494 「新たな研究所」

「面白そうだな、やるか」


「えっと、理由聞かないの?」


 思いついた翌日の午後、次に起きるであろう世界大戦の研究の話を持ち出した途端、お父様な祖父の裁可が出た。

 離れでのお父様な祖父の部屋だから、他には誰もいない。障子の向こうにシズやお父様な祖父付きの使用人が控えているだけだ。


「どうせ小難しい事言うんだろ。そう言うのは後でいいよ。俺は、戦争はやってみないと分からない、とか言う奴が嫌いだからな。それに、戦争が起きたらどうなるかってのは、前から総研にさせていた」


「……知らなかった」


「俺の趣味だからな。まあ、龍也も面白がっていたが、ただ単に戦争の机上演習をさせていただけだった。だから玲子の発想は面白い」


「どう面白いの? 同じに聞こえるけど?」


「政治と経済を絡めて、何年分もの総合的な机上演習と言う点だ。視野が広い。それも夢の情景か?」


 そこまで大規模な想定の話をする気は無かったけど、陸軍少将にまでなったお父様な祖父はそう理解しているなら、そう言う事なんだろうと私も認識を改める。


「どうだろ? 未来の機械を使ったシミュレーションのゲームはあったけど、実際に即したものをシミュレーションするのもあったんじゃないかな?」


「なんか良く分からんが、夢の情景の応用ってとこか。それで、どれくらいの規模でやる?」


「ウーン、出来れば敵味方に別れて、間に判定する人を入れてする、くらいの事が出来ればと思ってるけど」


「……単なる研究や演練じゃなくて、実際の状況まで模擬的に再現するわけか」


「そうだけど、お兄様って総力戦研究をされていたのなら、そういう模擬演習とか机上演習をしてたんじゃないの?」


「将校仲間で討論程度はしていたらしいが、基本的には龍也個人の研究だ。それになあ、陸軍に政治、経済、その他諸々まで含めて、戦争を考えられる奴がどれだけいると思う? 龍也は財閥育ちの門前の小僧だから体感的に理解は出来たが、大抵は幼年学校からの純粋培養の軍人だぞ」


「あー、なんか分かる」


 前世の歴史の資料でも見た情報を聞かされ、少し遠い目になる。ただ、言いたいこともある。


「けど戦争って、政治や経済も含めて考えるものでしょう。腹が減ってはなんとやらだし、戦争は外交の一種なんて言葉だってあるんだから」


「総力戦研究は、軍人にとって都合のいい国内の状況を作り出すのが目的みたいなもんだ。だから昔の龍也の論文にも、どういう結果になるかが欠けていただろ。その点では、石原莞爾は流石に頭が回る。だが、ああいう奴は、軍人としては異端児だ。龍也ですら、枠に捉われているところがある。

 それに戦争自体の研究は、戦争というより戦闘の研究だな。違いが分かるか?」


「囲碁と将棋」


 確か戦略と戦術って専門用語になるけど、それを揶揄して端的に返してやると、ニヤリと笑い返された。


「まあ、そんなところだ。でまあ軍人てのは、どう戦争するかなんて大きな視点じゃなくて、与えられた状況に対して、どのように作戦を立案し、部隊を動かして実行するかの専門家だ。せいぜい、戦争に必要なものを見積もるくらいまでだな」


「それでも陸大出るような人は、軍人の外交官の海外武官にもなるし、登り詰めれば政治家になるんだから」


「武官はともかく、大臣や次官になれるだけの奴は、特例中の特例だ。だからなり手に困るほどだぞ。椅子が欲しいだけの能無しもいるからな」


「出世競争が得意そうな人の方が多そうね」


「軍人も官僚だからな。それで、何でこんな事を思いついた? そろそろきな臭いからか? それとも、見てきた夢との違いが大きくなり過ぎてきたからか?」


 言葉の後半は昼行灯の向こうに、少し鋭い目があったけど私は気負わずに首を横に振る。


「夢との違いを色々考える事くらい、ずっとしてきたわよ。けど、いい加減面倒臭くなったから、誰かに任せようと思っただけ」


「本当か?」


 追撃は珍しいけど、再び首を横に振る。


「本当よ。強いて言えば、考える要素が増え過ぎたって事くらいね。昨日の夜に、パッと思いついただけだし」


「そうか。じゃあ、して欲しい事については多少は紙面にしておけ。実務は貪狼にさせるが、俺は人を用意しよう。頭に据えるのに、ちょうど良い奴がいる」


 そう言って人の悪い笑みを浮かべるけど、裏を返せば自信の現れだ。相当な人物の目星があるという事になる。


「誰? いや、どなたって聞いた方が良い?」


「どなた、だな。だが玲子も知っている奴だ。南だよ」


「南……南次郎様?」


「そうだ。お前のとばっちりで軍を退いて暇しているから、丁度良いだろ」


 流石にちょっと驚いた。軍を退いてから鳳グループで席を用意していたけど、もっと大きな会社の社長なりになってもらうものだと思っていた。

 ここで持ってくるとは予想外だ。


「元陸軍大将を丁度良いって。お友達だからって、流石に不謹慎じゃない?」


「だが、デカイ事をするんだろ。優秀な奴も集めないといかん。その上に立つんだ、相当な人間じゃないと下がついてこないぞ」


「えっ? そこまで大事にするの? 私は貪狼司令に、目立たないように研究しておいてほしいくらいにしか思ってなかったんだけど」


「一企業が行うとはいえ、国家の命運を研究をさせるんだ。人は一級の連中を集めんといかん。数名なら影でするのも良いだろうが、大勢集めるとなると大っぴらにするしかない。他から、痛くもない腹を探られるからな。

 それとだ、一応言うがお遊びやお前の暇つぶし程度なら、この話は無しだ」


 真剣な目を向けられたので、両手を上げる。


「私が悪う御座いました。軽い気持ちだったけど、もっと真剣に考えます」


「お前はいつも、軽い気持ちで大事を動かすのが悪い癖だ。まあ、俺が甘やかしたのも悪いがな。それで、大規模にするとして、どんな人間が欲しい?」


「広い分野からは当然として、頭の柔らかい人。当然秀才。天才はむしろいらないかな。基本は鳳グループ内から人を集めるだろうけど、出来れば軍人と中央官僚出身の人も欲しいわね。それと秀才を集めるから、掲げる看板に権威を持たせましょう」


「自尊心や名誉欲を煽るんだな。そこは同意だ。南が頭にくるから、それだけでも箔はつくだろ。名前はどうする?」


「総合研究所はもうあるから、戦略研究所かな。総力戦研究所だと角が立ちそうだから」


「うちはお上じゃなくて、ただの商人だからな。設立目的は、世界情勢がどうなるかを研究し商売に役立てるってあたりか。他には?」


「人を集めるに当たって、一般公募しても良いかもね」


「他の分野の人材も集めやすいし、宣伝にもなるな。他の財閥と連携もするか?」


「他? してくれるの? 単に商売上での宣伝としか取られないと思うんだけど」


「それもそうか。それに、主導権を他に取られるのも癪だしな。ただ、他に文句言われない為に、権威はもう少し欲しいかもな」


「医療分野の専門家とかの名目で、紅龍先生に一回くらい顔だしてもらうか、推薦文でも一筆もらえば? 私が頼んでも良いわよ」


「紅龍か。それはありだな。あいつを盾にすれば、少なくとも学会が直接文句言ってくる事は防げるだろ。ついでに宣伝してくれたら良いんだがな」


「それは求め過ぎ。下手すると陛下のお耳にまで入って、大事になるわよ」


「それで国家事業にでもされたら、うちとしてはたまらんか。それで、いつぐらいから始める?」


「そうねえ、人集めはすぐにでも。秋には始めたいわね」


「人選びは時間をかけても良いと思うが、色々な想定と何度もするなら早いに越した事はないか」



__________________


演練:

ゼミナールの日本語。

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