346 「昭和9年度の海軍計画(2)」
「四カ年計画で、艦艇が5億4400万円、航空隊が6000万円となります。ただし航空隊の方は、三カ年計画となっております」
部屋に貪狼司令のボソボソボイスが、地味に響く。
「4年? 作るのに手間のかかる艦艇があるのか。それにしても、今年の予算規模を考えると、艦艇向け予算が少なくないか?」
「それなのですが、順番に戦艦の大規模な近代改装が行われます」
「ロンドン条約で、新造艦が作れなくなったからか」
「左様です。機関の全面換装を含め、徹底的にするようです」
「古いやつは、20年前に作ったやつだもんな。作り替えたいだろうに」
(やっと、前世で見た姿になるのか。と言う事は……)
「ねえ、空母は改装しないの? あの妙な形、問題も色々出ているって聞いているけど」
「玲子、それは無理だよ。ワシントン条約がある」
「えっ? けど、戦艦は改装するんですよね」
「戦艦は、ロンドン条約で1隻が練習戦艦に格下げしたから、排水量制限の方は逆に大きく余裕ができたんだよ。でも空母の方は、今回の新規計画でも、何とか1万トンの空母を2隻作るのが限界だ。仮に大規模な近代改装をしたら、排水量の面で枠を奪って新規建造ができなくなってしまう」
「確かにそうですね。それじゃあ空母の改装は、次の軍縮条約次第ですね」
(これって、『赤城』さんと『加賀』さんの歴史が変わりかけてない? そう言えば、今回の計画の空母も『蒼龍』ちゃんと『飛龍』ちゃんよね。これも変わっている? さっぱり分からん)
「まあ、空母に関しては、曰くあり過ぎな船を、さらに沢山作り足すみたいだな」
私の軽い困惑をよそに、人の悪い笑みを浮かべるお父様な祖父の手にある紙をもらって、それを覗き込む。
そこには、様々な母艦や高速給油艦の情報、データが分かりやすく記されている。
1931年からの計画では、さっき話していたみたいに大型の潜水母艦が『大鯨』『白鯨』と高速給油艦が『高崎』『剱崎』。
どれも1万トンを超える大型の船で、実験も兼ねてディーゼルエンジンを搭載している。けど経済効率を考えたら、これからはディーゼルだろう。
建造の早いものは、そろそろ就役する頃だ。
ただ、鳳グループの播磨造船でも、大型船へのディーゼル搭載がようやく本格化したばかりだから、運用は苦労するんじゃないかとコメントが付いている。
そして来年度からの計画は、さらに豪華だ。給油艦と水上機母艦がそれぞれ4隻。加えて、工作艦まである。名前はまだ付けられていないけど、私がゲームやネットの海で見かけた子達なのだろう。
どの船も1万トンかそれ以上の大きさで、水上機母艦は1隻当たり空母の半分ものお値段が計上されている。
そして資料から顔を上げた私は、お父様を見た後で貪狼司令へと顔を向ける。
「これ全部、有事には空母になるのね」
「海軍はその腹づもりです。ですので、別枠で補助金を出して、平時は民間で使うタンカーを作らせます」
「うちが蹴ったやつか」
お父様な祖父の即ツッコミ。その時のやり取りを思い出して、一言言いたくなってしまった。
「仕方ないでしょう。積載量1万トンや2万トンのしょぼいタンカーなんて、今更作れないでしょ。それに造船所は、現状も予約も一杯だし。追加で新しい大型ドックを作っている程よ」
「お前が無茶苦茶な要求出すからだろ」
「油や鉱石を遠くから持ってくると、経済効率が悪いとか言うからでしょ。どうせ、うち専用の港でしか使わないんだし、あれで良いじゃない」
「いやまあ、別に良いんだけどな。ただなあ、戦艦が3万トンで日本一というご時世に、いきなり10万トン、20万トンはないだろ」
そう言えば、そんな事を言った記憶もある。トオイメにはならないけど、あの頃の私は無邪気過ぎた。
「うん、そこは反省してる。欧州の客船が5万トンあるんだから行けるだろう、くらいに軽く考えてた。それに、日本で作るのが無理な事は考えてなかった」
「反省しても5万トン、10万トンとか、海軍の連中泣くぞ」
「実際、目を丸くしていたけどね」
善吉大叔父さんが、私とお父様な祖父の言い合いに、合いの手しつつ苦笑する。そしてさらに付け加える。
「でも、海軍の造船の人はすごく協力的だし、あの人達がいなければ、玲子ちゃんの欲しい大きくて経済効率の良い大きなタンカーも鉱石バラ積み船も作れてないんだから」
「はい。そこは海軍に大いに感謝しています。けど、自分の要求に合わせて作れとか、やっぱり聞けませんよ」
「そうだね。うちは、今ある分を有事には融通出来るから、問題もないだろう」
「いつも、お手数おかけします」
ぺこりと頭を下げて、その場を締める。
そして表情も雰囲気も真面目なものに戻してから、貪狼司令を再び見る。
「それで、話を戻すけど、この改装前提の船は空母になっても重さは変わらないのよね」
「若干増える程度でしょう」
「それじゃあ、最初から空母として作る船くらいの性能になるの?」
「そこまでは不明です。総研では、排水量から考えて『龍驤』を若干上回る性能と予測しております」
「『龍驤』ちゃんくらいか。まあそうよね。そうなると新型の航空母艦って、やっぱり要求が過大過ぎるんじゃないの?」
「当初計画案では、もっと過大だったそうです。『赤城』『加賀』に匹敵する程に」
「それじゃあ無茶過ぎるから、何とか1万トン程に収めたのが今回の計画って事なのね。じゃあ、やっぱり大丈夫なのかな。よく分からないわ。ごめんなさいね、蒸し返すみたいな事聞いて。だからこの話はもうおしまい。って、まだ全部見てなかった。他は何? 駆逐艦とかよね」
「これだよ」
お兄様が、自身がさっきまで見ていた紙面を回してくれた。
「ありがとう、お兄様。……駆逐艦、水雷艇、海防艦、駆潜艇か。値段と大きさはともかく、役割が今ひとつ分かりづらいわね。名前通りの役割で良いんですよね」
私の前世の記憶にはインプットされていない艦の種類があるから、今ひとつイメージがし辛い。
「そうだね。ただ海防艦は、古い巡洋艦をそう呼んだりするから、これだけは注意しないといけないところだろう」
「そうなんですか? 潜水艦とか飛行機を相手にする、商船の護衛用の船なんじゃあ?」
「新しい方は、そういった役目もあるね。古い巡洋艦も、対潜水艦用の爆雷を積まない以外では同じだよ」
「そうなんですね。駆潜艇は潜水艦を駆逐する、水雷艇は敵に魚雷を叩きつける。駆逐艦は水雷艇の上位互換。駆逐艦だけを作らないのは、軍縮条約の上限に突き当たるから……」
計画表のお値段と排水量を見ると、どれもこれも小さい。数は多く、駆逐艦が14隻、水雷艇が16隻、海防艦が8隻、駆潜艇が4隻。数の上では大半を占めている。
(そう言えばあのゲーム、水雷艇っていなかったなあ。600トンじゃあ、小さすぎるんだろうなあ)
「フゥ。だいたい分かった。けど、軍縮条約があるせいか、何となくまとまりに欠けると言うか、しっくりこない感じがするわね」
「1936年一杯までは仕方ないだろ。だが海軍の一部は、36年度予算の一部を次の計画の頭金の手付けくらいにして、二つの軍縮条約が効果切れになる37年1月1日から、新型を作ろうって動きがもうあるらしいぞ」
「一応ギリギリね。けど、今年の終わり頃には、次の海軍軍縮会議の予備交渉が始まる予定じゃなかったっけ?」
「そう言う噂がございますな。イギリスは、ドイツが去年の秋に国際連盟を脱退したので、早晩軍備の拡張に転じると見ています。それに比べれば、他の情勢は比較的安定していますので、日米の関係も悪くない今のうちに話を進めてしまいたい様子」
「日本の方は、アメリカが頭を押さえ付けようとするだろうから、英国の条件を丸呑みでも良いから受け入れて、英国と歩調を合わせて日本の要求を少しでも多く通す方向だ」
「離脱はないのね?」
政治家も頑張っているお父様な祖父の言葉に、念のための質問を視線と共に投げつける。
そうすると、少しだけ私の視線の先の瞳が本気になった。
「するわけないだろ。それはお前の夢の中だけだ。第一、する理由がない」
「そうよね。当然だと思う。けど、海軍の人は納得しているの?」
「内心は不満タラタラだろう。だが、海軍の総意としては、何にでも使える航空隊の拡充に向かいつつあるらしい。川西も、海軍からの飛行艇開発の規模と速度を上げたしな」
「そう言えば、毎年のように試作機作っていたわね。私は早く、まともな旅客機型が欲しいんだけどなあ」
「大型機も作っているから、数年後には出来るだろうさ。だがお前は、余程安全性が高まらない限り、飛行機には乗るなよ」
「分かっているわよ。それにしてもすっかり海軍談義ね。話を他にしましょうか、お願いね」
「畏まりました。それでは……」
貪狼司令が私の言葉に応え、話がさらに進んでいった。
もっとも、陸海軍予算以外は、余程の事がない限り議論するほどの事は少ないから、後の話はスムーズに進んでお開きとなった。
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『大鯨』『白鯨』『高崎』『剱崎』:
『白鯨』は架空。他3隻は史実の前倒し。
史実では、『大鯨』は空母『龍鳳』、『高崎』は空母『瑞鳳』、『剱崎』は空母『祥鳳』になる。
この世界での②計画の給油艦4隻は全て架空。水上機母艦の1隻は、実質史実の前倒し。
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