286 「三度目の夢枕(1)」

 今年もやってきました9月1日。

 私がこの世界に転生してきた日であり、私の体の主が夢枕に立つ可能性が一番高い日。そして今年は、その四年に一度の年だ。

 けど、夢枕に立つのかは分からないし、今年は聞きたい事もあるから、その確率を引き上げる事にした。

 ちょうど今日は、二学期が始まる日だ。



「初めまして、鳳玲子と申します」


「は、初めまして。月見里(やまなし)姫乃(ひめの)です」


 私の方から目の前に立って名乗ると、ピシリと90度のお辞儀。相手が萎縮しないように側近に外させて1人で接触したけど、ダメだったらしい。少し茶色がかった輝きの少し癖っ毛な髪が、激しく揺れる。


(まだ中学生とはいえ、やっぱり可愛い! いやいや、そうじゃない)


「お顔をお上げになって下さい。同級生でしょう。私、あなたの事が気になっていて、こうしてお声をかけさせて頂きましたの」


「私が、ですか? 何でしょうか鳳様、いえ、鳳玲子様」


(おっ! キタキタ。悪役令嬢への学校での最初の言葉。まあ、私の言葉は、悪役令嬢と全然違うけどね!)


 考えてみれば他の人からゲームと同じ受け答えには殆ど逢った事がないから、いやが上にもテンションが上がる。

 そんな気持ちを押さえつけつつ、相手を警戒させないようなるべく穏やかな表情を心がける。


「玲子で良いですわよ。私も姫乃さんと呼んで構わないかしら。それと、お互いもう少し砕けた言葉でも構わないかしら。この言葉遣い、結構大変なの」


(うん。お嬢様言葉、マジ面倒臭い。けど、こういう段階を踏んで内側に入り込んでいけるから、便利といえば便利だ)


「は、はい。光栄です。それで、私に何か?」


「ありがとう。姫乃さんが成績優秀だって、先生から聞いたの。うちの学校、優秀な女子の教育に力を入れているけど、一度こうしてお話をしてみたいって思っていたの」


「そ、そんな。玲子様こそ、首席で入学の挨拶をしてたじゃないですか。私なんか、全然及びもつきません」


「けど、一学期で成績が大きく向上したって聞いたわよ」


「それは、この学校の教育が良いのと、図書館が充実しているからです。流石は私立の名門だと、凄く感動しました。そのお陰です」


(つまり、中に転生者なりがインストールされたわけじゃないって事? フェイクじゃないわよね? それに、魂とか本能的な何かとかで悪役令嬢を嫌っていたりもしなさそうね。巫女っぽさもゼロだし)


 実際、入学成績はトップ集団の第二グループってところだったのが、夏休み前にはトップ集団の後ろにつけるくらいに向上していた。

 その理由が教育環境の変化というのは、日本の戦前の教育が優秀な男子にこそ先生や地元の有力者が支援したりするけど、女子に手を差し伸べる事が殆どないせいだろう。

 その点、鳳の学校は女子も公平に扱う。

 私は理由を知れて満足したので、大きく頷き返す。


「それは鳳の者として嬉しい言葉ね。それじゃあ、これからも勉強頑張ってね。今日はありがとう」


「あ、はい、こちらこそ声をかけて頂き、ありがとう御座いました。それでは、失礼します」


 ぺこりとまた90度頭を下げると、向こうから去って行った。

 学級も違うし、ドラマのようにいきなり「友達になりましょう」もないだろうから、初手はこんなもんだろう。

 それにこれで、私の体の主の召喚確率が、大きく引き上がったに違いない。


(それにしても姫乃ちゃん、確かにめっちゃ可愛いけど、それだけの娘ね。オーラみたいなものもないし、中の人も居なさそうだし、ゲームの印象とも微妙に違うなあ)


 ・

 ・

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「おー、きたきた」


「なんですの、その迎えの言葉は。それより、わたくしが分かりましたのね」


 その日就寝してから何となく気配を察すると、またあの状況だった。そして今回は、相手の言葉より先に丸い球体が出現する気配も分かった。

 周囲は相変わらずの、どこか全く分からない床も天井も含めてぼんやりした灰色の空間。


「うん。なんとなくね。それに今日は前回から4年だし、仕込みもしたから夢枕に立ってくれるだろうなって思っていたから。何にせよ4年ぶり」


「ええ、お久しぶり。本当はもっと早く夢枕に立ちたかったのですけれど、どうやら4年に1度が精一杯みたいですわ。それにしても、あなた随分はっきり見えますのね。何かしましたの?」


「ううん、何も。この体が板についてきたんじゃない? 何せ、もう9年だし。けどそっちは、なんかこう、逆に薄くなってない? 透けて見えたりはしてないけど」


「そうですの? 自身の事はよく分かりませんの。けど、私を唯一認識できるあなたがそうおっしゃるのなら、そうなんでしょうね」


 そう言って、前2回と同様に見えないソファーに、アンニュイな感じで腰掛ける仕草になる。出現すぐにゲーム『黄昏の一族』の悪役令嬢、鳳凰院玲華のシルエットになっている。全くテクスチャーを貼っていない3Dシルエットなのに、その美少女ぶりを感じる事ができる。


 そして気配というか存在感が薄くはなっているけど、ディティールは前回以上に深まっていた。今まで『顔』と分かり、話すと口だけが少し不気味に開いていたけど、今回は精巧なフィギュアみたいだ。ただし色が全くないからマネキンっぽさもあって、これはこれで不気味だ。

 この変化に何か意味があるのかも知れないけど、聞いたところで無駄そうだし、消えてしまわないうちに用件を済ませるのが吉だろう。


「まあ、お互いここでの姿はどうでも良いわよね。早速、話に入って良い?」


「ええ、勿論。その為にこうして現れましたものね。それに、時間もいつ尽きるか分かりませんから、お話を進めましょう」


「オーケイ。それで、今日私が話しかけた娘に心当たりある? ていうか、ちゃんと見てくれてた?」


 聞いたら、いきなり不穏な雰囲気。大当たりだった。


「その件で、こちらからも一つお聞きしたかったの。どうして、『あの女』をあなたご存知なの。私、一言も言っていませんわよね。私の記憶を覗けたりするのかしら?」


「何故知っているかは秘密。そっちも私にまだ話してない事があるんだから、私が伏せ札を持っていても構わないでしょ」


「……まあ、別によろしくてよ。それに、正直どうでも良いですし」


「なんで? あの娘に復讐する為に私を呼んだんでしょう?」


「機会があればそうして頂きたいところですが、これはあなたとの十五年のゲームでしてよ。よもや、お忘れじゃあ御座いませんわよね」


 そこでピシッっと指を腕ごと突きつけてくる。相変わらずのオーバーアクションっぷりだ。


「私が1939年9月1日まで踊り続けられるか、だっけ? けど、それで良いの? あの女の子は?」


「お好きになさって。考えてみれば、『あの女』への憎しみは私のものであって、あなたのものでは御座いませんものね。けれども、あなたとのゲームが御座いますから、『あの女』のお話は一切致しませんわよ。私、敵に塩を送る気は御座いませんの。オーッ、ホッホッホッ!」


(この高笑い、めっちゃ久しぶり)


 右手の甲を口元に当てての艶やかな笑いは、相変わらず堂にいっている。ただ、ちょっと一言言わせて欲しい。


「あの、私、あなたの敵じゃないと思うんだけど?」


「ゲームの相手ですから、この点では敵ですわ。ですけれど、私も鬼ではありませんから、一つだけ良い事を教えて差し上げましょう」


「うん、是非よろしく」


 相変わらずというか、意外というか、体の主は基本的に善人なところがある。


「素直でよろしくてね。『あの女』を屋敷に迎え入れなくても、一族に仇なしますわよ。くれぐれも、お気をつけあそばしてね」


 今度は右手を左のほおに添えて、ヒソヒソ話モードだ。この人、本当に天然でリアクション大好き人間だ。きっと生前は、帝劇とか通いまくっていたに違いない。


「そんなに悪い娘には見えないんだけど?」


「あなた、良い人ね。そんなだと、簡単に破滅致しますわよ。『あの女』は家に入れたら、鳳一族の為だとか抜かして碌なことをしないし、入れなければ入れないで華族や財閥の時代は終わったと、学生や民衆を扇動いたしますのよ! あーっ、忌々しい!」


(おーっ、色々漏れてる漏れてる。それにゲームの設定とかも思い出したよ。主人公の考え方って、プレイヤーに寄り添って現代風というか21世紀なのよね。左派リベラルだっけ? しかも現代日本風の。今の私的にはクソ喰らえね)


「アラ、良い表情ですわよ。そう、『あの女』は私達の敵。それをくれぐれもお忘れにならない事ね」


「うん。ご忠告は、マジで感謝。けど、あなたの時も、外から攻撃してきた事があったんだ」


「ええ。私も、家に入れなければ災いはないだろうと考えていたら、というやつでしたわ。油断も隙も無いとはこの事ですわね」


(ゲーム的に考えなければ、頭良い子だからリベラルとか左派とかにかぶれやすいんだろうなあ。学園内にアカが入ってないか、内偵してもらっとこうっと。それに乙女ゲーの主人公って、大抵は庶民の出だからか面倒臭い性格なのよね)


「あの女の子の事は分かったわ。じゃあ、違う質問いい?」


「ええ、勿論。けど、それほど話す事はないと思うのですけれど、まあ、宜しいですわ」


 悠然と坐り直す仕草を見せる体の主を見つつ、私は次の質問を頭の中で準備する。

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