370 「婚約会議(2)」

 今日は、ちょうど輝男くんが今日の屋敷内の護衛担当だから、ゲームの攻略対象の男子達は全員集合している事になる。

 ただ、私が最初に視線を向けた輝男くんは、こっちを注視したりはしない。護衛として、部屋の外に神経を向けている。

 それに輝男くんは、私に従順すぎて恋愛対象どころか友達関係にすらなれない。あくまで主従。特に輝男くんがそう強く考えている。


 そして他の攻略対象だけど、血族の3人からは完全にお前は恋愛対象じゃないと言われてしまった。勝次郎くんも、食い下がりはしたけど結果が分かってて聞いただけだろう。

 ただ落胆はない。何年も前から漠然と思い続けて来た事だった。


 一方でゲーム状況の再現は、私の小さな頃からの目標の一つだけど、そもそも悪役令嬢たる私のお相手は一人きりで、それは勝次郎くんだ。鳳の子供達は、私を日本から追放するだけで、恋愛対象じゃない。輝男くんも一緒だ。

 そして勝次郎くんとは、一部の感情面はともかく婚約も結婚もないだろうとお互いもう理解している。今日の勝次郎くんが発言したのも、私への未練じゃなくて三菱総帥を狙う上での言葉の筈だ。


 ハルトさんについては、こういう話になる前に違う人と結ばれるだろうと漠然と思っていたから、かなり意外ではあった。けど、1年くらい前から、こうなる予感というか予測はあった。

 そしてゲームや体の主のループと違う今の状況での婚約相手として、この人ほど相応しい人もいないと腑に落ちていた。

 恋愛結婚が珍しい時代だと考えれば、望外の人を得たという心の奥底での満足感と、何より安堵感があった。


 そう、私の今の感覚は、恋愛感情じゃなく安堵でしかない。

 けど、お互いに気持ちを育んでいこうと言ってくれたので、そこも気にするところじゃない。

 なんだか自分自身への言い訳みたいな事を思ってはいるけど、ゲームの設定から完全に逸れる事への不安がそうさせているだけだ。


 まあ、姫乃ちゃんの中に、私のように誰かゲームを知っている人でもインストールされていたら驚くだろうけど、今のところ他のオカルトや超常現象には殆ど出会ってないので、その予測も私の妄想の上でしかない。


 そんな事をみんなをコッソリ見つつ考えている間にも、話はどんどん進んでいく。


「じゃあ次は、エドワード君と沙羅。と言っても、どうなんだ?」


「私としては、まだこれからです」


 少し困惑げなご当主様に対して、サラさんは少し緊張しているけどほぼいつも通りだった。

 だから視線はエドワードへと向く。


「私の気持ちは真剣です。ですから、お付き合いを認めて頂けるのでしたら、今は十分です」


「だとよ、虎三郎」


「まあ、それでいいじゃないか。ただ、幾つかいいか?」


「はい、何なりと」


「まず一つ。良い結果になったとしてだ、竜(りょう)より先はないぞ。これは当主も譲れん条件だ」


「ごもっともかと」


「うん。それと、お前さんの家や一族は、了承しとるんか? その話を、うちはまだ聞いてないし、掴んでもないんだ。だから当主も混乱した」


「だと思います。一部の者には伝えましたが、親族の総意ではありません。それに私も、こんなに早く事が露見して話が進むとは、考えもしていませんでした」


「それは、お前さんが未熟だからだな。もっとも、それくらいの方が、こっちも安心できる。まあ、今度うちに遊びに来い。ジェニファーにも紹介くらいしてやる」


「あ、有難うございます!」


 叫ぶように言って、最敬礼レベルで頭を下げる。日本人だったら、ドゲサしそうな勢いだ。表情もめっちゃ嬉しそうだ。鼻持ちならないエリートが、恋する男の子でしかない。


(まあ、公認も同然だから、嬉しくて当たり前か)


 新たな公認スパイかと思ったら、とんだ恋愛脳のお坊ちゃんなので、周りの空気も少し温かくなる。お相手のサラさんも、好意的に苦笑している。

 どうにも、トリアといいこの血族は、善人が多いらしい。虎三郎の一家にはちょうど良いだろう。

 そしてそんな雰囲気の中、最後のカップルへと話が移る。


「結果は、お前さん達次第だ。じゃあ、最後いってくれ」


「そのまま虎三郎が仕切っても良いぞ。最後もお前の娘だろ」


「一応当主の仕事をしろ。だから俺は、お前の側にいないんだよ。何遍言わせる」


「ハイハイ。じゃあ、最後に舞と安曇野涼太さんだ。それで、いつ婚約発表する? そっちの都合でいいぞ」


 涼太さんは虎三郎ファミリーの側、というかこの二人だけ横並びで座っていたから、二人して見つめ合っている。お互い大人のくせに、二人の事になるとなんだか高校生みたいだ。こういうのは、めっちゃ羨ましい。

 そんな私の小さな羨望はともかく、二人して立ち上がると涼太さんが話し始めた。


「僕が多少なりとも出世したら、そのまま結婚しようかと二人で考えていました」


「結論が出てたのか。なら話は早い。貪狼は褒めてたぞ。しかし、あれの下で実質2年も使われて、胃を悪くしてないか?」


 お父様な祖父に普通に心配されている。そして貪狼司令を知っている人が、それぞれ色々な表情を見せる。私も苦笑いを浮かべてしまった。

 有能で要領のいい人で、それでいてあの毒舌と雰囲気に萎縮しない人。あの人の下は、そう言う人じゃないと務まらない。

 私は上に立つから平気だけど、下に付くとなると胃に穴を開ける自信がある。

 けど、涼太さんはいたって普通だ。それも、感情を表にあまり出さないからじゃないみたいだ。


「いえ、いたって健康です。それに貪狼副所長は、厳しいですが無理な事はおっしゃいませんし、合理的です」


「ホオっ、よく見ているな。貪狼は、補佐、要するにあれの副官に昇進させて良いと言っていたから、諸々の話を進めるか?」


 その言葉を聞いて、また二人で顔を見合わせる。

 そして今度は、マイさんが話し始めた。


「ご当主様、それでしたら一つお願いが御座います」


「そう、畏らなくてもいいぞ。で、なんだ?」


「早く結婚出来るのでしたら、それに越した事はないと思っています。ですが、結婚後もしばらく、できれば3年ほどは子供を作らず、私が働き続けても構わないでしょうか? それに子供がある程度育った後も」


「玲子の秘書と運転手を続けたいと?」


「はい。ですが、どちらかというと、結婚後、特に出産後も女性は働けるという状況を、少しでも世に見せられたらと考えていました」


「女性の社会進出か。それは鳳では昔からしている事だし、別に構わんぞ。紅家の瑞穂みたいな、元気なババアもいるしな。ただ子供の方は、あんまり虎三郎を待たせてやるなよ」


「あ、はい。あの、本当に構わないのでしょうか? 鳳は伯爵家です、家名に傷が……」


 あっさりと許しが出たから、マイさんが少し困惑げな表情を見せている。


「ああ、そういう事か。気にするな、今更だ。うちは変人揃いで有名だ。まあ、変人の汚名は着てもらうがな。それでだ、涼太さん」


「はい、なんでしょうか」


「婿に入って、善吉のように鳳の家の者になってもらう。それに、場合によっては虎三郎の家を継ぐ事になるかもしれん。構わんね?」


「はい。僕は次男坊ですし、家は親戚付き合いも薄いので、ご迷惑はおかけしないと思います」


「うん。その辺は、悪いがこっちも一通り調べさせてもらっている。それで、いつぐらいが良い? 一応伯爵家としての体裁があるから、婚約発表と結納は結婚の半年前にはしておきたいんだが」


 とそこで、再び二人して見つめ合う。そして涼太さんが、代表して答える。会話抜きで決められるとか、羨ましすぎる。私も、同じようになれるんだろうかとか、チラリとだけハルトさんを見る。


「では、晩秋あたりで。その半年後に結婚で構わないでしょうか」


「うん。決定だな。ただ、4月、5月は鳳の家が色々と忙しいから、結婚は6月かそれ以後で良いか?」


「はい。宜しくお願いします」


「おう。だそうだぞ、虎三郎」


「その手のやり取りは、もう済ましている。でもまあ、こっちこそ舞を頼みます」


 そう言って先に頭を下げていた涼太さんに、虎三郎も深々と頭を下げる。

 そしてそれを見たお父様な祖父が、手を「パンっ!」と大きめの音で叩く。


「よしっ! これで一件、いや4件落着だ。いつやっても、こういうのは肩こるな。おい、酒持ってきてくれ。祝い酒だ! 子供も一口くらい飲んでいいぞ! 無礼講だ、無礼講! おっと、これは失礼を山崎さん」


「いいえ、構いませんよ。それにしても、鳳さんは大変ですな。こんなに沢山」


「華族の当主なんてしていると、こういう貧乏くじも引かされて、困りますよ」


「かもしれませんね。私は財閥総帥だけで手一杯です」


「でしょうなあ。私も財閥は善吉や他の者に任せきりです。両方なんてしたら、体が幾つあっても足りはしない」


「全くだ。お互い、創業者は二つを掛け持ったんですから、頭が下がりますよ」


「俺は、爺様に最後まで頭が上がりませんでしたよ」


「私も似たようなものでした。今日は、その辺りもじっくりお聞かせ下さいますか」


「勿論」


 そんな感じで、トップ同士は良い感じに話がまとまってしまっていた。当事者とその他は置いてけぼりだ。

 セバスチャン達も、ほとんど見届け人になっただけで、話は全部済んでしまった。けど、大人達の表情は満足げだ。

 当事者達は、少し拍子抜けしている感じがする。

 私もハルトさんと目線を合わせると、微苦笑って感じの笑みを互いに向けあった。

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