473 「第二次ロンドン海軍軍縮条約締結(2)」

「本会議は、予備交渉でなんとかまとめた線に沿って進めようとしていたのですが、当初から難航したのはご存知かと」


「イタリアが、去年の秋にエチオピアに攻め込んだものね」


「はい。そして交渉から1ヶ月ほど経った1月15日に、会議より離脱。これで前の2回と違い、4カ国による会議になりました。そしてイギリス、フランス、特にフランスにとって、あまり意味のない会議となってしまいます」


「ですが司令、フランスは最初から量的制限を設ける事に反対していましたよね。フランスの姿勢自体に、あまり変化はないのでは?」


 私に代わり、お芳ちゃんが質問する。

 この席は、貪狼司令と私、お芳ちゃん、マイさん、それに涼太さんもそのまま残っている。

 逆に昼間だから、他の大人達はいない。春休み中だから鳳の子供達を誘う事は出来たけど、声はかけられていなかった。大人達的には、まだ早いという事だ。


 他にシズと輝男くんが私のお付きで控えているけど、私が声をかけない限りは発言しない。

 そしてマイさんは私の秘書、涼太さんはと貪狼司令の副官なので、話すとしたら私以外は私のブレーンのお芳ちゃんとなってしまう。

 まあ、いつも通りだ。


「フランスはイギリスとの話が残っているが、会議全体としては端役だ。特にアメリカはそう考えている」


「ですが日本は、フランスの肩を持っていましたよね」


「左様。フランスの主張は量的制限反対、潜水艦廃止反対と、日本にとって好都合だからな」


 その後もしばらく、貪狼司令とお芳ちゃんのやりとりが続く。とはいえ12月からの交渉は、逐次情報が入ってきているし、新聞ですら報道されている。

 だから経過を確認し合っているだけだ。

 そんな会話に、変化が訪れる。


「だが二月末のクーデター未遂で、三月頭に海相が永野修身大将に変わった。海軍はまたも、お嬢様のいう所のやらかしで、陛下にも政府にも頭が上がらない。特に艦隊派の生き残りは、何も言えなくなった。何しろ、決起に参加して死んだ藤井や捕まった将校達は、艦隊派も同然。言える筈もない」


「だから日本は、軍縮会議で積極姿勢を示す事で、外交的得点を稼ぐ政策を継続する事ができたんですね」


「何か偉そうな事を言っていた近衛総理は、あまり関係ないがな。一方で宇垣総理、永野海相共に、条約締結を強くロンドンの交渉団に伝えた。そしてそれを受けたアメリカも、軍にクーデター未遂までされた日本政府が譲歩するならと、自らも譲歩姿勢を示した」


「驚きの展開よねー」


 私のとぼけた言い方でのツッコミに、部屋にいる全員が苦笑などそれぞれの仕草を見せる。

 貪狼司令ですら、薄く笑みを浮かべている。


「全くです。それまでは、日米の交渉がいつ決裂してもおかしくないという話すらありましたからな」


 貪狼司令の言葉通り、一時会議は危険な兆候が見られた。

 アメリカは、とにかく日本を条約に抑え込む事以外考えていなかった。日本は従う姿勢を見せているのに、それ以上押さえつけようとしていると、アメリカを見ていた。

 そして日本としては、とにかく現状の空母計画だけでもなんとか通したいと、あの手この手を使った。


 しかし空母、航空母艦は、『攻撃的な兵器』と考えられるようになっていたから、アメリカだけでなくイギリスも制限緩和などには消極的だった。

 しかもイギリスは、日本が実質的に条約違反前提で改装や新造計画を進めている事を、薄々察知していた。


 そこで日本は、まずは正攻法。ソ連の軍拡を理由に緩和を求めた。イギリスと似た戦法だ。

 ソ連は第二次五カ年計画の次の計画で、大規模な海軍拡張を計画していると訴える。ソ連の計画は、まだ36年を超えた時点では青写真以前だったけど、建造できるのかどうかはともかく、多くの戦艦を含む雄大な計画だった。


 そして戦艦など大型艦はまだ計画すら先だけど、潜水艦をやたらと作っていて、急速に無視できない戦力になりつつあった。

 この情報の一部は、辻政信の頑張りの成果らしい。役に立つ辻ーんというのも、歴女な私としては違和感半端ない。

 牟田口廉也もそうだけど、直接戦争する以外では有能なんだろう。


 それはともかく、ソ連の大海軍の建設を盾に制限緩和を訴えた。さらに欧州諸国にとってもソ連は脅威なので、情報を共有して徒党を組んで緩和を訴えた。

 けど、そもそも行なっている会議が海軍軍縮会議なので、あまり言い過ぎると理念や趣旨に反してしまう。

 だからこの作戦は、あまり上手くはいかなかった。

 まだソ連が、計画を発表すらしていないのも問題だった。

 

 そこで次に、イギリスも懸念していた近代改装に関する問題から切り込む。

 日本では、既に戦艦の絶賛大規模近代改装が実行中だけど、新たな軍縮条約を結ぶのなら、近代改装の増加分を条約排水量の量的制限の枠外にするべきだという論。


 当然、その分だけ新造戦艦の建造は控えるのが交換条件。勿論だけど、戦艦の保有数を守るのも大前提。

 そしてさらに、戦艦だけでなく全ての艦艇に対して当てはめるべきだろうというのが、日本側の主な主張。

 とにかく空母の近代改装と新造計画を進めたいという、なんだか官僚主義的な目的から出た案にも見える。


 そしてこの案は、アメリカ以外からは好評だった。古い兵器を長く使うのは、軍縮の理念にも合致している。

 ただ、排水量制限の枠外にするのは問題だというので、ある程度の制限は設けるべきだという話になる。


 そこで妥協案として、日本側は新造時の基準排水量の20%までを除外とする案を提示。対するアメリカは、10%なら条件付きで良しとした。条件とは、主装備の換装をしない事。要するに、近代改装とか言って、デカイ大砲、新しい大砲積むなと言ったわけだ。


 それでもアメリカが妥協姿勢を見せたのは、予備交渉での日英米の間で合意した、『現状維持』、『相互不可侵条約の締結』があるからだった。

 本会議でも、日本側も二つの案の受け入れ姿勢を見せていたので、話し合いは条約締結に向けて動いたとも言える。


 ただ、10%か20%。妥協案の15%でも日本側は納得せず。何しろ20%ないと、『赤城』『加賀』の近代改装が多少ごまかしても無理だからだ。

 さらに、空母の新造も出来なくなる。加えて『第四艦隊事件』で、違法建築状態の『龍驤』の大幅な改修工事が必要になったので、その分の超過も考えないといけなかった。

 だから2割の割引が欲しいのだ。


 そしてアメリカが妥協したわけだけど、表向きの理由は日本でクーデター未遂事件が起きたけど、その後で就任した総理と海相が軍縮条約締結に強く前向きだったからだとされている。アメリカ政府も、日本政府の姿勢に応えるべきだ、と。

 英仏も日本の肩を持ってくれた。


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