287 「三度目の夢枕(2)」

「今回聞きたいのは、あなたが3周した時に、一族がどうなったか」


「どうとは?」


「特に、いつ誰が亡くなったかね。多分だけど、現状はかなり違うんじゃない?」


 すぐに答えは無かったけど、体の主の沈黙と雰囲気が雄弁に答えてくれていた。

 そうして少し睨めっこになったけど、先に口を開いたのは向こうだった。


「……曾お爺様も数年ですが長生きされましたし、祖父も龍也叔父様もどうしてご存命なのかしら。家庭教師の紅龍に何かさせていたみたいですけれど、それが理由?」


「そうよ。私が未来の知識で、紅龍先生に新薬を開発してもらったのよ。見てたんでしょ。それで、こっちが聞きたいのは、あなたの時は誰がいつ死ぬの。そして生きている人も、どうなるの? できれば、知っている限り教えて欲しいんだけど」


「あなたとのゲームがあるのに、全てお教えするわけにはいかなくてよ。……そうね、この時点まででしたら、良いかしら」


「まあ、それでもいいわ。それと政治家とか軍人とか、知っている限りでいいから誰が何をしたのかも。それと、歴史についても」


「それも同じ、この時点までならよろしくてよ」


「その先の戦争の経緯は教えてくれたくせに」


「あれは、悪夢のお土産を残した、余禄のようなものでしてよ」


「あっそ。けど、あなたの代わりに私がこの体で、この体、一族、財閥が不幸になるのを回避するのが目的なんだったら、知っている有益な情報は全部教えてくれるのが筋なんじゃないの? それとも、あなたの代わりに私がのたうち回るのを眺めるのが目的なの?」


 ちょっと煽ってみると、ムッとされた。

 雰囲気から察するに、何か地雷を踏んだらしい。


「私、最初に言いましたわよね。お好きになさってくださいな、と。私の体にお呼びだてしたのですから、せめて自由にして頂きたいと思って、今まで何も言わなかったのですけれど、私がああしろ、こうしろ、そこは違うと、度々申し上げた方がよろしくて?」


 話しながらこちらに近づいても来ていて、テクスチャーゼロな、ちょっとマネキンっぽい体が迫る。


「その、ごめん。言い過ぎた。それに未来を知りたいってのは、なんか違うわよね。けど、現状とあなたの過ごした時間との違いは教えてもらえる?」


 すぐに引いたのに、まだ不満そうだ。


「あの、教えてくれませんか? お願いします」


 なんだかメンタル的に、完全に前世のモブな私に戻ってしまっているのを感じるけど、そこで、もしかしたら今のここでの姿は、前世の私なのかもと思った。

 そして目の前の体の主が溜息をつく。


「張り合いのない。あの女なら、もっとがなり立ててくる所ですわよ。そんなんじゃあ、潰し甲斐すらありませんわ」


「じゃあ、どうしろと? 口喧嘩したいの?」


「そんなわけありませんでしょう。けれども、あなたのおっしゃる事も色々とごもっともね。時間はあまりなさそうですけれど、私の人生と現状の違いくらいはお話致しますわ」


「う、うん。よろしく。それで、3人はやっぱり早く死ぬのね」


「今から順に話しますわ。相変わらずセッカチな方ね」


 そう前置きして、体の主が体験した三度の一族などの動向を順に話していった。そして、多くはゲーム設定通り、もしくは予想通りだった。

 曾お爺様の蒼一郎は、風邪をこじらせた肺炎で1925年の夏に亡くなっていた。お父様な祖父の麒一郎は、曾お爺様が亡くなられた冬に結核が発覚。28年には寝たきりとなり、30年の冬を越せずに亡くなった。私のお兄様な龍也叔父様は、やはり30年の秋に留学先のドイツで病没。鳳一族の中心は、最悪の時期に半壊状態に陥る。


 当主の亡くなった30年2月の一族会議では、玄二が当主となり伯爵の位も受け継ぐ。財閥総帥は善吉のままで、二人の関係と言うよりも、玄二叔父さんと佳子大叔母さんの仲が決定的に悪化。

 そして体の主は、佳子大叔母さんの側につく形で、玄二叔父さんから一族の諸々を奪回する動きを始めるようになる。何しろ彼女こそが鳳一族の長子だから、彼女としても自分の権利を奪回する正当性がある。


 そして本家がそんな有様なので、紅家は関係を疎遠にする。一族間の争い事が嫌いな虎三郎とその一家も、本家との関係を最小限にしていくようになる。

 こうなると本家に残るのは、度重なる不況で半壊状態の財閥だけ。それでも北樺太油田の利権があるので、財閥としても一族としても命脈はなんとか保てた。

 そしてそれで、体の主からのお話は終了だ。


「アレ? 麒様のお告げで手に入れた金は?」


「ああ、あれね。麒一郎様が亡くなるまでに、一族と財閥の借金の精算で大半は使われましたわ。それでも長子である私には、200万円ほど残っていましたの。だからこそ、佳子さんも私に付いたんでしょうね。浅ましい人」


「なるほど。だから戦争が終わるまでは、鳳は生き残っていたのね」


 そこで私も、一旦質問や言葉を止める。

 これ以上一族の事を聞くと、未来の暴露になる。けど私はゲームで色々と知っているから、聞けなくて困るほどじゃない。齟齬がないかなど、情報が少し減る程度だ。

 それにこの先は、ゲーム開始までに虎三郎一家が虎三郎以外アメリカに実質的に移民して、ゲーム開始の状況に近くなるくらいの違いしかない。

 けど、ゲームにいない人物がもう一人いた。


「時田は? この時点ではまだ元気?」


「ええ。この頃だと、善吉さんと一緒に西へ東へ奔走しておりましたわね。本当に、鳳の為によく尽くしてくれました。あの者にだけは、感謝しかありません。それに、せめて時田がいれば、あの女に勝手は許さなかったでしょうね」


「時田だもんね」


「ええ、全く。そう言えば、今の時田は同じ頃より元気そうですわ。頭の白いものも少ないですし、血色も良さそうに見えますもの。あれも新薬とやらのおかげなのかしら?」


「時田は別に病気になってないわよ。多分だけど、働きすぎだったんじゃない。もう還暦超えているのよ」


「……確かに、そうかもしれませんわね。ではこのまま、時田には少しでも楽をさせてあげてくださいな」


「本当は、そろそろ隠居させてあげたいんだけどね。他に代わりがいないから、もう数年は頑張ってもらうわ。勿論、出来る限りのサポートを入れてね」


 珍しく合意が成立。多分だけど、体の主は少し優しい表情を浮かべている。多分。


「サポート? 補佐。そう言えば、外人の副執事が増えてましたわね。あれがそうですの?」


「セバスチャンもそうね。頼りになるわよ。他にもね。あっ、そうだ、私の、じゃなくてあなたの側近って、現時点でどうなっていたの?」


「女学校に上がった時点で3人付きましたわね。今のあなたの周りにいる者と同じよ。早くに付けていたから、少し驚きましたけど」


「それだけ今の鳳一族と財閥が堅調って事ね。そう言えば、勝次郎くんとはいつ知り合っているの? 私と同じでいいの?」


「ええそうよ。けれども、29年に近くに越してきてから親密になりましたわね」


 言葉自体は普通だけど、口調に少し棘があった。


「これ以上は、聞かない方がいい?」


「そうですわね。今が32年だと、お互いまだ中学と女学校に入ったばかりですものね」


「鳳の子供達も?」


「ええ。同じく」


 こちらも素っ気ない。ゲームでも、悪役令嬢と攻略対象達との関係は薄いか悪いのどちらかだから、仕方ないだろう。

 そしてこれで一族周りは終わりかと考えたが、最後に一つ、いや一人気になる人がいた。


「シズはどうしてる?」


「シズ? ああ、今はあなたのお付きになっている女中ね」


「あなたのって事は、あなた付きにはならないんだ」


「ええ。固定の女中はいませんでしたね。子供一人に専属を付ける余裕もなかったと思いますし、致し方ありませんわ」


「そっか、経済事情とかもあるもんね」


 そうは答えたけど、身の回りを話せば話すほど、体の主が可哀想になってくる。そんな上から目線はダメなのは分かっているけど、子供の間に親族が次々に亡くなり、近くに親しくしてくれる使用人すらいないとなると、そりゃあ捻くれもするし、やさぐれもするし、闇落ち一直線って感じだろう。

 私だったら、引きこもりニートになる自信がある。

 だから同時に、色々頑張ってきて良かったと思えた。

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