366 「勝次郎の誕生日会」

 ドイツにて、8月2日のヒンデンブルグ大統領の死去に続いて、同月19日にアドルフ・ヒトラーがついに『総統』に就任。既にゴロツキ集団のSA(突撃隊)の粛清も終わっていたから、独裁体制が完成した。

 多分、私の前世の歴史と同じ流れだ。


 一方で、私の前世どころか、ゲーム『黄昏の一族』とも私の体の主の3回ループとも違う状況が、私の目の前で形成されつつあった。


 女学校では、月見里姫乃ちゃんと同じ学級なのに、ほとんど接点がない。けどこれは、私的にゲーム開始の時間まで可能な限り接触を避ける、という意図があるから別に構わない。

 姫乃ちゃんの方も、級長なので事務的な事を伝える程度でしか接触してこない。何か気になるのか、時折私を見てくるけどそれ以上はない。そして見られるのは慣れているから、こちらも気にもならない。


 ただ、淡々とお互い過ごしているせいか、私の姫乃ちゃんへの関心が薄れているのを自覚する。けれども、大学の予科に姫乃ちゃんが上がるのなら、それに合わせて気合を入れれば済む話だ。

 しかし気合が入るのかというと、我ながら疑問だった。

 私の体の主は、姫乃ちゃんへの復讐は自分で2回したからあまり興味なさげ。これでは、ゲームの状況をひっくり返すという、悪役令嬢の逆転ものという私の立場がない。


 悲惨な末路を回避するのは体の主も求めているけど、ゲームに関係なく私自身が一番求めたい。

 けど、私の前世の歴史上での敗戦と同じで済むのなら、もう鳳一族と財閥は問題ない。あとは、私が良好な人間関係を構築するだけで条件クリアだ。

 ただ、その良好な人間関係は、ゲームに合わせるという点で問題があった。そしてさらに問題なのが、私はそれで構わないという思いが日に日に強まっている事だった。


 今現在、三菱など日本の財閥とアメリカの王様達から、鳳一族の血筋と財産を守るべく、虎三郎の長男で私の叔父の一人のハルトさんが、私の婿養子になるという噂が流されている。

 そしてその噂を補強するため、お父様な祖父で鳳一族当主である麒一郎がそう決めた5月の社長会以後、私とハルトさんは今まで以上に親しくしている。


 一方では、三菱の山崎家の鳳への、というより私へのアプローチを断念させ、現総帥の小弥太様の立場を補強するべく、小弥太様の長男の勝次郎くんと瑤子ちゃんが仲が進んでいるという噂が流され、私達と同じように仲の良い姿を周りに見せている。


 そしてこちらの勘違いと、一応は一途な想いの結果、私の新しい執事にして前メイドのトリアとアメリカの王様達とのパイプ役になるエドワードが、虎三郎の末娘のサラさんと関係を少しずつ進めている。


 そしてこちらは噂ではなく、真剣なお付き合いを開始している。ただ、真剣なのはイケメンパツキンのエドワードで、サラさんの方はまだお友達程度っぽい。

 けどここで姻戚関係が結ばれると、鳳一族はまた一歩アメリカの王様達との関係が深まる事になる。


 しかも既に虎三郎の次男の竜(リョウ)さんが、現地で本命の姻戚関係を進めるべくアメリカに留学している。

 そして二人とも、虎三郎の子供というのが重要だった。

 ここに長男のハルトさんが私の婿養子となれば、血縁上で鳳の本家とアメリカの王様達との距離がさらに縮まるからだ。


 そしてさらに面倒臭いのは、この状況を見た山崎家は私に対してのアプローチは、本格化させる前に敗戦ムードが濃厚。それは良いのだけれど、それならば勝次郎くんと瑤子ちゃんの関係を進めようと本気で動きそうな事だった。

 そして夏休みも終盤の8月22日、帝国ホテルでの勝次郎の誕生日会を迎えていた。



「改めて14歳の誕生日おめでとう、勝次郎くん」


「おめでとうございます。勝次郎さん」


「ありがとう、玲子、晴虎さん」


 その誕生日会の最中、ちょうど私とハルトさんだけの時に、勝次郎くんの方から近づいてきた。

 勝次郎くんの誕生日会は、ビュッフェ形式の立食パーティーだ。ただし、脇には席もかなり用意されていて、招待客は好きに過ごせるようになっている。


 私が始めた日本での誕生日会だけど、勝次郎くんは私と全く同じでは芸がないと、この形式にしている。

 といっても、ここまで大規模な誕生日パーティーを催す未成年は、私と勝次郎くんを含めてもまだ数える程しかいない。


「それにしても盛大だね」


「玲子には劣りますけどね」


「なら、うちですれば良かったのよ。うちの会場の方が広いし、安く貸してあげたのに」


「あのなあ、うちにも体面というものがある」


「そうだけど。今年はうちでしても良かったんじゃない?」


 言葉の外に、恋愛のカムフラージュの話を匂わせると、そこは苦笑された。


「そうしたいところだったが、随分前から予約してあったからな」


「そっか。あの話は5月からだから、変更が間に合わなかったのか」


「そんなところだ。まあ、今日のところは、ここで楽しんでくれ」


「うん。帝国ホテルは滅多に来ないから、そこは楽しんでるわよ。それで、二次会以降は予定通りいけそう?」


「問題ない。だから、ここの料理が美味いからと、食べ過ぎないようにな。では、後ほど」


 軽く手を上げて、次の招待客の方へと向かった。はたから見ていると、少し素っ気なく見えるかもしれない。

 それを見送りつつ、ハルトさんとの会話を再開する。


「立食形式は、私は無理だわ」


「玲子さんは、招待客が多いから仕方ないよ」


「アラっ、そんな他人事でいいんですか?」


「そうだよね。今でもこの注目度だし、いい修行になるよ」


 そう言って、苦笑しつつも爽やかスマイルを見せてくれる。そしてハルトさんが言ったように、招待客の中で私とハルトさんの注目度は高い。

 いつもは一緒の鳳の子供達も、意図的に私達を二人きりにしてくれているから、さらに注目度が高まっている。


 鳳一族が、一族内での婚姻を進めようとしている噂は既に相応に広まっている。それを知っている人達が、鳳本家との婚姻を狙っている山崎家のパーティーで見せつけているのだから、注目も高まろうと言うものだ。

 そして注目されれば、今回のミッションは達成されたも同然だ。


 本命は、やはり主賓の勝次郎くんだからだ。

 その勝次郎くんは、最初に鳳の子供達と長い話をしたけど、特に瑤子ちゃんと長く話していた。しかも、あえて手を取ったりと、あからさまな姿も見せていた。


 他には、見た目で目立つのが、サラさんとエドワード。金髪ペアだから、日本人の中だと目立つ目立つ。しかも、素で楽しんでいるから、そう言うのが雰囲気から違っていた。

 別の場所では、マイさんが勝次郎くんの従兄弟達と楽しげに談笑している。


 そして全体として、鳳一族が目立っていた。あえて大人は来ていないけど、あくまで勝次郎くんの誕生日会だから来ていないだけ。そして後で、カムフラージュを解いた時に、単に子供達が仲良くしていただけと言い訳する為だ。

 それでも勝次郎くん、つまり小弥太様と鳳一族内との親密な関係は十分にアピール出来る。

 作戦目的は、必要十分達成されたと見るべきだろう。



「けど、一年も続ける必要ないんじゃないかな」


「ん? どうかした?」


「あっ、いえ、こうして衆目を集めるのを、長々と続ける必要もないんじゃないかなって」


「確かに、十分注目も集めたし噂もばら撒いているし、これ以上すると嘘が誠になってしまうかもね」


「……お父様の意図が、それなのかも」


「それ?」


「嘘を誠にする事。この手はもう一回使っているから、ちょっとお父様らしくないかもって何となく思っていたんです。けど、当人達の気持ちを本気にさせて、穏便に事を進める気なのかもって」


「……なるほどね。ご当主が一言言えば済む話だけど、仮の状況を利用して、互いの気持ちを確かめ合わせようって意図か」


「どちらかと言うと、相性が合うのか確かめているのかも。うちの一族って、たまに大失敗をやらかしているでしょ」


「あー、確かに」


 ハルトさんが、少しトオイメになる。合わせて私も似た感じ。さらにお互い小さく苦笑する。


「でも、それぞれの気持ちも考えてくれているのも確かだろう。嬉しいご配慮だと思うよ」


「そうですね」


 そこで少し沈黙が降りた。

 雰囲気も少し変化している。


__________________


SA(突撃隊)の粛清:

1934年6月30日、ドイツでの「長いナイフの夜」。ヒトラーが不要になったレーム、シュライヒャーらを粛清。

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