492 「日米空路談義」

「今日のレースみたいな催しは、竜(りょう)が一番好きなんだよ。あいつは機械好きで、虎三郎に一番似ているから。だから、写真とか一杯撮って送ってやろうと思っているんだ」


 レース後の夕方、オートレースを見に行った一族の人達と、鳳の本邸での夕食会を開いた。

 話題は当然レースの話だったけど、それがひと段落してから弟さんの事がハルトさんの口から出てきた。

 4年前に渡米していたので、この6月には卒業だ。


「そういえばリョウさんって、もう直ぐMITを卒業ですよね」


「うん。卒業は出来るという手紙はもう来ていたから、あとは卒業式待ちだね」


「待ち? 卒業式に行かないんですか?」


 玄太郎くんが少し真剣な面持ち。

 大学卒業は人生の節目だし、帝大を首席目指す身としては気になるところなんだろう。


「トラも僕も一人であちらの大学に行って、一人で卒業式だった。だから竜も、一人で卒業式をすれば良いんだよ。僕は学友だけだったが、気楽で良かったよ」


「竜さんには、婚約者の方がもういらっしゃいましたよね」


「うん。あちらの方が、十分以上に祝ってくれると手紙にも書いていた」


「卒業後はどうするんですか? あちら住まいですか?」


 今度は虎士郎くんだ。意外にみんなリョウさんの事を気にしているみたいだ。他の子たちも興味深げだ。


「鳳グループのどこかに就職予定。だから帰ってくるよ」


「婚約者の方は?」


「連れて戻ると書いていた。実は、最初はトラとジェニーが卒業式に出て、向こうのご両親にもお会いしようと考えていたんだけど、お相手は信心深い方でね。嫁入りする方が挨拶に来るって」


「じゃあ、婚約者のご家族も一緒に?」


「その予定だよ。7月半ばにはいらっしゃる予定だ」


 この辺りの話は、私も既に知っていた。

 というか、リョウさんの婚約者とご家族だけじゃなくて、「ついで」に沢山来る。その「ついで」の人達は、鳳グループの様々な人たちと交流を予定している。

 当然だけど、私も接待担当だ。何しろ、王様の代理人が沢山やって来る予定になっている。

 ただ、一つ知らない事があった。


「船で戻られるんですか?」


「そうだと思うよ」


「飛行艇なら、去年の11月からパンアメリカン航空が『チャイナ・クリッパー』という、大きな飛行艇で太平洋横断定期便を就航させたので、それなら4泊5日でフィリピンまで来れますよ」


「そこから鳳の飛行艇を出せば、6日で太平洋横断か。豪華客船だと2週間だから、随分短期間で渡れるようになったんだね」


「4泊5日という事は4箇所経由か。どこか知っているのか玲子?」


「サンフランシスコ発で、ハワイのホノルル、ミッドウェー島、ウェーク島、グァム島を経由してフィリピンのマニラよ。昼間飛んで、夜は各地のホテル滞在」


 龍一くんの言葉に、北太平洋の地図を思い浮かべつつ言葉を返す。地名を言いつつだと、なんだか未来の戦争の地図を見ている気分になる。


「俺たちが、オーストラリアに行った時と似た感じだな。鳳は就航させないのか? あの大きな飛行艇ならいけるだろ」


「パンアメリカン航空は、アメリカ領を経由するから飛べるけど、国をまたぐのは面倒すぎて無理。お金積んで根回ししても、日本の近くに臨時便を出すのが精一杯でしょうね」


「そうか。でも海外便なら、上海便が出来たよな」


「上海の外国人は、日本人が一番多いから就航させやすいし、採算も取りやすいのよ」


「採算ねえ」


「赤字大前提とはいえ、考えるのが当然でしょう。それに去年1月に福岡の雁ノ巣に福岡第一飛行場が出来て、陸上機の中心がそこに据えられてから、飛行艇はさらに不利になったのよ。だから、東京から直通の遠距離便で稼がないと」


「確かにそうだな。でも、新型の飛行艇が出来るんだろ」


 龍一くんが処置無しと肩をすくめたところで、次の相手は玄太郎くん。瑤子ちゃんはマイさん達のテーブルに行ったので、女子は私一人。側近達と書生の輝男くんと姫乃ちゃんも、一族の夕食会なので同席していない。

 だから男女構成が逆ハーレムだけど、将来の相手が決まった身としては、同世代の男子どもは友達か親族として見るようになっていた。


「川西の新型は海軍の注文で作ったから、飛べる距離はともかく旅客機向きじゃないのよ。だから、そのまま「白鳳」を運行。追加で数も増やしたところだし」


「普通の飛行機は? 英字新聞で、アメリカで新型が開発された記事を見た覚えがあるんだが」


 その情報は私も知っていた。去年の12月に既に大日本航空が採用している「DC-2」旅客機の改良型で、すごく性能が良いと聞いていた。


「お上から、日本航空輸送と重ならないように言われてて、買わせてもらえなかったのよ」


「いつもみたいに、ごり押しすればいいんじゃないの?」


 とは虎士郎くん。天使の笑みでの直球ストレート。それに勝次郎くんが苦笑している。単なる苦笑じゃないから、事情をご存知という事だ。


「出来たらしているわよ。けど川西には、陸上機の開発依頼を前金マシマシでお願いしているし、そのうち見返してやるわ」


「うちは頼ってくれないのか?」


 少し挑戦的と言える勝次郎くんの表情。今年で16になるから、そろそろ可愛いじゃなくて格好いい、イケメンな表情になっている。前世の私なら、この表情で撃沈されていただろう。

 けど、同じくらい挑戦的に見返すだけだ。


「お願いしていいの?」


「俺の一存なんてものはないから、無理だな。何なら、父上に相談してみようか?」


「三菱だと、民間機開発でも結局国策になるから嫌。私は自由にお金儲けがしたいの」


「なら仕方ないな。うちも中島との競争が厳しいから、国と喧嘩するわけにもいかない」


「川西は、うちの方針も汲んでくれるから、よく海軍から怒られているらしいわ」


「鳳のお陰で、日本でほぼ唯一の自力で民間機を作っている会社だからな。うちも鳳に倣うべきだったという意見もある」


「軍の要求、そんなに大変なの? 川西は『白鳳』の軍用案を持っていっては怒られ、半ば勝手に水上戦闘機作っては怒られしているわよ」


「アハハっ、玲子らしいな。うちも鳳、ではなく川西のように、自腹で自主開発を強めるべきだろうな」


「うん。作らないと技術は蓄積できないもの。そろそろ海外の機体が買い辛くなってきたしね」


「随分と買い集めただろ。うちの技術者が、羨ましがっていたぞ」


「技術解析が終わったら、博物館を作るって虎三郎が言ってたわ。ねえ、ハルトさん」


 脱線しまくりな私達の子供らしくない会話を温かく、聞いてくれていたハルトさんにつなぐ。

 そうすると笑みを浮かべて返してくれる。これぞ大人の余裕だ。多分。


「トラは飛行機も車も好きだからね。僕も見るだけ、車なら乗るのも含めて好きなんだけどね」


「車や重機、戦車まで鳳には追い越されてしまいましたから、うちの連中にも博物館を作るくらいの余裕と気概を持てと伝えさせて頂きます」


「三菱さんは蓄積と地力が違うし、鳳よりも国を背負うという気概があるから、鳳の方がまだまだ勉強させてもらいたいんだけどね」


 勝次郎くんの少し挑戦的な言葉にも、余裕で返してしまう。とはいえ、この年代で干支が一周違えば、こんなもんだろう。

 物語や、それこそゲームの中でのように、10代で天才で人間も出来ているなんてのは、勝次郎くんでも無理ゲー過ぎるというものだ。


「玲子ちゃん、少しニヤついているよ」


「えっ、そう? ただ、ハルトさんも勝次郎くんも、頼もしいなあって思っただけ」


「玲子、その言葉は率直に言って嬉しくはあるが、自分の立場というものを考えろよ」


「僕は鳳に戻ってやっと3年目。まだまだこれからだよ。それと勝次郎さん、玲子さんはいつもこんな感じだろう。僕も最近、ようやく分かるようになってきたよ」


「確かに」


 確かに婚約者失格の発言なので、「アハハ」と誤魔化し笑いするしかない。これが公の場だったら失態ものだ。

 そんな私を、同じテーブルの同世代の男子達が、生暖かい目で見てくれる。しかも、ハルトさんまで似た感じなオーラが出ているので、私としては笑うしかなかった。



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この6月には卒業:

欧米では、7月以降が夏休みで8月末か9月頭から新学年。6月には卒業式もある。



『チャイナ・クリッパー』:

マーチン社のM130という大型飛行艇。



福岡第一飛行場:

戦前は国内最大規模の民間飛行場。

この頃だと、1935年から「DC-2」旅客機が運行している。1936年11月からは名機「DC-3」も登場する。



川西の新型:

九七式飛行艇に当たる大型飛行艇。この世界だと「九五式」か「九六式」になるだろう。

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