387 「巨大タンカー」

 飛行艇が横付けした桟橋を出ると自動車が数台待っていて、それに乗って半島の反対側へ。と言っても、大連は遼東半島の先端部にあるから、大した距離はない。街の一番細い場所だと両岸の間は5キロほど。飛行艇は港の外れの方に降りたので、その細い部分に近く、車だとすぐに対岸へと到着する。


 そして対岸では、既に世の中に知られ、他でも建造や運行が始まっている小型のカーフェリーが待っていた。だから車で、そのまま船の中に入ってしまう。

 そして高速のカーフェリーを飛ばすと、夕方には遼河油田へと到着した。



「大きなタンカーね」


「空荷だから、余計大きく見えるんだと思います」


「なるほど、今から原油を積み込むのね」


「だと思います」


 長い鉄橋のような鋼鉄製の先で分岐した桟橋の一つに、大きなタンカーが接岸していた。他にもタンカーは停泊したり桟橋に接岸しているけど、私達が見ている船は随分大きい。

 空荷だからだろうけど、船の下の赤い部分が沢山見えていて、船の先の下の方の独特の丸みがよく分かる。私がこんな形と絵で注文つけたら、喧々囂々(けんけんごうごう)の技術論争の末に採用されたと聞いている。


 私達は荷物などを下ろす中央の岸壁状の場所に接舷するけど、曳船にエスコートされながらなので、しばらくは海の上から情景を見物する。

 すぐ近くには、会話に出てきた大きなタンカー。鉄橋のような桟橋のずーっと向こうに陸地があり、何本もの石油採掘の大きな鉄塔が遠望できる。


「あのタンカー、どれくらい大きいの?」


 船の上から見物する大半の人が見ているタンカーだけど、マイさんは虎三郎の娘さんだけあって、女子なのに技術的産物への興味が強めだ。

 そしてそのリクエストに応えるべく、仕事中に手に入れた知識を掘り返す。


「確か載貨重量トンが7万トンですね」


「積み込める重さって事ね。でもそれって、船の大きさや重さとは何か違う基準よね。確か船って総トン数だったし」


「鳳の主力のタンカーや鉱石運搬船は、この数え方だそうです。総トン数にすると、だいたい3分の2くらいの重さで、総トン数の4割くらいが排水量の一番軽い状態だった筈」


「排水量って、軍艦の重さの基準よね。3分の2の4割で26・6%。7万トンを軍艦に直すと、ざっと1万8600トンか。軍艦は燃料弾薬とか積んだ重さで測るって聞くけど、見た目は戦艦より大きいくらいの船なのに、貨物を積む船だから船そのものは見た目に比べると軽いのね」


 一応解説したら、その場で計算してしまう。近くの人達が、ちょっと感心しつつマイさんと、ついでに私を見ている。


「けどタンカーは、船体の中に幾つもタンクが入るから、最低でも二重構造なので沈みにくいって聞きました」


「なるほどね。けど、事故もそうだけど、事故以外でそういうのは考えたくないわね。それで実際の寸法は、やっぱり戦艦くらいなの?」


「縦横の寸法は戦艦より少し大きくて、船体の高さがかなり大きいです。まさに、がらんどう。あれは原油運搬用のタンカーですけど、外見が似ている鉱石を積む船が、先に何隻も完成してオーストラリア航路で働いていますよ」


「その資料もあったわね。それにしても、百聞は一見に如かずね。でも国際汽船というか、鳳しか保有してないのよね」


「私が無茶を言って作らせたようなもの、らしいですからね」


 以前誰かが言った「私の頭の中から出てきたバケモノ」という言葉を思い出して自嘲気味に返すと、軽く小突かれる。


「もっと自信持ってよ。こんな凄い船を沢山持っているなんて、日本人として誇らしいわ。他の国にはないんでしょう」


「作る施設自体がないらしいです。最近、アメリカの王様達からも、どうやって作るんだって質問がきているくらいで」


「作り方教えるの?」


「ある程度は。けど、建造に使っている技術の一部が、海軍の機密に当たるらしくて」


「それはお金を積んでもダメね。まあ、良いんじゃない。確か、大き過ぎて港湾設備から揃えないと無理なんでしょう」


「これくらいの大きさなら、大型の戦艦や超大型客船が接岸できる岸壁か桟橋があれば、なんとかなりますよ」


「これくらい、か。もしかして、これ以上があるの?」


 そう聞いてくるマイさんの目は興味深げ。私の秘書をしてもらっているけど、やっぱり根は虎三郎と同じ技術大好き人間の目だ。

 だからじゃないけど、ニヤリと笑みを返す。


「あるんだ。どれくらい?」


「今計画中なのが、載貨重量で10万トン」


「4割り増しか。タンカー?」


「まずは、輸送が追いついていない鉄鉱石用の鉱石バラ積み船です。タンカーと交互で、10万トンサイズを1ダースくらい一気に数を増やす予定で、来年から続々と完成します」


「普通の貨物船って確か6000総トンくらいだから、この船で7倍くらいか。10万トンは、想像も出来ない大きさね」


「従来の大型のタンカーは1万総トンくらいが標準だから、そこまで差はないって出光さんは言っていましたよ。けど5年以内には、10万トンサイズのタンカーがダースで欲しいって、こないだ強請(ねだ)られました」


「そんなに作れるの?」


「播磨造船は、人を増やして2交代で全力操業に入っています。けど、相生と今治の今の設備じゃあ足りないから、建造施設も増設中です」


「そういえば、そんな資料も目にしたわね。それに確か、三菱さんと川崎さんでも作っていたわよね」


「はい。これと同じ7万トン級を。けど、設備があるから海軍にもお願いしたら、『商船なんか作れるかっ!』て、けんもほろろ。

 だからってわけじゃないけど、川崎さんに重機をしこたま廻して、突貫工事で大型船用の建造ドックを新規で建設中です。三菱も対抗して、長崎造船所の大幅な機能拡張を始めました。あと、大阪鐵工所でも。それに刺激されて、三井と浅野も動いています」


「アレ? 三井と浅野は、そんなに大きな建設計画あったかしら?」


「ありません。あっちは、川崎と三菱が鳳の真似をするならって、既存の船をじゃんじゃん作って当面の利益確保に走っています。政府が助成金出しているから、今が船を作る絶好の機会ですから」


「目の前のタンカーも?」


「これは対象外です。政府の助成金って、スクラップ&ビルドが大前提ですけど、うちはそれじゃあ当座の輸送力が足りないから、古いのを使い潰しつつ新造船も作っているので、政府に怒られました」


「あー、その話聞いたわ。しかも、世界でダブついているタンカーや鉱石運搬船を何隻か長期で借り受けて、さらに怒られたって」


「本当は、出光さんが、どこぞの次官級の人と大ゲンカしたんですけどね。その前は、金子さんがケンカしたって。出光さんもそうですけど、金子さんも一線から退いたのに元気すぎなんですよ」


「頼もしい話じゃない。晴虎兄さんがそこまで出来るか、妹としては心配だわ」


「喧嘩するのは、どちらかというと私の役目だろうから、ハルトさんには私の歯止め役になって欲しいくらいなんですけど」


「そう言えば、玲子ちゃんって方々に喧嘩売るの好きだものね。けど、良いんじゃないの。夫婦仲良く喧嘩しかけるのも」


「アハハ。じゃあ、止めてくれる人を育てないと」


「玲子ちゃんには沢山いるじゃない。晴虎兄さんにもちゃんと言ってくれる人はいるから、心配しなくても大丈夫よ。あ、でも、私には期待しないでね」


 そう言って軽くウィンクされた。

 真面目な話が続いていたけど、相変わらずクソ可愛らしいから、何がというわけじゃないけど、それで満足することにした。



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大きなタンカー:

史実では、7万トンクラスは1950年代後半にようやく出現。それ以後一気に巨大化が進む。

建造には、大型建造ドックとブロック工法、溶接技術などが必要(ドックはあった方が良いが、船台でも作れなくはない。)。

日英米の戦時標準船の建造がブロック工法の先駆け。


この世界では、お嬢様の我儘で、戦艦『大和』建造に深く関わった海軍の西島亮二が引っ張り出されている事だろう。



船の先の下の方の独特の丸み:

バルバス・バウ。球状船首(きゅうじょうせんしゅ)。

波の抵抗を小さくして、航行速度を高め燃費を良くする働きがある。

1920年代に大型客船中心に採用され始めた。日本だと、大和型戦艦が有名。



総トン数にすると3分の2くらいの重さ:

技術レベルが向上したら、もう少し効率の良い数字になる。


大まかに、載貨重量トンはどれだけ積めるか、総トン数は船の容積、排水量は船を浮かべた際に押しのけられる水の重さ。

ここでの排水量は、何も積まない空重量状態の軽荷排水量。


(例:アメリカの戦標船 T2型タンカー(基本型)の載貨重量トンは15,850トン、総トン数は9,900トン、基準排水量は21,000トン(自分用の燃料などと、積み荷の原油を積んだ状態))


載貨重量トンが7万トン級だと、基準排水量は9万トン程度になる。



大阪鐵工所:

後の日立造船。1936年に日立製作所が買収して会社と名前が変わる。

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