371 「婚約会議の後で」 

 鳳の本邸の本館で鳳一族が関わる4件の縁組が決められた後、仕事をやり遂げた感満載なお父様な祖父の言葉のまま、食事会に突入。

 さらに大人達は酒宴となった。めでたい事だから、そこまでは良い。


 けど、子供はお酒は飲めない。一応、上機嫌なお父様な祖父の進めで酒精の軽い食前酒を軽く口につけたけど、それ以上は全員自主規制した。

 そして酒宴は簡単には終わらないものなので、子供達は順次食事会場となっていた居間から引き上げていった。

 お酒の飲める年齢の人たちは全員お父様な祖父の相手をしているから、私の相手のハルトさんもいないし、虎三郎の子供達もいない。サラさんも、もう二十歳を迎えていたから、今年からは完全に大人組だ。



「輝男くん、お芳ちゃん達も呼んできて。子供だけで二次会にしましょう」


「畏まりました、お嬢様」


「賛成。だが俺は、時間が来たら先に戻らせてもらうぞ」


「幼年学校も大変ね、お兄ちゃん」


 私が側近候補達を呼びに行かせる中、子供達がサンルーフのある別の居間の各所へと陣取っていく。

 話し合いに参加していた、私、勝次郎、龍一、玄太郎、虎士郎、瑤子、いつもの子供達だ。けど、昔と違って、見た目は子供と大人の中間あたりにまで成長している。見た目は、ほぼゲームの姿だ。

 そんなみんなを私はしげしげと見つめると、玄太郎、虎士郎兄弟が私を見返す。


「なんだ、玲子?」


「こうしてみんなとだけ集まるのって、意外に久しぶりかもって思って」


「確かにそうかも。パーティーで会っても、他の人もいるし、話せても少しだけだもんね」


「大半は同じ屋敷に住んでいるのに、考えてみれば変だな」


 その言葉に、勝次郎くんが肩を竦める。


「それが華族の家ってもんだろう。うちなど、一族間はもっと疎遠だ」


「でも、本家と分家で屋敷が違うのは、うちの紅家や虎三郎の家と似ているわね」


「似ているのはそれくらいだ。何度でも言うけど、こんなに仲良くないぞ」


「それは、ちょっと不安かも」


「大丈夫。俺が、そんな思いはさせない」


 勝次郎くんと瑤子ちゃんが、最近よく会っているだけあってか、会話が進む。その様子は、どこかゲームの中での勝次郎くんと悪役令嬢である私がデジャビュのように重なって見える。もしくは、悪役令嬢ではなく、ゲーム主人公の姫乃ちゃんの姿が。


「どうした玲子?」


「変わらないようで、みんな変わったなって」


「この年で変わってなければ、少し考えものだろ」


「お兄ちゃん、玲子ちゃんが言いたいのは、見た目じゃないよ」


 相変わらず、虎士郎くんは勘が良い。

 だから玄太郎くんに、少し絡みにいく。


「玄太郎くんも、変わっているわよ」


「背が伸びた以外でか? 勉強で少し知識が増えた以外、変わりようがないと思うけどな。少し焦るよ」


「焦る年でもないでしょう。それに、今は勉強が優先じゃないの?」


「それはそうだが……」


「焦らなくても大丈夫よ」


「……玲子は余裕だな」


「余裕というより、私の場合は最初から道が決まっているからね」


「だが、今回の件はかなり意外そうだったな」


 そこで勝次郎くんが間に入ってきた。

 私はその言葉に苦笑いしない。


「うん。意外だった。最初に気づいたのは1年くらい前。けどね、多分だけど無意識で考えないようにしていたのよ。縁遠い叔父だし、年の差を考えればこういう事になる前に、誰かと結ばれているだろうって。

 けど、考えてみれば、次代のグループのトップに近い一人がハルトさんなのよね。一族の大人達は、随分前から考えてたんじゃないかな」


「父上は?」


「龍也叔父様は、次代の当主候補の筆頭。そこは龍一くんと同じ考え。一族からの財閥トップ候補だと、年齢順に龍吉さん、ハルトさん、それに涼太さんね。玄太郎くんは、その次よ」


「そんな事、言われずとも分かっている。僕も、次の次くらいに考えている。けど、同じ世代だと思っていた玲子達の今回の決定を眼の前で見ると、焦りもする」


「そう? 私は鳳の長子だから、結婚、出産は一段飛ばしで急ぐだろうって小さい頃から思ってたけど、みんなは違うの?」


「子供の頃に、そこまで考えるか。俺が色々と考えるようになったのは、幼年学校に入ってからだな。一歩引いて俯瞰(ふかん)すると、今まで見えてなかったものが見えてくる気がする」


 玄太郎くんに対して龍一くんは、確かに一歩引いて見ている。その立ち位置などが、お兄様を思わせる。

 お父様な祖父の事も考え合わせると、鳳の一族は優秀な人間の一部は『高貴なる者の義務』という建前で、一族内での争いから身を引きたがるのかもしれない。

 けど、龍一くんの心理面での変化は、お兄様が健在な事も併せてゲームからかなり違っているのは間違いない。


 そして一番変化してしまった二人へと、自然に視線が向いてしまう。もっとも、こちらは二人で談笑中だった。だから、鳳の男子どもとの会話に戻ろうかと思ったら、二人同時に私の方へと向いてきた。


「玲子ちゃん、色々と気にしすぎよ。みんな考え無しじゃないから、玲子ちゃんは晴虎さんとの事だけ考えたらいいと思うよ」


「そうだな。決まった以上は、余計な事は考えるな。それも、上に立つ者の務めだ」


「はいはい、お子様ですよ。けど、二人は本当に良いのね」


「私達はまだ先の話だから、ちょっと実感ないけどね」


「俺もだ。玲子が先を行き過ぎているという点では、玄太郎に同意だ。俺自身はまだ何者どころか、ただの中学生だ。将来に向けての布石と研鑽・努力はともかく、10年先の話だと考えているぞ」


「まっ、普通はそうか。けど野望の方はいいの?」


「野望か。当然あるぞ」


 二つの言葉の間に、間があった。それぞれ違う感情も篭っていた。そこに子供っぽさは見られない。ゲームでは結構青臭いキャラ、だからこその俺様キャラだったけど、勝次郎くんも変化してきているのを感じさせる。


「俺は三菱の次の次くらいの総帥を狙う。その為に、鳳とのより強い関係と連携は必須だ。三菱と山崎家双方で、太い関係を持つのは父上の家系だけだからな。

 それと念のため言っておくが、女性に恥をかかせる気は無い。だから玲子に、これ以上無駄につきまとったりはしない。これは、この場の全員への約束だ」


 こういう場でも言い切ってしまうのは、やっぱり俺様キャラだからだろうか。それとも、もう子供とは言い切れない年齢だから、その名残程度なのかもしれない。けど、勝次郎くんらしかった。

 だから私は、勝次郎くんに近づくと右手を差し出した。そしてそれを、すでに男の手になっている勝次郎くんの手が力強く握り返してくる。


「これからも宜しくね」


「ああ、こちらこそ。それにみんなもな」


 そう言って全員を一人一人見ていく。これが漫画とかなら、この握手にみんなの手が重なってきたりするんだろうけど、そこまで青臭いことは無かった。

 龍一くんはちょっと動きかけたけど、知らせの言葉でそれを控える。


「お嬢様、側近候補全員を連れてきました」


「ありがとう、輝男くん。みんな入って。ちょっと狭いけど、その辺に座ってちょうだい」


 「失礼します」とほぼ全員揃って口にすると、キビキビと入ってくる。こういうところが、普通の子供との大きな違いだ。

 基本的に私より1歳年長なので15歳から16歳で、もう大人に準じる背丈だけど、顔立ち体つきは年相応の子供っぽさを残した私の側近候補達。


 一番目立つのは、真っ白な髪と肌に赤い瞳のお芳ちゃん。お芳ちゃんには既にかなり話してあるけど、他の子は仕事中に側に控えて聞いている場合を除いて話をしてはいない。


「みんな聞いてちょうだい。私と晴虎様との正式なお付き合いが決まったの」


 「おめでとうございます!」。言葉が終わるかどうかで、今度は口々に賀(ことほ)ぐ言葉。深々と頭を下げる子も多いし、年相応の子供っぽい反応の子もいる。

 そしてそれが鎮まるのを待って、さっきの話の経緯を一通り伝えた。そうすると、勝次郎くん、瑤子ちゃんにも同じように賀(ことほ)ぐ言葉の雨が降る。


「まあ、そういうわけだから、決まったことのお祝いじゃあないけど、これからみんなでお茶をしましょう」


「うん、早く始めてくれ。俺はあと30分したら、寄宿舎に戻らないとダメなんだ。お菓子を食いそびれたくない」


 私の言葉ではなく龍一くんの昔と変わらないオチで、今日の二次会、いや実質三次会の幕開けらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る