367 「恋愛のターニングポイント?」
私とハルトさんの周りには、近くに少なくとも見知った人はいない。
けど、勝次郎くんの誕生日会場だから、周りは賑やかだ。そのせいで、ちょっと強めにハルトさんを意識してしまう。
そうして半ば無意識に視線をハルトさんに向けると、ハルトさんも私の方へと顔ごと視線を向けてくる。
自然私も視線だけじゃなくて、顔を向ける。
「玲子さん、僕は君にだけは話さないといけない事があるんだが、聞いてくれるかな」
「ここで良いんでしょうか。周りの目もあります。せめて場所を変えた方が」
「……そうだね。もう少し人目につかない場所、あの柱のそばでどうかな。お互い向き合えば、口元すら周りからは殆ど見えないと思うけど」
口元の動きで何かを気取られるかもとか考えるとは、そこまで深刻な話をするという事と取るしかない。
けど、すでに私達の噂が立っているから、逢瀬を楽しんでいる程度に見えるようにすれば問題も少ないだろう。
だから小さく頷くと、新しい飲み物をとって、周りに人の少ない周りから少し影になる場所へと移る。
私達の移動を察した人もいたけど、そこは私達の噂を汲んでくれる。
そして私達は、一度グラスで喉を軽く潤してから向き合う。念のため周りから見れば、そう見えるような表情も心がけておく。
そして一見楽しげな表情のまま、目だけ真剣なハルトさんが私を見据える。
「玲子さん、僕は一つ謝らないといけない。僕が今まで誰ともお付き合いしないし、見合いも断ったりしてきた理由の一つは、玲子さんの婿養子になって次の当主の座、総帥の座を狙えないかと、ぼんやりとだけど考えていたからなんだよ。
そこにきての、この春からの話だ。僕にとっては渡りに船すぎるけど、出来るなら逃したくはない。多分だけど、こんな機会は二度とないし、最初で最後の機会じゃないかとすら思う」
そこで一旦言葉を切った。
なんとなく予想できた言葉。けど、真っ直ぐな気持ちを感じ取れたし、不快感もない。
私の父の麒一が死に、玄二叔父さんが脱落した現状では、龍也叔父様が次の当主候補。そして二番手がハルトさんになる。
しかも龍也叔父様が軍人なのに対して、ハルトさんは経済人。能力的にも問題ないと見られていて、財閥総帥も狙える。この春に鳳グループに戻ってきたのも、その為の段取りの一つなのは間違いない。
そして私の婿養子になれば、当主と総帥の両方を狙いやすくなる。
玄二叔父さんが脱落した辺りで、ハルトさんがトップの座を考え始めたとしても何の不思議もない。
それに次の財閥総帥となると、年齢的には善吉さんのお子さんの龍吉さんだけど、能力的にはハルトさんが上だと言われているし、内々での評価や分析でもそう出ている。
未来の玄太郎くんは分からないけど、年齢的に干支一周の差は大きい。それに善吉大叔父さんは、10年後はともかく20年後も現役でトップに君臨できる年齢じゃない。
この辺りの事は、誰もが考えている事だ。だから外での修行を終えたハルトさんは、当然の事として鳳への帰還を歓迎された。
まだ若いのが現状でのネックだけど、似たような年齢で玄二叔父さんは財閥会社社長に一度は就任した。
巨大化した今の鳳グループでも、ハルトさんは10年後ならギリギリいける。そして今、私の婿養子になるという大きなアドバンテージの可能性が示されている。
ほぼ間違いなく、お父様な祖父・一族当主である麒一郎の策である筈だ。もしかしたら、マイさん達の話の頃から、裏で色々としてたんじゃないだろうか。
私はどこかノーテンキに、同世代の誰かと結婚だとばかり思っていたけど、ハルトさんが私の婿養子になるのは、鳳一族として鳳グループとして、ベストではないかもしれないけれど、ベターかそれ以上の選択だ。
ただ目の前のイケメンハーフは、一度言葉を切ると少しヘタれてしまった。そして、そんな人間臭さを好ましく見ている私がいた。
「と、そこまでは理屈や打算の話」
そう言って軽く肩まで竦められた。アメリカに留学していたので、そういった仕草が似合う。
「野心や野望じゃないんですか?」
「そうだね。それもある。でもね、玲子さんを好ましく思う気持ちも確かにあるんだ。これも嘘偽りない気持ちだ」
(もうそれ、プロポーズでしょ)
そんな風に思いつつ、苦笑ではなく笑顔で返す私がいる。そして自然と、目と言葉に力が篭るのを自覚する。
「そのお気持ち、信じて宜しいんですか?」
その言葉にハルトさんは少しハッとして、少し居住まいをただす。そして私を正面から見てきた。
逸らすのが難しい強さを持つ真剣な眼差しだ。
ついに来たか、という気持ちでその言葉を受け止める。
「玲子さん、偽装ではなく本気でお話を進める気はありますか? 僕は進めたいと真剣に考えています」
予想よりは弱めの言葉だけど十分だ。
そして私が最初に向ける言葉も、もう決まっていた。
「構わないのですね。本家への婿入りですよ」
「全く構わない。今言った通り、上を狙う野心はある。それに、玲子さんが背負っている重すぎるものを、一緒に背負う覚悟もあるつもりだ」
さらに畳み掛ける予定の言葉を先回りされてしまった。
(覚悟完了か。受動的な私とは大違い)
最初に思ったのはそれだった。
けど、嬉しい気持ちもあった。しかも言葉にされて、自分自身で思っていた以上に嬉しい事に気付かされた。
心臓の鼓動が、思った以上に高まっている。ここまでの高まりは、鳳の子供達と勝次郎くん、それに輝男くんにも、多分感じたことはない。
すごく久しぶりで、前世以来な気がする。
そして私が言葉を返せないでいると、さらに言葉が続いた。
「トラ、いや父には、玲子さんの言葉を聞いてから話すつもりだ。それに当然だけど、ご当主にも覚悟をお伝えする」
そこまで言われたら、この時代の華族の女、財閥の女は腹を括るしかない。
「とても嬉しいし、立派だと思います。胸の高鳴りも感じています。それでも、正直まだ恋愛感情にまで気持ちは昇華していないと思います。それでも構いませんか?」
前世は毒女だったアラフォーとして、今の14歳の小娘として、その両方で精一杯の言葉だった。
けど、晴れやかに破顔されてしまった。これは、落ちそうだ。
「勿論。玲子さんの今の気持ちが聞けてとても嬉しいよ。それに僕自身も、恋愛感情はまだ十分持てていないと思っている。だからお互いこれから、一歩一歩進んでいこう。婚姻まで最低でも4年もある。育む時間は十分あるよ。それにね、凄くホッとしている」
「そうなんですか? 私なんかよりずっと立派だと思いましたけど?」
「まあ、告白するからには多少は格好つけようと、色々言葉は準備していたからね。でも、今日この場とは思っていなかった。それに、断られたらどうしようかとも。あ、でも、当主や総帥が遠のくからじゃないよ」
「はい、ありがとうございます。お気持ちは、とても嬉しいです。私も父に話してみますね。ただ」
「うん。分かっている。トラはともかく、ご当主が決められる事だ。ダメと言われても足掻きはするけど、決定には従うよ。僕も鳳の人間だからね」
「はい。じゃあ、偽装恋愛はここまでにしましょうか」
「……うん、そうだね」
「じゃあまずは、このパーティーを楽しみましょう。周りが羨むくらいに」
これで、ゲームの設定からは大きく外れる事になるだろう。ここが本当にゲームが反映された世界なら、歴史の揺り返しのような事が起きるかもしれないという不安もあるけど、世界の歴史を変えるのと同じように、気にしても仕方ないと腹を括る事にした。
(後は、攻略対象達と、姫乃ちゃんへのアフターケアを考えるか……)
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