368 「路線変更」

 勝次郎くんの誕生日の夜、私はお父様な祖父の鳳麒一郎に、ハルトさんは鳳虎三郎に決意を告げた。

 私が告げた場所は、和風建築の離れの居間。以前は曾お爺様とよく話していた部屋だ。そして曾お爺様の時がそうであるように、私とお父様な祖父の麒一郎だけ。

 他はいない。お父様な祖父の筆頭執事にもなった芳賀とシズは、少し離れた部屋で控えている。



「なんだ、もう意図に気づいたのか。まだ三ヶ月なのになあ」


 一通り仮説込みで話すと、開口一番、軽口で返された。

 けれど、付き合いは長いので照れ隠しというのが分かるから、笑みがこぼれるのを自覚する。


「偽装を建前に親密にさせようとしたのが三ヶ月前でも、ずっと前から考えていたんでしょう」


「ああ、そうだ。玲子、お前は同世代とも仲はいいが、年上好きだろ」


「……そう見える?」


「見える。小さい頃から、龍也に甘えて紅龍と仲良くしていただろ。最初は父親がいないからだと思ったが、違うだろ。しかも一方で、玄二みたいな考えの甘いやつとは相性が悪いときた。正直、頭を抱えたよ」


「な、なにも、頭まで抱えなくても」


「抱えるさ。そりゃあ、一応は当主として、親として、お前の相手は決めないといけない。しかも可能な限り早くな。だが、鳳の血には、人の好悪が激しい奴がいる。俺も人の事は言えんが、お前もそうだ。それでも、少しでも良い相手と一緒にさせてやりたい。……まあ、この辺りが諸々の理由だ」


「そっか。色々と考えてくれて有難う」


「お礼を言われるって事は、決まりで良いんだな。龍一や玄太郎、虎士郎、それに山崎の御曹司でなくても良いんだな?」


 少し強めに言葉を積み重ねられた。

 名前を言われるたびに、その重みを感じる。けど、その目はもうない。そう思って言葉を返す。


「勝次郎くんの目は、鳳に鈴木を飲み込ませた時点で完全に消えているでしょう」


「玲子が婚約か結婚までに、鳳が傾くか倒れない限りな」


「もうその可能性は、天地がひっくり返りでもしない限りあり得ないわ」


「そうだな。だからお前の相手は、一族の誰かだ。遠すぎず近すぎず、くだらん野心がなく、鳳を守り育ててくれる奴じゃないとダメだ。何しろ今現在で、本家筋の生き残りは俺とお前だけだからな。財産の多さも考えると、他の家からは迎えられない」


「ハルトさんは、お父様達の御眼鏡にかなったのね」


 そう口にしつつ、当人の顔を思い浮かべる。

 玄太郎くんと、どっちが次代の鳳グループを率いるに相応しいだろうか、と。


「ハーバードを出て、一応軍のお勤めもして、外の会社でも2年間1人で十分やってきた。人格も見てくれも良い。100点満点とは言わないが、現時点で晴虎以上となると龍也しかいない」


 お兄様が比較対象とかハードル高すぎだろと思うけど、違う言葉を口にする。


「龍也叔父様は既婚者でしょう」


「最悪、離婚させる手だってある。一族を守るのが最優先だからな」


 そこまで考えていたのは、流石にドン引きだ。けど、武家に近い感覚を持っていれば、それくらい考えるものなのだろう。自身の甘さを痛感させられてしまう。


「それにお前の良すぎる頭を考えたら、龍也が一番だろう。玄太郎や龍一も将来性はあるが、5年ならともかく10年は待てん。俺は一度結核を患っているから、普通より先は短いだろうからな」


「私じゃあ、龍也叔父様を受け止めきれないわよ。龍也叔父様を、深く優しく受け止められる人じゃないと」


「ああ。幸子を得たのは、望外の幸運だった。そして、あいつらと同じく、晴虎ならお前を受け止められそうだなとも思った」


「ハハハハ、私が受け止められる側なんだ」


 思わず乾いた笑いが漏れてしまう。顔もすごい事になっていると思う。

 お父様な祖父は、してやったりと笑みを浮かべている。


「少しは自覚しろ。それに、話を聞く限り仲は良いそうじゃないか。こればかりは、正直ホッとしたよ」


「ハルトさんは素敵な人よ。私には勿体無い人」


「まあ、そう言うな。もらってやれ」


「お見合い以上の事をしてくれたしね」


「まあその辺は、過去の失敗もあるからな。俺達の代だと、夫婦仲が円満なのは恋愛婚の虎三郎達だけだしな」


「そうなのね。その反省もあるから、龍也叔父様達の代はどこも仲良いの?」


「ああ、出来る限りはした。満点とはいかなかったがな。ずいぶん前にも話したと思うが、お前の父母の麒一と希子も仲は良かったぞ」


 色々な表情を見せつつ、言葉を重ねていく。その表情は、過ごしてきた月日の長さと年齢の年輪を感じさせる。


「そうだったわね。それで私達の今後の予定は?」


 後半で言葉を切り替えると、お父様な祖父もいつもの昼行灯を引っ込める。


「厳密にはまだ決めてないが、お前が15になったら婚約発表、晴虎の年を考えると18までに結婚が順当な線だな」


「そうなるわよね」


「……大学行きたいなら、待っても良いぞ」


「早く次の長子を産む方が良いでしょう。それに、大学で学びたい事って特にないのよね」


「助かるが、そう言うところは達観しすぎだ。突然尼になったりするなよ」


「尼ねえ。させてもらえるの? 私巫女なんでしょう」


「そういえば巫女だったな。まあ、子供を作った後は、多少は好きにしろ。何なら神社でも作ってやる」


「私はそこでお告げをするわけ?」


 「本格的で良いじゃないか」と言ってカラカラと笑う。けど、シャレになってないので、私はジト目で見返してやった。


「冗談は顔だけにして。それで、正式発表は?」


「そうだな、逆にいつが良い? 俺としては15の誕生日か、すぐ後の鳳懇親会の辺りと考えている。どのみちそこで誰かとの婚約発表予定だったから、ちょうど良いだろ。ただし結納は、結婚式の近くでする。だから婚約発表はツバつけみたいなもんだ」


「なにがちょうど良いのか分からないけど、開き過ぎない?」


 そう返しつつも、ゲーム『黄昏の一族』で悪役令嬢である鳳凰院玲華と山崎勝次郎の婚約発表が、設定上でゲーム開始1年前の鳳園遊会とされていたのを思い出す。

 それ以前に、鳳一族は15歳で一人前扱いだ。婚約発表としては妥当な線だろう。


「数え年だともう15だから近いうちでも良いが、晴虎は鳳に戻ったばかりだろ」


「あっ、そうか。一年くらい空けた方がいいわね」


「だろ。それで、玲子からは何かあるか?」


「なにって? ご祝儀でもくれるの?」


「おうっ。できる限りはしてやる」


「そうねぇ……」


 考えてはみるけど、物的に欲しいものは何もない。なにせ私は、日本一の金持ちも同然だ。金で買えるものなら、何でも手に入る。

 だから、金で手に入らないものに考えを巡らせる。


(欲しいものねえ。個人的な幸せは自分で何とかするとして、やっぱり人かな? あっ、そうだ)


「私が18で結婚するなら、私の代わりに大学に行く女の子を増やしてよ。出来るだけ沢山」


「一種の代償行為ってやつだな。それで良いなら構わんぞ。篤志家気取りで、別の奨学金でも作るか?」


「そうねぇ、予科生以上の成績優秀者の女子を、書生として抱えるのはどう? 大学はどこでも良し。卒業後に鳳グループに入るのが大前提だけど、師範学校や士官学校みたいに学費だけじゃなくて給与を出す。鳳で一定期間働かない場合は、その金は貸付金として返済義務を負わせる」


「女学校の支援を、大学全般までに拡大するわけか。良いんじゃないか。人も集められるし、篤志家としての宣伝にもなる。合わせて寮も拡充するか」


「うん。基本はそれで」


「ん? 基本以外は?」


「特に優秀な人を、お芳ちゃん達みたいに、この屋敷での書生にするの」


「競争意識を煽り、忠誠心を養うわけか。そして、お前の代わりに働く奴を増やすわけだな。良いだろう。特待奨学生とか大げさな名前にして、各年代1人か2人ってところだな」


「そんな感じで」


「分かった。だがその案、男子にも採用するぞ。女子ばかりでは、世間の目もあるからな」


「別に良いわよ」


「決まりだな。だが、そんなもので良いのか。もっと強烈な事を言ってくるのかと思った」


「私を何だと思っているのよ。それに、今更欲しいものなんてないわよ」


「欲しいのは人だけか」


「あとは、欲しくても叶わないものばかりよ」


「……そういうのは、流石に勘弁してくれ」


「だから欲しいって言わないわよ。それに、少しは自力で手に入れられそうだし」


「是非そうあって欲しいな」


「うん」


 少ししんみりと話が済んだけど、これで姫乃ちゃんを鳳の屋敷に入れる体制を少しは整えられた。

 あとは姫乃ちゃん次第だ。

 私の立ち位置は勝次郎くんの婚約者じゃなくなるけど、それは鈴木を飲み込んだ時に無理ゲーになっているから、違う人で勘弁して欲しい。


 そして私は、姫乃ちゃんが鳳や私の目的を潰そうとしてきたら、正面から叩き潰す役割を果たせばいいだろう。


(そういえば、鳳の状態が良いパターンって、ゲームにも一切ないのよね。どうなるんだろ?)


 日本の歴史もそうだけど、鳳の行く末も未知の領域に完全に舵を切ったと言えそうだ。



__________________


話自体が「恋愛もの」より「一族もの」の側面が強いので、冠婚葬祭はオールクリアを目標としています。

それに乙女ゲーで政略結婚はよくあるイベントなので、最初から予定していました。

主人公は、ゲーム主人公ではありませんからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る