もいないので、そのままだと一晩中どころか1週間でも話続けないといけない勢いだ。


 なんて言うか、随分前にパリで似たようなオーラを放つ人に会った気がするけど、彼女も一つの道を突き詰めるタイプの人だった。

 この時代だと、上流階級にこそ変わった女子が出やすいのではないだろうかと思えてしまう。

 もっとも、虎三郎並みに技術馬鹿だというリョウさんには、お似合いのパートナーと言ったところなんだろう。


 そしてジャンヌが、リョウさんの方に嫁入りする理由も、何となく理解できた。彼女にとって、色々な方面に手を出している鳳グループの重工業部門は、キラキラの玩具箱みたいなものだろう。


 一方で、日本で嫁入りする別の理由もあった。

 日本で結婚するのは、アメリカだと白人と有色人種の結婚ができない州が多いなど、色々面倒くさいからだ。

 それに技術バカな彼女では、性格面も合わせてアメリカの上流階級の社交界で女同士のつばぜり合いが出来るか怪しいというのもあったらしい。


 また一方で、そんなアメリカで虎三郎とジェニファーさんはよく結婚できたと思ったけど、理由はある意味アメリカらしかった。

 全部の州でダメなわけじゃないし、お金やコネで何とかなるからという身も蓋もない理由だ。二人が結婚する頃には、既にフォードさんは成功者になっていたからだ。

 もっとも当人達にとっては、「そういえば、そうだったなあ」と虎三郎が言ったように、もう遠い日の思い出でしかない。


 なお、ジェーンもといジャンヌは、フランスの血は少ないながら一応の英仏の混血。しかもどちらも源流を辿ると、17世紀前半には新大陸にやって来ていた人々の末裔だ。そういう点では、古い血筋を持つトリアやエドワードに近い。

 そしてそういう血は、欧州の王族などの古い血もしくは「青い血」とはまた違う価値がアメリカ国内ではあった。


 当然、古い血が欲しいアメリカでの成功者、王様達と彼女の一族は姻戚関係にあり、表には出てこないけど相応の資産家でもある。

 ジャンヌの場合は、古い血を持ったお姫様といったところだろう。リョウさんが王子様かどうかは分からないけど、1930年台半ばの鳳グループは、もはやアメリカの王様達でも無視出来ない規模に膨れ上がっている。


 それでも鳳グループの規模的は、アメリカの王様達に対する小領主くらいだけど、日本での影響力を考えると政治的影響力は下手な王様以上だ。

 それにフェニックス・ファンドは、『投資王』と言われている。実際、アメリカのダウ・インデックス株の5%近くを占めている。


 そしてさらに、日本の『重工業王』で、世界の『資源王』でもあるらしい。そして複数の王を兼ねるので、影で糸を引くとされる私は『女帝(エンプレス)』となるそうだ。

 だから、リョウさんの婚約者一家の接待ばかりしているわけにもいかなかった。私にとっては、むしろアメリカの王様達の代理人との話の方が重要だった。



(ああ、終わった。けど、これからも、度々こんな事があるのかなあ。対策考えないと、ボロが出てしまう)


 そしてその夜、ジャンヌと話し終えた後での感想はそこに尽きた。

 正直、王様の代理人との話など、ジャンヌとの技術談義とでも呼ぶべき全然女子的じゃない話しと比べたら、大した事ないようにしか思えなかった。

 少なくとも、今回一番濃いのがジャンヌだった。

 ただ最後に、半ばどうでも良い事を思って現実逃避しておいた。


(私がハルトさんを貰って、ジャンヌがリョウさんと結婚したら、それでも義姉妹になるのかな?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る