345 「昭和9年度の海軍計画(1)」
来年度の軍事費について、簡単な概要説明が終わった。
「大体わかった、軍事費の予算比率は34%か。前はどうだった?」
「昨年度より1ポイント増えましたが、昭和7年度よりは1ポイント低くなります」
「平和のおかげか。陸軍は後で龍也に説明させるとして、海軍は何を作る? まだ軍縮でがんじがらめだろ」
「そちらは、別紙をご覧ください。今までのものを含めて、ご覧頂ければと」
二人の話が続くけど、元陸軍少将が聞くので、自然と軍事費の話には熱が入る。
私としては、これでも少なく済んだと言いたげな軍事費には、文句の一つも言いたくなる。1920年代は総じて20%代だった軍事費が、30%が当たり前になりつつあるからだ。けど、20年代とは時代が違ってきているから、愚痴の言いようもない。
それに私の前世よりマシだと思えるから尚更だ。
とはいえ、あんまり関心を持てなかったけど、『②計画』と書かれた資料の一部を見た途端、首を傾げてしまった。
「ねえ、航空母艦のお値段が安くない?」
「どうでしょうか。基準排水量が1万トンなら、この程度の値段ではないでしょうか」
聞くと貪狼司令が、別の資料を手にする。質問を予測しての比較メモみたいだ。
「あー、ほんと、1万トンだ。じゃあ、『龍驤』ちゃんみたいな小さな空母を作るのね」
「詳細は、そちらの別紙に。海軍は、航空巡洋艦を建造する計画を立てております」
「その航空巡洋艦は、巡洋艦の枠で作るんじゃないの?」
「いえ、違います。巡洋艦は二等巡洋艦の建造です。軍縮条約で言うところの、ライトクルーザー。もう片方は、航空母艦枠での航空巡洋艦で間違いありません」
そう言って、紙面が私の手にきた。
それを見てみると、確かに航空巡洋艦だった。その紙面の計画には、『15・5cm連装砲1基、三連装砲1基・計5門、12・7cm連装高角砲8基16門、艦上機70機』と主な武装が記されている。
そして再び首を傾げる。巡洋艦の資料にも目を通しても、私の疑問は変わらない。むしろ深まった。
「ねえ、この計画おかしくない。何かのダミー? 1万トンかそこいらで、こんな条件満たせるの?」
「ちょっと貸してみて」
それまで発言も少なく、他の資料に目を通していたお兄様な龍也叔父様に促され、自身で見ていた資料を手渡す。
そして待つこと十数秒。
「確かに過大に見えるね。ただ、ロンドン会議以後の海軍の艦艇は、総じて重武装だ。こんなものなのかもしれない」
「けど、お兄様、あの『赤城』『加賀』でも、搭載する飛行機の数は確か60機ほどだったと思います。その半分以下の大きさの船が、それ以上積めるものでしょうか?」
「……言われてみれば。技術向上を考えても、搭載兵器の重さはそうそう変わらない。それに陸軍では、航空機はむしろ大きく重くなる傾向がある」
「甲板の上にでも並べるんじゃないのか? 海軍の演習か何かでそんな写真を見たし、そんな話を聞いた事あるぞ」
「なるほどね。大きさと大砲の追加を考えたら、格納庫に積めるのは『龍驤』ちゃんと変わらない筈だもんね」
お父様な祖父の言葉に、21世紀の空母がいつも飛行機を露天に並べている映像や写真を思い浮かべる。
ただ、この世界の日本海軍ご自慢の空母はまだ三段空母なので、頭の中が軽くバグってしまう。しかも、何故か真ん中の飛行甲板大砲まで載せている。
「どんな姿になるのか、想像がつかないわね。飛行甲板を斜めにでもするのかな?」
「斜め? ああ、玲子が描いた未来の空母にあったな。あんな感じになるのか?」
「詳細は不明です。ですが、玲子様の描かれたものを、海軍が採用したという話はありません。そもそも、まともに検討したのかも怪しい限りで」
「他にも、今ひとつ理解し辛い飛行機とか、ロケットの兵器とか色々あったもんな。龍也、ああいうのは作れるものなのか?」
「そうですね」聞かれたお兄様が、別の資料から一旦目を離して少し考え込む。鳳の中心にいる人達には、見覚えのある21世紀の兵器の姿を描いたものは見せたり、渡してあるから、その話だ。
けど、私にはどうやって作るのかさっぱりだから、見た目と覚えている限りの素人意見での概念を伝えた程度でしかない。
「宇宙を目指すというものは、列強の一部が研究開発もしていますが、虎三郎叔父さんが研究しています。詳しくはそちらに聞いて下さい。ただ、限定的な実験段階だと聞いています」
「まあ、そんな夢みたいな話は、ここではいい。兵器の方は?」
沈思を終えたお兄様が話し始めた。それを、お父様な祖父が興味深げな表情で聞く。
「陸軍では、二種類を研究・開発しています。一つは、人が肩に担いで水平に発射するというもの。もう一つは、砲兵の代わりになりうる射程距離の長いもの。どちらも、原理をごく簡単にいえば、火薬を沢山詰め込んだ花火みたいなものです。どちらもまだ研究や簡単な実験段階です」
「役に立ちそうなのか?」
「今はなんとも。砲兵代わりの方は、火力は期待できますが命中精度が望めないので、兵器としては大量に揃えないと意味がないですね」
その答えと共に、お父様な祖父が私に非難がましい視線を向ける。けど、詳しくないもの、関心の薄いものを頑張って思い出したのだから、むしろ褒めて欲しい。
だからベーっと返したら、軽くため息をつかれた。
「空を飛ぶ方は? 何か作ってただろ」
「航空機は、ロケットで飛ぶものよりも、玲子の言葉で言うところのジェット機の方が将来的には有望でしょう。ただ、中核となる噴射式のジェットエンジンについては、研究が始まったばかりです。最初の試作が出来るのは、5年はかかるでしょうね。
ですが、航空機の翼を三角形にしたり斜め後ろに逸らす研究は、構造だけなので既に行なっています」
「翼の方は、川西でもしていたな。こないだ、オモチャみたいな飛行機を飛ばしたって報告を見たぞ。あそこは地上の実験室もあるから、色々しているらしい」
「はい、海軍でも研究しています。ただ現状では、他に研究開発するべきものが多く、大金を投じてまで必要な技術とは言えないようです。あくまで研究・実験段階ですね」
「そんなもんだろうな。川西通じて、その斜めに着陸する概念も実験させてみるか。そのうち、役に立つ事もあるだろ」
「畏まりました。川西での実験の一つ、と言う辺りで宜しいでしょうか」
「そんなもんだろ。それより玲子が欲しがっていたのは、カタパルトだったか?」
「えっ、ああ、うん。けど、海軍にはもうありましたよね」
「海軍のやつは、火薬の爆発を利用して水上機を打ち出すやつだね。玲子の言っていた、蒸気が周りから漏れていると言うやつとは、かなり違うんじゃないかな?」
「そうなんですね。蒸気以外は油圧もあったと思いますけど、それも違うんですね」
「海軍の詳細についての情報は分からないけど、世界の技術情報にも油圧式の射出装置は無かったと思うよ。けど、必要になるのかい? 今なら航空母艦が速度を出していると、殆ど滑走なしに飛び立てるとすら聞くけど」
「私もそこまでは。多分、今じゃなくて将来必要なものなんだと思います」
「将来か。まっ、こんなところで先を見過ぎても仕方ないな。それにしても、今回は色々と作るんだな。前回はどうだった?」
話が大きく脱線してしまったから、お父様な祖父が軌道修正へと入った。それに貪狼司令が、別の紙面を取り上げて応対に入る。
「①計画は、大型の二等巡洋艦4隻、条約型の駆逐艦12隻、潜水艦9隻が中心です。これに条約制限外の船が加わります」
「水雷艇とか海防艦よね」
「はい。水雷艇、海防艦共に8隻が計画され、既にほぼ完成しました。他にも中小の支援艦艇がいくらか」
「ソ連の脅威が増してきたから、オホーツクの護衛艦艇はもっと欲しいところだけどね」
「奥端(オハ)の防衛でしたっけ?」
「それと、タンカーの航路防衛だね。樺太の北の沖合や間宮海峡には、ソ連の哨戒艇を見かけると言うからね」
善吉大叔父さんは、石油を統括する出光さんの上に立つ立場でもあるから、私達の中では気になるんだろう。けど、時田は特に反応していないから、気になる程度という事だ。
だから私も、気にする程度にする。
「次の計画でも増やすのよね。あっそうだ、二つの計画の間にも何か作ってなかった?」
「はい。大型の潜水母艦を2隻、それに艦隊随伴が可能な高速の給油艦を2隻。追加予算が随分増えたので、喜んで作ったようです」
「戦闘艦以外か。遠い海で活動するには必要だもんね。良い事なんじゃないの。海軍らしくて」
「全くです。帝国海軍とやらは、近くの海で一回こっきりの戦闘をする以外の事が頭にありませんからな」
相変わらず辛辣だ。けど私も同意見だから、苦笑ですらなくニヤリとした笑みになってしまう。苦笑いなのは、その人柄からお兄様と善吉大叔父さんくらいだ。
フォローを入れるのも、お兄様だ。
「でも今回の計画も、色々と考えているんじゃないかな?」
「と言うよりも、軍縮条約があるので、作りたくても大型の戦闘艦が作れず、仕方なく条約外の船を作っているだけでしょう」
「航空隊も増やすみたいだしな。計画予算ってどうだった?」
話が続きそうなので、お父様な祖父が仕切り直しの言葉をかけた。
__________________
②計画:
海軍の海軍整備計画。
昭和九年度より同十二年度までの四ヵ年計画(航空隊整備計画は同十一年度まで)であり、目標は4億3168万8千円の予算で艦艇48隻を建造、3300万円の予算で航空隊8隊を整備することである。
ただしこの計画は、軍縮離脱や艦艇の欠陥が明らかになった事件の影響から、大きく変更していく。
なんなら、初期の計画通り完成した大型艦の方が少ないくらい。
航空巡洋艦:
その後計画が大きく変更され、最終的に『蒼龍』『飛龍』として完成。当初計画とは似ても似つかない姿となる。当然、軍縮条約違反。
宇宙を目指す:
1934年頭くらいだと、すでにアメリカのゴダート、ドイツのフォン・ブラウン、ソ連のコロリョフが活躍している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます