497 「海の向こうから来たお嬢様(1)」

 横浜港で竜(リョウ)さんと婚約者、そのご両親をお迎えして、横浜山手の虎三郎の屋敷へと向かう。


 鳳の本邸にも来てもらうけど、それは明日の話。

 横浜なら迎賓館での出迎えやホテルでの滞在も考えたけど、屋敷に滞在してもらう事にした。ただ虎三郎の屋敷は、鳳の本邸に比べると使用人の数が少ないので、本邸の方から増員している。


 そして夕食まで部屋で旅の疲れを癒して頂いて、夕食時に近親者だけでの食事会をする予定になっている。

 本格的なパーティーは、明日の夜に鳳の本邸で開催予定だ。


 一方で、一緒の船でやって来た人達は、今頃鳳ホテルなどにチェックイン中だろう。

 そちらの応対も、主に私とお父様な祖父、善吉大叔父さんなどがしていく事になる。

 けどまあ、そっちは明後日以降の話だ。数日間は、こちらの状況がひと段落するまで、東京中心に観光旅行に洒落込む。



「竜兄には、勿体ない人よね」


 サラさんが、しみじみと腕を組みつつそう評した。

 居間に集まった虎三郎一家と、それぞれのパートナーだけなので、気楽な寸評って感じになる。

 全員がどういう血筋や家柄の人かは把握しているから、その点で聞いたりする人はいない。

 もっとも、その点でも申し分ない。


 アメリカの大きな名家の中枢に近い流れの一家で、色んな血筋が入り込んでいる。当然、鳳グループと関係の深い王様達に連なる人たちで、さらには虎三郎の一族の相手だからか、フォードの流れもちょっとだけ絡んでいる。

 ただ、本当のプライベートとなると、知らない事の方が多い。


「リョウさんは、手紙でどんな方とか書いてましたか?」


「そりゃあ、褒めちぎってるに決まってるでしょ。こっちが恥ずかしくなるくらい」


「仲が良いんですね」


「うん。お姉ちゃんと涼太さんくらいね」


「どうして私達と比較するの。サラは、どうなのよ」


「だってさ、エドワード」


 そう言ってマイさんのツッコミをエドワードに回すと、エドワードがタジタジになっている。

 エドワードは一目惚れでサラさんに求婚して来たわけだから、これ以上のデレはないと思う。けど、この一家はそういうのばかりなんだろうかと思い、何となくハルトさんに視線を向けてしまう。

 そうするとニコリと微笑み返されてしまった。これじゃあ、私もデレデレにされそうだ。案の定、サラさんのツッコミが飛んで来た。


「心配しなくても、晴虎兄も玲子ちゃんにデレデレだから。けど晴虎兄は、玲子ちゃんを大事にしすぎ。もう少し押しても良いと思うんだけどなあ」


「沙羅、そう晴虎をいじめてやるな。それに大人が女学生に未婚のうちに手を出すのは、外聞上よくないだろう。何せ、鳳グループの次代を担っているんだからな」


 そう言って虎三郎が、ガッハッハっと笑う。

 結局、虎三郎もハルトさんをいじめているのだから、この親にしてこの子ありだ。そんな家族の会話を、ジェニファーさんが優しい目で見ている。性格的にはマイさんをさらに穏やかにした感じだから、多分一番の常識家でもあるだろう。


「じゃあもう一人の鳳グループを担っている人は、どこに配属するの?」


「竜か? まずは、学生気分を抜かないとな。俺みたいにとは言わないが、せめて晴虎のようにどこか別の会社で数年した方がいいんだがな」


「この時期だと、中途半端過ぎでしょう」


「ああ。だから、来年春まではうちの系列のどこかの工場に放り込む。それに、その合間に必要な資格を幾つか取らせないとな」


「二人の家に帰れる場所にしてあげてよ」


「まあな。あ、そうだ、その件で玲子に一つお願いがある」


「何?」


「玲子と晴虎が来年どこかで祝言あげた後に、竜達は結婚だろ。その間、アメリカに返すわけにもいかん」


「本邸で預かるの?」


「いや、住むのはここで住んでもらう。ただな、仕事をしたいんだそうだ。と言っても、日本語がまだ片言だそうだから、白人の多い玲子の周りが良いだろ」


「言葉の問題だけなら、鳳商事か鳳大学でも良いと思うけど、了解。本人と話して決めるわね」


「うん。頼む」


「じゃあ、どんな人か分かる限り教えて。予備知識として」


「俺たちも竜の手紙で知っているだけだから、玲子と変わらんぞ」


「そうなんだ。それじゃあ、後日時間を作って話してみるわね」


 それで話は、半ば雑談となった。

 そして時間が進んで夕食会となったけど、結局上っ面の話しかする事はできなかった。私は虎三郎の家に泊まる事もできず、ゆっくり話す時間を取るのはその日は難しかった。それに急ぐ事でもない。

 ただリョウさんの婚約者は、私に興味を向けている気がした。多分、有名税というやつだろう。



 そうして、リョウさんの婚約者とゆっくり二人で話す時間が取れたのは、数日後の事だった。

 それまでに鳳の本邸での挨拶、お披露目、パーティーが行われ、男どもがタバコだ酒だとし始めたある夜、女子同士で話がしたいと誘った。


 ただ夜だから瑤子ちゃんはもう誘えないし、側近や書生の同席も失礼なので二人での対面となってしまった。勿論、両者のメイドは部屋の隅に待機するけど、上流階級同士なので使用人は居ても居ないものとして扱う。


「こうして、レーコ様と二人きりでお話できるのを心待ちにしていました」


 もう二十歳を超えているけど、顔立ちは可愛い系の女子だ。しかもカールした長いブロンドが、豊かに波打っていて可愛さを増している。

 まさに白人のお嬢様って感じの人だ。


(けどこの髪、手入れやセットが大変だろうなあ。三つ編みとかしたら可愛いかも)


「それはとても光栄です。私もリョウ様の婚約者の方が、どんな方なのか会うのはとても楽しみにしていました。ジェーンさん」


「あの、ジャンヌとお呼びください。レーコ様」


「ジェーンでなくて?」


 彼女の母方の家系が、ミシシッピ川流域のルイジアナ入植地に移民した古いフランス人の流れなのは知っているけど、一応確認を取る。

 もっとも、アメリカではなく欧州の上流階級の嗜みとして、英語じゃなくてフランス語で会話しているからかもしれない。

 それにジェーンという名は、日本だと花子と同じくらいの在り来たりな名前のナンバー1だ。女子的には、思うところがあるのかもしれない。


「ハイッ! 私こちらの呼ばれ方が好きなんです。是非に!」


 なんだかグイグイくる。目もキラキラしているから、ちょっと興奮気味なのも分かる。

 ただ、少し眉間にシワが寄っている感じがする。それにこの人、凝視する時に目つきが少し悪くなる。視力が少し低いんだろうと、簡単に推測出来てしまう仕草だ。

 そんな私の気持ちにでも気づいたかのように、少し居住まいを正すと恥ずかしげに聞いてきた。


「あの、メガネをかけても宜しいでしょうか? お気づきと思いますけど、視力が少し悪くて矯正しているんです」


「ええ、全然構いませんよ。けど、どうしていつもはメガネをおかけにならないんですか?」


「女性として恥ずかしいでしょう」


「いいえ。そんな事全然ないと思います」


 メガネ女子、しかもこんな美人さんなら全然オーケーなので、全力で否定してあげる。しかも、メガネなしでも、恥ずかしげな表情が可愛らしい。


「そうですか? ですが、女性が勉学で目を悪くしたなど、あまり外聞は良くないですから」


「私は女子も勉強に励み、社会に出て行くべきだと思っていますので、恥ずかしい事ではないと思います」


「レーコ様なら、そうおっしゃってくれると思っておりました。あっ、失礼を。リョーより色々とお話を伺っておりますし、噂も耳にしていたので、つい」


(アメリカでどんな噂されてんだろ。まあ、リョウさんが話してくれているなら、この人には大丈夫だろうけど)


「お気になさらないで。それより、こうして親しくなれたんですから、もう少し砕けて話しませんか?」


「……構いませんか? それなら、英語でお願いできますか? 母方は、家の中では今でもフランス語なのですけど、あまり得意ではないので」


「私の方こそ助かります。ではメガネを、それと以後は英語でという事で」


「はい。それでは失礼して」


 そう言って手元に置いてあった小さなバックから、メガネケースを取り出してメガネを装備する。

 ある意味、ここからが話の本番になるんだろう。


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