299 「1933年元旦」
「今年って、私の前世だと何があったっけ?」
正月早々、考える事じゃない。
けど、毎年している事だった。ある意味、験担ぎだ。
「あーあ、総統閣下がついに首相かぁ」
私の部屋のベッドの上なので、随分前に書いた前世の歴史年表を見てため息をつく。1933年は大きな事件は少ないと思っていたけど、意外にフラグが多い。
「けど、満州は自治政府のままで世界中で誰も気にしてないし、日本の国連脱退もなし! うんっ、めっちゃ良い事。もう、勝ったも同然ね!」
考えをポジティブに向けるけど、松岡さんが国連退場の書き込みを見た次の次あたり、ちょび髭野郎がドイツの独裁体制を固めた次に、鬱になる項目が続く。
「三陸の地震って、この時も3月じゃん。そしてその翌日には大魔王が遂に大統領就任だけど、大魔王を気にしてる余裕ないわよね」
どちらも避けられない悲劇。いや、大魔王の方は、こっちも魔王陣営に入れば済むだけだと思い直す。
それに魔王は、アメリカを立て直そうとする。その前にする事があった。
「夏までに、アメリカとドイツの買い物を一通り終わらせないとダメなのよね。けど、結局、ヘッドハントはあんまり上手くいかなかったなあ。大金積んだのに、白人って有色人種嫌いすぎでしょ」
そうして見ていくと、やっぱり今年はイベントが少ない。日本の満州での「おいた」が控えめなので、この世界だとさらに減りそうだ。
「秋にはドイツが国連脱退。けど、こっちじゃあ日本はボッチになってないから、仲良くする必要もなし。あっ、アインシュタインがアメリカに実質的に亡命したのって、この年の辺りよね。そろそろユダヤ問題でドイツを突っついて、日本と仲が悪くなるように仕向けるか……よしっ! 今年も頑張るぞっ! おーッ!」
新年最初の私だけの儀式を終えて、平和な元日を迎える事とした。
正月の鳳の本邸は静かだ。特に午前中は気持ち良い静寂に包まれている。
本館以外に旧館に玄二叔父さん一家、別館にお兄様一家が引っ越しても、正月の午前中はそれぞれ家の中でのんびり過ごしているらしく、例年と変わりない。
そんな鳳の本邸の庭を、シズを連れてゆっくりと歩く。リズはシズと交代で休暇を取っていて、今日は休暇日。それ以前にアメリカンな人達は、クリスマス辺りから向こうの習慣になるべく近くなるように長期の休暇を取らせている。
郷に入ればと言うけど、数年で国に帰る人達に日本の習慣を押し付けるのも考えものだと思ったからだ。セバスチャンはそうでもないらしいし、そもそもユダヤ教徒だから関係無いけど、むしろ休めと命じてある。
そして鳳の本邸は、帰る場所のない者、この屋敷か近くに住む者しかいない。それも最小限にしてある。
それでも最低限の使用人と最低限の警備はいるけど、彼らには例え志願者でも年末年始のお手盛りをしてある。
ただ、私にとってシズは例外だ。
シズにとってもそうだと良いけど、私にとってのシズはもはや家族だ。他の誰よりも長い時間を一緒に過ごしているし、お互いの距離感も分かっている。
そして元旦朝早めのこの時、私とシズは出来る限り毎年、こうして本邸の庭を歩く。この元旦にだけ来る場所があるからだ。
「アレ? 今年は先客がいたみたいね」
「そのようですね」
特に気にするでもなく、シズが持っていた荷物を目的地のしかるべき場所に置く。
そこは鳳の本邸の一角のごく小さな神社。神社の境内の一角によく見かけるようなやつだ。これは江戸時代の大名屋敷が建っていた頃からのものらしく、屋敷内の建物としては恐らく一番古い。
お武家らしく八幡宮だ。ちゃんと手入れして修繕もしているから、状態はいい。ただし派手な幟とかないから、見た目は簡素だ。庭木の木々の間に隠れてしまい、近寄らないと分からないほど。
当然、ここにお詣りするのは、屋敷の人間だけ。
一応神社から宮司を呼ぶ事もあるけど、家の使用人達、庭師達が管理している。
私がここに来るのも元旦くらいだ。
そしてシズと二人で、静かにお詣りをする。
「あっ、玲子ちゃん」
「ほんとだ。シズさんも。新年明けましておめでとう御座います」
瑤子ちゃんと龍一くんだ。龍一くんは、顔をあわせるなりかなり深々と丁寧にお辞儀する。今年の春から幼年学校だから、立ち振る舞いとか気をつけていると聞いている。
瑤子ちゃんは、いつも通り私の天使だ。明日の晴れ着姿が、今から楽しみで仕方ない。
そしてしばらくは、新年の挨拶合戦となる。
「どうしたの?」
「玲子が前に話してたから、この屋敷に引っ越したらお詣りしようと思ってたんだよ」
「そうよ。可愛い神社ね」
「でしょ。私の氏神様。と言っても、八幡神だけどね」
「だが武運の神だ。元大名屋敷なだけあるよな」
「まあね。じゃあ、どうぞ」
「はーい」
そうして交代して、二人がお詣り。私とシズは少し後ろの空間へと移動する。そうして意外に熱心にお詣りしているのを横目で見ていると、また近づいて来る人影。
「先客ありか。皆さん、明けましておめでとうございます」
「新年おめでと〜」
今度は玄太郎くんと虎士郎くん。またも子供二人連れ。まだ3つの慶子(けいこ)ちゃんは、一緒じゃないみたいだし、こちらも大人はいない。
そしてまたも、新年の挨拶合戦が繰り広げられる。今年の鳳の本邸の八幡神社は千客万来だ。
鳳の本邸近くだと出雲大社の東京分祠があるくらいだから、きっとそこに次いで今は参拝者の数は多いんじゃないだろうか。
しかも、さらに近づいて来る人影が数人。私の来た本館の方向から、来るのは子供ばかり3人。
向こうは、こっちより早く気づいたらしく、その場で3人のうち2人が最敬礼している。もう一人も、軽くお辞儀。言うまでもなく、私の側近候補達だ。
「新年明けましておめでとう」
そのやりとりが、また行われる。ただ今回は、立場の上下があるからフランクさは少し減る。それでもシズ以外は全員子供だし、見知った仲だから気楽なものだ。
「お嬢とシズさんは、もうここを離れた頃だと思ってた」
「その時間を計ってきたわけだ。……もしかして」
「うん、毎年。ね」
「ハイ。皆さんも詣られているのは予想していませんでした」
「お邪魔をして申し訳ございません」
「なんで謝るのよ。そんな事より、お詣りしてちょうだい」
輝男くんが頭を下げるのを物理的にも止めて、そのまま詣らせる。そして、小さな神社の前だと流石に人数が増えすぎたので、鳳の子供達は少し広い場所へと移動。
しばらくすると、お詣りを済ませた3人も参道とも言えない庭の中の小さな道を戻って来る。
「初詣なら、この近くに有名な神社が幾つもあるから、そこに詣ればいいのに」
「お嬢様と同じ場所に詣るのが良いのです」
輝男くんが意外に強く言い切った。いつもの平坦な感じの口調ではあるけど、強めの意思を感じなくもない。
けど、鳳の本邸は六本木にあるから、周囲1キロくらいなら、かなりの数の名の知れた神社がある。
氷川神社は、麻布、赤坂、渋谷と三方から囲むようにあったりするし、青山の方に行けば乃木神社がある。そしてさらにその先には、明治神宮がある。
「まあ、良いわ。それに初詣には、1つの神社だけって決まりもないし、正月間に色々お参りしてきたら?」
「それは、それぞれの神社の神様に失礼なのでは?」
「お光、大丈夫。複数詣る風習のある地域もあるくらいだよ。ただ、役割、ご利益の違うところの方が良いらしいけどね」
「それに、神社にはここの小さな神社みたいに、幾つもの神社が祀られているところもあるでしょ。神社をはしごして、沢山ご利益を頂いて来れば良いのよ」
「玲子らしいな」
側近候補達に諭したと言うのに、鳳の子供達にはなんだか生暖かい目で見られていた。口にしたのは玄太郎くんだけど、全員が似た雰囲気だ。
(うん、ここは空気を変えないと)
不利を感じて、軽く全員を見渡す。
「それにしても元旦の朝早くに、こんなに集まるなんて思いもしなかった」
「まあ、元日は家でゴロゴロするもんだしな」
「でも退屈よ」
「うちも寝正月が多かったな」
「こうして元旦から顔を合わせられるのは、鳳の本邸にみんなが引っ越したお陰だよねー」
そう言って締めたのは、笑顔の虎士郎くん。
鳳の子供達も側近候補も、笑みを浮かべたり同意の頷きをしたりする。そうした光景は、何だかゲームの1シーンみたいだ。
ご近所とは言え、流石に元旦朝から突撃してこなかった勝次郎くんがいれば完璧だっただろう。
けど、まだみんな子供の背丈だ。
鳳の子供の中では私が少し抜き出ていて、1つ年長のみっちゃんが早くも160センチオーバーになったくらいだ。数年後には、高身長イケメンが並ぶ事になるから、今だけの景色。かなりお得感がある。
それによく考えたら、ゲーム主人公はそのイケメンの姿しか拝む事ができない。それに引き換え悪役令嬢かもしれない私は、3歳児の頃からずっとこうしてみんなの成長を見て、共に過ごす事が出来る。
これは役得に間違いない。ゲーム主人公かも知れない姫乃ちゃんに悪いくらいだ。
そんな他愛のない事を確認できただけ、今年は良い事ありそうな気がした。
(『この時はまだ知る由もなかった』とか、不幸なナレーションが入りそうだけど、今年は何もなければ良いなあ)
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