472 「第二次ロンドン海軍軍縮条約締結(1)」

(これで、『大和』さん、『武蔵』さんのフラグはへし折れたのかあ。ちょっと残念だけど、良い事よね)


 報告を聞きつつ、そんな事を思う。

 3月25日にイギリス、アメリカ、フランス、そして日本の4国の間で第二次ロンドン海軍軍縮条約が締結された。

 前世の歴史と違い条約から脱落したのは、エチオピアで絶賛戦争中のイタリアのみ。日本海軍は条件面でかなり粘ったけど、『二・二六事件』でまたまた海軍将校がおバカな事をやらかしたので、政府に頭が上がらなくなった。

 軍縮が気に入らない艦隊派は、腹いせにやらかした奴らを徹底的に追求するも、艦隊拡張の野望と願望とその他諸々は露と消えた。


 昨年、1935年12月9日からイギリスの首都ロンドンで開催された本会議だけど、予備会議での合意はあまり守られなかった。

 理由は大きく二つ。一つは、本会議との間にイギリスがドイツとの間に英独海軍協定を結んだから。もう一つは、イタリアがエチオピアに攻め込んで国連で経済制裁されたりして、国際関係を悪化させたからだ。


 日本はというと、会議でイギリス、フランスの肩を持つ事と、ソ連の脅威を訴える事に終始した。そして日本は、日英仏で連携してアメリカの要求を少しでも緩和する事に腐心した。

 ついでに、アメリカは周りに仮想敵がいないから、能天気な事を言ってられるんだとも、暗にディスっていた。

 一応は、日本はアメリカを敵視してないという言葉の中に含まれていた言葉の一部だけど、要約するとそういう事だ。


 けど、唯我独尊なアメリカが、気付くはずもなし。そしてアメリカは、全ての海軍軍縮会議において、国力が圧倒的に勝るアメリカが大きく譲歩しているという感覚しかない。

 だからアメリカは、とにかく日本に厳しい姿勢を隠さなかった。アメリカには、アメリカの国益や理由や合理的な考えがあるにしても、日本から見れば理不尽に思える事も多かった。


 私はそうは思わないけど、海軍の多くの人、国粋主義な人、右巻きな人、そしてそれらに煽られた人、そういう人達にとってアメリカは気に入らない国だった。

 そして煽ったのが大手新聞なので、鳳の皇国新聞は冷静な記事を載せさせる事に終始した。また金を出して、ニュース映画で正確な情報を伝え続けさせた。


 軍縮会議成功フラグは、是非とも成立させて欲しいと考えていたからだ。

 ドイツがクソ外交ムーブをして世界中の敵になるまで、日本が優等生で居続ければ、アメリカとの戦争というフラグが大きく遠のく。そうなれば、私の知る限りの最悪の結末は大元から回避できる。


 一方で、日本の動きが前世の歴史と違ったせいで、ナチスドイツが超勝って世界の敵になったり、ソ連が何故か私の前世の世界より強くなったとしても、本土侵攻を受けて日本が滅びるほど酷いバッドエンドはない筈。アメリカ以外の国には、日本本土に攻め込める力はない。


 それに私には、私の前世で日本がぼろ負けしたからと言って、そのリベンジマッチをする気はゼロというか、むしろやる気はマイナスだ。

 私のように転生や転移、タイムマシンで過去に戻ったり、とてもよく似た世界に飛ばされた人が日本逆転をするけど、そもそも戦争なんて真っ平御免だ。

 それに実際論として、アメリカに勝つなど無理ゲーどころじゃない。勝てるとか思う奴がいたら、そいつの頭の中を覗いてみたいくらいだ。


 だから第二次ロンドン海軍軍縮条約に日本が名を連ねる事は、私にとって、そして何より日本の全てにとって素晴らしい事だ。

 そしてより素晴らしくなるようにするのが、多少なりともお金や影響力、そして歴史チートを持つ私の果たすべき事になるだろう。


(と、モノローグをダラダラ考えてても仕方ないか)


「シズ、貪狼司令にアポ取っておいて。ロンドン会議の情報知りたいって伝えて。あと、急がないから適当な時間でかまわないって」


「畏まりました、お嬢様」


 私の仕事部屋で、シズがいつものように綺麗に音もなくお辞儀をする。まだ朝だから、いるのはシズだけ。そして早ければ今日中の午後にでも、貪狼司令はとってくれるだろう。




 そうしてその翌日の午後、私はお芳ちゃん、マイさん、それにシズと警護担当の輝男くんを連れて鳳ビルの地下へとやって来た。マイさん運転の防弾仕様のデュースが、地下駐車場へとスルスルと入っていく。


「ここに来るの、事件の前に来て以来なのよね」


「お嬢様にはご遠慮して頂き、申し訳なく思っております」


「いいのよシズ。けど、ビルに入って来た兵隊さん達、この地下の入り口を見つけず仕舞いだったのよね」


「そう伺っております」


「この扉の向こうに道があるって、本当の地図を見ないと分からないし、見つける確率は低いんじゃない?」


「手当たり次第、強引に扉を開けて回れば、いけたんじゃないかな?」


「その時間を与える間もなく、八神のおっちゃんとワンさん達が倒しちゃったんでしょう。そう言えば輝男くんも、シズ達と私の警備を交代してから、このビルでの騒動に参加したのよね」


「はいお嬢様。八神様の指揮下で、お勤めを果たさせて頂きました」


「八神のおっちゃんは、大したもんだって輝男くんを褒めてたわよ。あの人が褒めるくらいだから、やっぱり輝男くんは凄いのね」


「いえ、八神様、王様には、まだまだ及びません。それと今更ではありますが、常時お嬢様の警護の任に就けず申し訳ありませんでした」


 そこで丁寧なお辞儀。助手席から後席真ん中の私に向けて、器用に頭を下げる。

 それに私は、手をヒラヒラとさせて返す。


「体が二つないと、二つの仕事は無理でしょう。それに私は地下に潜っていたし、全然安全だったわよ。それよりも、輝男くんの方が危険なお仕事ご苦労様。こっちも今更だけどね」


「いえ、勿体のう御座います。まだ言われた事も十分できない身で恐縮です」


「けど私との約束通り、うちの大学の予科に男子トップで合格したじゃない。護衛よりも、鳳グループ内で活躍してもらっても良いくらいよね」


「それではお嬢様をお守り出来ません」


「セバスチャンは微妙だけど、時田みたいな立ち位置を目指せば、両方出来るわよ」


 「確かに」と呟くと、また止まってしまった。

 私もなんとなく言ったけど、数十年先のスーパー執事ポジに、輝男くんは十分ありだと思えた。




「カッカッカッ」


 到着して副官格の涼太さんに案内され部屋に入ると、貪狼司令がいつものように黒板に小気味良い音をさせていた。


「これはお嬢様、お早いお着きで」


「悪いわね、毎度毎度」


「とんでもありません。分析した件を鳳の方々にお伝えする事も、我々の仕事の一部で御座います」


 そうは返すけど、余程の件じゃない限り、普通は報告書で十分だ。

 もっとも、軍縮条約は余程の事かもしれない。

 そしてその軍縮条約の事が黒板には記されている。



全権:

 日本:

吉田茂(外務大臣)

野村吉三郎(海軍大将)(副全権:山本五十六少将)


 米国:

ノーマン・H・デイヴィス

ウィリアム・H・スタンドレー提督(米国海軍海軍作戦本部長)


 英国:

アンソニー・イーデン(外務大臣)

モンセル(海軍大臣) 他


 仏国:

シャルル・コルビン(駐英フランス共和国特命全権大使)

ジョルジュ・ロベール(最高海軍評議会メンバー、地中海海軍総監)


 伊国:

1月15日に代表が引き上げたので割愛



 こうして書かれた代表を見ると、外務大臣を日本からヨーロッパまで送り込んだ日本の意気込みの高さを見せている事になる。

 文官の全権は、派遣するとき随分と揉めたらしく、一時は廣田弘毅に決まりかけた。けど、外務省同期の吉田茂が、廣田は腰が弱いと指摘。それなら自分が行くと言って、出かけてしまった。

 噂話を聞くと吉田茂は、今回のイギリス滞在で随分とイギリスかぶれになっているらしい。


 なお日本の全権には、二度の海軍軍縮会議を経験している外交官の斎藤博も加わっていた。もう少しキャリアを積んでいたら、今回の全権になっていたかもしれない人物だ。

 海外駐在が多い親英米派の代表的な外交官で、英米どころか欧米の外交筋でも名の知られた、欧米、特にアメリカでの日本の外交の顔だ。とても優れた人で、将来の外相候補にもなっている。


 数年前に結核を患ったけど、紅龍先生の薬で早期に治療できたおかげで、こうして再び国際舞台で活躍している。

 そしてこの人が参加しているように、日本の姿勢は親英米で、会議を成功させる姿勢を内外に示して会議に望んでいた。



「貪狼司令、そこから説明なの?」


「いえ。ただ、私自身の情報整理もしたくて書いていただけです。それでは、どの辺りからお話をすれば良いでしょうかな?」


「まあ結果だけなら、資料を見れば良いだけだものね。経過も含めて、聞きながら質問させてもらうわ。いつも通りね」


「畏まりました」

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