298 「クリスマス・マーケット」
今年の年末年始は、穏やかに過ぎそうだった。
昨年の鳳は、曾お爺様の容体が悪くなっていたので自粛ムードが強かったけど、今年は去年の末から今年の前半に多くの子供が生まれた事もあり、雰囲気は明るい。
日本の世の中も、高橋財政による好景気に向けて明るい。
私の前世だと好景気は都市部だけだったけど、鳳グループの大規模過ぎる投資と、私が献納した山吹色のお菓子の効果もあって、地方にも金が土建業という形でばら撒かれた。
そして日本中では、鳳が輸入したか、小松か神戸製鋼所が生産した重機が大活躍して、恐らく私の前世の歴史の何倍ものスピードで日本列島をほじくり返している。
日本のそれ以外だと、去年は満州が大変だったけど、年内に急速に落ち着きを示して、ソ連からの鉄道買収がその仕上げって感じだ。
世界情勢は、日本の状況が嘘のように、私にとってはお先真っ暗。
まあそれでも、アメリカは新大統領誕生で沸いているけど、不景気はまだ底だ。ドイツもナチスと共産党が次の政権を狙うほど景気はどん底。私から見れば、どっちもお買い物時だ。アメリカ、ドイツでは、買い物がてらに技術者のヘッドハントなんかも行わせている。
そんな12月の世相で言えば、政友会の有力政治家の森恪(もりかく)が亡くなった。
この夏に持病の喘息が悪化し、さらに肺炎を併発して亡くなったと聞いた。紅龍先生の新薬があっても、というか21世紀でも肺炎で死ぬ人は意外に多い。森恪も、命数が無かったんだろう。
なおこの人、軍部との関係を政治基盤としていたことから、政党政治家の犬養毅首相と強く対立していたので、政権はむしろ安定すると言われていた。
また、三井につながりのある人だったので、鳳も有利になったと言える。
そして今年のクリスマスは、イブが土曜日なのでいつもより賑やかだ。ただし、この時代に振替休日の制度はないから、25日の大正天皇祭の翌日26日月曜日が休みという事はない。
逆に、この時代は交通機関がまだ発展していないし、正月くらい故郷で過ごさせるという雰囲気は強いから、意外に早く年末休暇へと突入する。
鳳グループも、製造業を中心として大半を25日から翌年4日までを今回の年末年始休暇としてある。仕事納めまで頑張るのは、銀行、金融関連くらいだろう。
ここ数年不景気などで大変だったから、うち数日分の休みは鳳グループからの休みで、お給金を差し引かない休みにもしてある。
そして24、25日は、鳳の本邸のある六本木6丁目界隈の再開発もひと段落したので、その一角にある公園ではクリスマス・フェスティバルが行われている。
私は、雑踏に出禁で顔を出すわけにいかないのが残念過ぎるけど、プロデュースのかなりに口を出した。
鳳ホテルでのクリスマスイベントは、レストラン街ですら予約者のみな状態で数が限られているから、もう少し広くお祭りをしたかったからだ。
巨大クリスマスツリー、派手やかな電飾、クリスマス・マーケット、クリスマス・ケーキの販売などなど。
マーケットは各種クリスマスグッズに加えて、飲食の屋台や露店も沢山出ているので、欧州各国のクリスマス料理やお酒を飲み食いできた。ホットワインやそれらの洋風の酒のアテは大好評だったという。
「私もマーケット行きたかったーっ!」
「ここで見るだけで、我慢して下さい。欲しいものが御座いましたら、私達が買って参ります。それに本邸内でも、親しい方々との催しもするではありませんか」
「それはそうだけど。私、顔も名前も売れたから、他のクリスマスイベントもロクに行けなくなったし、やっぱり寂しいわよ」
「それらのお役目は、他のものがしっかり果たしております。動かぬ事も、上に立つ者の役目で御座います」
鳳の本邸の外が見える窓から少し遠くの外を眺めつつ、いつものようにシズに愚痴を並べ立てる。
年々愚痴が増えている気がするけど、イベントの時くらい騒ぎたいのに、目の前というのは流石に堪える。
とにかく、年々人で混雑する場所に行けなくなっている。市場で買い物、買い食いなど論外だ。夏の隅田川の花火でも屋形船からの見物が精一杯。正月も縁日も無理。銀ブラだって、車から以外はさせてもらえない。飲食も警備のしっかりした場所で、ギリギリオーケーな程度。この点では、鳳ホテルを作って良かったと心底思う。
なんだか、ファンタジー世界の王侯貴族の気分が理解出来る気がする。ていうか、どこかの暴れん坊な将軍とか、お話の中の王子様、お姫様は、街中を一人で歩きすぎだと心底思う。
そんな心理状態なのに、さらに追い討ちをかける情景が目に入ってくる。合わせて賑やかな声も近づいてくる。
「帰ってこられたみたいですね」
「いいなぁ。私もマーケット行きたかったーっ!」
言葉の途中で、窓をフルオープン。そして外壁の正面扉辺りに向けて叫ぶ。
そうしたら、元気そうな男子どもが大きく手を振る。めっちゃ楽しそうな顔をしていやがる。
勝次郎くんと鳳の子供達だ。お付きの人は連れているけど、私との自由の差は歴然だ。
そのすぐ後ろを、私の側近候補達も続く。あの子達には、むしろこう言う機会はイベントに参加させているから文句も愚痴もない。むしろ、遠慮して楽しんでないんじゃないかと気になる程だ。
「ただいま〜」
「お帰りなさい。楽しんできた?」
「うん。はい、お土産。プリッツェルだって」
「シュトーレンも買ってきたよ。後で切り分けてもらおうね」
「こっちはパネトーネにミンスパイだ」
「レープクーヘンなんて、こんなに買ったぞ」
「……みんな、ありがとう」
お土産を頼んでいたし、みんな流石に私を不憫に思ってくれているのは分かる。
「あの、お菓子だけ?」
「それなんだがな、美味しそうな食べ物の屋台も一杯あったし、お菓子も他にもあったんだ。クレープとか。でもな、暖かくないとおいしくないだろ」
「あー、なるほど。そっか、ありがとう。確かに屋台料理は、出来立てを食べてこそよね」
「だろ。春の鳳のパーティーにでも、屋台を呼ぼうぜ」
「そうだね。あっ、みんなもお帰り!」
龍一くんが代表して話してくれたけど、他の子達と話す前に側近候補達も本邸内に入ってきた。
ただ、みんなお行儀が良くて、手には何も持っていない。いや、一人何かを持っている。
そして、お芳ちゃんとみっちゃんに促されて、私の前に。輝男くんだ。
「お嬢様、みんなで買いました。屋台の親父の説明だと、ベルギーと言う国からの輸入品だそうです。お嬢様には……」
「みんな、ありがとう! 大切にするわね。ベルギーは行った事ないから、とても嬉しいわ」
側近にまで気を使わせていたから、満面の笑みで受け取る。ほんの少し演技が入るけど、嬉しいのは確かなので自然と笑みが出る。
そして私が子供達を出迎えたように、今日はイブの午後。子供達の時間だ。
夜は大人達が騒ぐ時間になるから、子供は昼間に楽しむのは今も昔も変わりない。だからこれから、子供だけのクリスマスパーティーに雪崩れ込む。
一方夜は、大人も交えての夕食会。この屋敷の住人が増えたから、今年はとても賑やかだ。
ただし虎三郎一家は、毎年家族だけで静かにクリスマスを祝う、欧米形式のクリスマスを楽しむ。紅家の人達は、向こうだけでそれなりに祝い騒ぐ。だから、一族全員が顔を合わせるのは正月2日になってからだ。
「さあ、みんな、準備は出来ているから、向こうでクリスマス会を始めましょう」
__________________
プリッツェル、シュトーレン:
ドイツのクリスマス菓子。
パネトーネ:
イタリアのクリスマス菓子。
ミンスパイ:
イギリスのクリスマス菓子。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます