369 「婚約会議(1)」

 勝次郎くんの誕生日から一番近い日曜日、夏休み最後の日曜日、集められるだけの関係者を鳳の本邸に集めた。

 まだ夏休み中だけど、遊ぶのが目的じゃない。

 日曜日を選んだのは、大人達と幼年学校通いの龍一くんも集める為だ。


 招集したのは鳳伯爵家当主の麒一郎だけど、勝次郎くんの誕生日の時に関係者の多くが居た事もあって、主に私が根回しして事前に知らせていた。

 表向きの体裁は、ちょっとした食事会。山崎家の人も一部呼ぶので、極秘ではない。


 そしてこの日集められたのは、基本的には私と勝次郎くんの周囲の色恋沙汰に関わるか、関わりそうな当事者達。大人は、鳳一族の中枢を含めて最小限にしている。親達に話すのも、基本的にはこの話の後のことだ。

 さらに、半ばついでとばかりに、マイさんと彼氏の安曇野涼太さんも呼ばれている。鳳の蒼家の当面の婚姻関係の話を、まとめてしてしまおうという意図だ。



 大人:

 麒一郎、虎三郎、龍也、善吉、セバスチャン、山崎小弥太


 当事者:

 私(玲子)、晴虎、勝次郎、瑤子、舞、沙羅、エドワード、安曇野涼太


 子供:

 龍一、玄太郎、虎士郎



(玄二叔父さんは、子供が当事者じゃないから呼ばれてないのか。まあ、小弥太さん以外の一族の親もゼロだから、その段階じゃないって事かな)


 扉の側にメイドが2名と護衛が2人。うち1人はシズで、今日の屋敷内の護衛担当の一人は輝男くん。それ以外の者が、屋敷で一番広い部屋に関係者が顔を合わせていた。

 時田が渡米中でいないけど、渡米前におおよそは話しているから特に問題もない。


 また、家令も兼ねる芳賀は出席していないけど、これは話の最中に他の件が起きた際に備えているから。話は全部、あとでお父様な祖父から伝えられる事になっている。また、謀(はかりごと)だと必ず呼ばれる貪狼司令は、家の中の事には滅多に関わらないから、今回はお休みだ。



「よく集まってくれた。特に山崎様は、よくお出で下さいました」


「いや、お構いなく。今回の件は、私個人としては有難いし、一族としてはご迷惑をおかけしたと思っています」


「そう言って頂けると助かります。さて、今回集まってもらったのは、基本的にはめでたい話だ。しかも、めでたい話が4つもある。ただ、今回はあぶれてしまう者もいるので、基本的にという事だ」


 お父様な祖父が、小弥太様に一言入れてから話を始める。

 食事会の話だけど、それぞれの前にはお茶が、机には簡単につまめる軽食と数種類のお菓子がある。いわゆる、アフタヌーン・ティーの形式だった。

 ただし、それに手をつける者は殆どいない。軽く喉を潤すか、手持ち無沙汰で軽くつまむ程度だ。

 勿論、例外もいる。


「龍一、遠慮が無さすぎだぞ」


「えっ? いや、こういうものは、寄宿舎では食べられないので、つい。ですが父上、俺は単に見届けに呼ばれただけですよね。今回は部外者も同然なのですが」


「……龍一はそれで良いんだな」


「はい。俺はまだまだ未熟者です。それに諸々については、以前父上に話した通りです」


「そうか、なら好きにしろと言いたいが、場の空気くらい読めるようになっておけ」


「続けていいか? まあ、基本的じゃない奴が一人減って、気が楽になったよ」


 そんなお兄様と龍一くんの親子の会話に、お父様な祖父が苦笑しつつも少し微妙な表情。

 と、そこで挙手。虎士郎くんだ。


「ボクも龍一くんと同じで、ご当主のおっしゃる基本的じゃない奴です」


「未熟だからか?」


「それは勿論です。それにボクは、子供の頃から玲子ちゃん、瑤子ちゃんと結ばれたいと考えた事がありません。終生、親しい関係でいられたらとは思っていますが」


「それで音楽と結婚するか?」


「アハハっ、それも良いですね」


 言葉を返すお父様な祖父共々、言葉が軽い。

 私と瑤子ちゃんも、お互い軽く視線を交わし合う。虎士郎くんの言葉は、ずっと感じてきた事だからだ。

 けど、一人置いてけぼりがいた。


「龍一、虎士郎、ずるいぞ。僕の立場がないじゃないか」


「俺の考えは前に教えただろ」


「ボクは、何度も言っているよね」


 さらに玄太郎くんが追い詰められた。そうすると一度軽く両手を頭の辺りまで上げてから、姿勢を正す。


「降参だ。ご当主、僕も基本的じゃない奴です」


「総帥の座はいいのか?」


「総帥の座は目指します。父の無念も晴らしたくも思っています。ですが自身の未熟と、まだ若年すぎる事は日々痛感しています」


「そうなのか。……なんだ、全員妙に物分かりが良いんだな。今後荒れたら困ると思ったから呼んだのに」


「珍しく読みが外れましたねご当主」


「子供の考えは分からん」


 少し楽しげなお兄様のツッコミに、お父様な祖父が演技半分で憮然とする。

 そして一連の子供達のやり取りで、場の空気が少し和らいだ。龍一くんが意図してやったのなら、中々に策士だ。


(……流石にそれはないか)


 一瞬思ったけど、龍一くんは甘いものを次々に口に放り込む作業に専念している。ガタイはでかくなったけど、育ち盛りの男の子そのものだ。


「玲子もご機嫌みたいだな」


「はい。みんながいつも通りなので、少し嬉しくなりました」


「お前ら仲がいいなあ。虎三郎、こいつら俺達より仲良いぞ」


「良い事じゃないか。俺も安心だよ」


 お父様な祖父の代は、龍二郎大叔父さんとも関係は良かったと時田から聞いている。ただ性格がそれぞれ違いすぎて、仲はいいけど相性が今ひとつな感じだったらしい。虎三郎などその典型だろう。

 そしてこれで鳳一族は丸く収まったわけだけど、一人例外がいる。ゲーム『黄昏の一族』と体の主の3回ループで婚約者となった人だ。


 私が少し強めの視線を向けると、その前から私を見ていた。その目には、落胆も諦めもない。ただ、悔しさが少し見える気がした。

 そして、そんな私達を置き去りにして、お父様な祖父が仕切り直す。


「どうやら俺の思い違いで問題はないらしいので、順番に今後の婚約かそれに向けた話をしていきたいと思う。一応聞くが、話す前に異存や意見のあるものはいるか?」


 言いながら首をぐるりと巡らせ、全員を確認する。

 小弥太様とは事前に話が付いているのだろう、腕を組んで沈思しているように見える。

 そして視線を一巡させてから、軽く全員向けに頷く。


「それじゃあ、始めようか。まずは山崎家の勝次郎と鳳家の瑤子だ。既に小弥太さんとは龍也を交えて話しているが、婚約は早くても勝次郎が帝大の予科に入ってから。結婚は、社会に出てから適時というあたりでまだ曖昧だ。

 しかし当面は、両家並びに両財閥の関係を深くする目的と、山崎家内での鳳家との姻戚を結びたいという勢力への牽制を兼ねている。だから、本決まりではない。二人からは何かあるか?」


 言葉の最後に、少し離れた場所に座る二人にそれぞれ視線を向ける。そうすると瑤子ちゃんは、首をゆっくりと横に振っただけだ。ふわふわヘアーが軽く揺れて可愛いけど、表情はいつものおっとり顔と違って真剣だ。

 それに対して勝次郎くんは、意を決して立ち上がる。


「麒一郎様、父上、両家の関係をより強固にするお考えはないのですか?」


「勝次郎! 申し訳ない、麒一郎さん」


「構いませんよ。血気盛んなのは大いに結構。それで、勝次郎さんは、うちの玲子との姻戚を望むんだね」


「はい。その方が、より関係が強固になるのではないでしょうか」


「かもしれない。だが、鳳一族としては、玲子には入婿しか取らせられない。また、鳳の事を一番に考える者しか迎え入れられない。これは、絶対に譲れない条件だ。勝次郎さんは両家の関係をより強固にと言ったが、それでは駄目なんだよ。お互いにとってね」


 珍しく、お父様な祖父が諭すように言葉を紡ぐ。言葉もいつもより柔らかいし、いつもの昼行灯でもない。

 それに対して勝次郎くんは、言葉が終わるのを待つようにピシリと90度のお辞儀をする。


「差し出口をきいてしまい、誠に申し訳御座いませんでした。お話をお続け下さい」


「まあ、同君連合はうちが小さければ、問題も少なかったんだけどな。これからは、強固な同盟関係てのを目指してくれると嬉しいよ」


(みんな、態度が大人になってきたなあ。私も気を引き締めないと)


 勝次郎くんの下げられた頭を見つつ、次は私達の番だとハルトさんの方へ視線を向ける。

 ハルトさん達も、虎三郎一家で固まっているから、ほぼ上座の私とは席が少し離れている。けどハルトさんは、すぐに私に気づき、目線を合わせると小さく頷く。


「おホン。では次、玲子と晴虎。虎三郎とはもう話し合ったが、来年の鳳の懇親会で二人の婚約を発表する。結婚は、晴虎が30になるまでに行う。いいな、二人とも」


「はい、異存ありません」


「はい。私も異存ありません」


 気を引き締めたけど、それだけだった。


 せいぜい、スケジュールが正式なものになっただけ。ただ、気になるので攻略対象達へと視線を向ける。

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